氷姫の恋:可愛いユッキー

 ウチはユッキー、ユッキー様じゃないよユッキーよ。この世のすべてがバラ色に輝いて見える。

    「おはよう」

 声をかけた医局員が変な顔してる。看護師も事務員もそう。

    「部長、312号室の森本さんですけど」
    「わたしが今朝に話をしといたから、もうだいじょうぶよ。安心してね」

 312号室の森本さんは名うてのトラブル・メーカー。主治医も担当看護師も手を焼いてたの。でも、もうだいじょうぶ。ウチが治しといた。心まで。

    「部長、回診お願いします」
    「は~い」

 ウチには見える、すべてが見える。患者の治療をどうすれば良いかもすべて見える、

    「この患者さんはこうしてあげてね」
    「この患者さんはこう」
    「こっちは、これでお願い」

 これでみんな幸せになれる。

    「山川先生、今晩の当直だけど、研修医の浮嶋君も一緒にさせておいてくれる」
    「ハア、イイですけど」
    「十時までには帰れるよ」

 九時に患者は来た。ウチはその時間に救命救急室を訪れ、

    「浮嶋君、ちゃんと見て覚えてね。これが君の見たかったものよ」

 三十分で終了。浮嶋君はこの処置をこれで忘れない。彼の財産になるわ。

    「浮嶋君、夜まで付き合わせて悪かったわね。もう帰ってイイよ」

 自分の患者の指示を書いている。

    「木村先生、急変時の処置を・・・」
    「いらないよ。起こらないから」
    「でも・・・」
    「それじゃ、書いとくね」

 今夜はあの患者にはなにも起らないのは見えてる。

    「あのぉ、木村先生。この十一時前には必ず倉木先生を呼び、この処置の支度のスタンバイをさせておくって」
    「そうよ、スタンバイは早い方がイイじゃない。倉木先生なら十分に対応できるよ」
 そうなるのは決まってるの。それがなんとかなるのも見えてる。ただ早く処置を始めた方が、後の経過が格段に良くなるの。なんか医局員も看護師も幸せそうな顔をしてる。患者だってそう。どこに行ってもみんな微笑んでくれる気がする。もう氷の女帝じゃないの。

 前に立たれただけですべてがわかる。何が話したいのか、どうして欲しいのか。それをどうすれば良いのかもすべてわかる。それだけじゃない、穢れた心を洗い落とせるのもわかる。みんな綺麗にしてあげる。その方が人生はきっとハッピーよ。

    「お~い、ユッキー、こっちだ」
    「カズ坊、ゴメン、待った」
    「ボクも今来たとこ」

 カズ坊との嬉しいデート。ウチはカズ坊の左手にしがみついてる。ずっと、ずっと、しがみついてる。一時も離したくないの。

    「それにしてもユッキーは可愛い、ホンマに可愛い」

 カズ坊は会うたびにそう言ってくれるの。カズ坊にそう言われるたびにウチはドンドン可愛くなってる気がする。可愛くなることはカズ坊を喜ばせること、カズ坊を喜ばせることはウチの喜び。

    「ユッキー、ボクとしたことがアカンわ。我ながら芸が無さすぎると思うねんけど、可愛いとしか言いようがないんよ」
    「可愛いだけで他はいらないよ。だって可愛くなりたかったんだから。そこだけ褒めてもらったら嬉しくて眠れないぐらい」

 ついに可愛い女になれたんだ。カズ坊に初めて会った日からずっと、ずっとなりたかった可愛い女に。そんなカズ坊が言いだしにくそうな顔してる。イイのよカズ坊、ウチはカズ坊の妻なのよ。なんの遠慮もいらないよ。

    「ユッキー・・・」
    「イイよ、待ってた。でも初めてだから優しくしてね」

 夢にまで見ていた瞬間が訪れた。やっぱりちょっと痛かった。でもね、痛いのより一つになったって感覚の方が百倍も千倍も嬉しいの。嬉しすぎて泣いちゃったら、

    「ゴメン、やっぱり痛かった」
    「ぜんぜん、やっと大好きなカズ坊のものになれてうれし泣きなの。私ってこんなに幸せです」

 ウチがカズ坊に言うのも芸がないけど、

    『幸せ』
 だってそれ以外は何も考えられないんだもの。この歳まで生きてきて、こんなに幸せなことはなかったもの。カズ坊も幸せって感じてくれるのもわかっちゃう。夢のような毎日を送っていたけど、ウチにはわかってしまった。これが百日の意味かって。