アングマール戦記2:穴掘り中

 エルル指揮の工作部隊が現地に入って頑張ってくれてるんだけど、坑道作戦は大変なのよ。まずは落盤対策が必要なの。少し掘ったら木材で天井を補強して、また掘ってく感じ。それと懸念されてた水も出た。

 幸い量はそれほどでなかったのと、上に向かって掘り進んでるから、上手いこと排水路を作ってくれたみたい。パリフなんて、

    「これで水汲みにいかなくて済みます」
 ただペースは上がらないの。しばらく掘ると土から岩に変わってしまい、タガネやノミで掘らなアカン状態になってもたんよ。もう一つの大問題は掘る方向。これをキッチリやらないとシャウスに出てくれないからね。

 情報作戦室では何度もシャウスの道に出張して計測しとった。この時代に三角関数があったかって? バカにしたらあかん。ピタゴラスの定理だって、代数を使った一次関数、二次関数、連立方程式だってあったのよ。小数だってあったし、分数もあったわ。円周率も算出してたんだから、

 それでもアバウトにならざるを得ないところはあったのよね。城攻めの坑道作戦なら、基本的に水平に掘るから、掘る向きと距離を合せれば良いだけど、斜め上に掘り上げるとなれば複雑になってくるのよこれが。

 上に向かって掘るけど、途中で踊場みたいなところが必要になるやんか、そうせんと落っこちた時が大変なんもあるけど、穴を登る時にもあった方が便利なんよ。現実には少し横に掘ってたけど、横に掘る分とシャウス位置を常に考えとかないといけないのよね。担当は四座の女神やってんけど、掘り始めのとこからの長さと角度をずっとこさ計測してた。

 問題はそれだけやなく、換気の問題も出て来てた。穴の中は日が差さへんから油燃やして照明にしてたんやけど、トンネルが長くなると息苦しくなるのよこれが。この問題は鉄や銅、石炭を掘る時も出てたから、下から大きなフイゴで空気を送り込む整備もしてた。


 パリフも大変そうやった。パリフの役割は穴を掘っていることを気が付かれないための陽動作戦。要するに道沿いに第二広場の奪取を目指す姿勢を取り続ける事やねんけど、結構これが難しいんよ。

 相手に陽動作戦ってバレないようにするのはもちろんやけど、陽動作戦やから損害も最小限に留めなアカンやんか。そのうえで期間がやたらと長いのよこれが。とにかく第二広場に迫っただけで火炎弾の応酬にすぐなるから、工夫が求められるところなの。

 パリフも考えてんやろな、面白いことやり始めた。エレギオン軍からの最前線から第二広場まで二百メートルぐらいあるんやけど、エレギオン側から土嚢積み始めたんよ。

    「パリフ、狙いはなんなの」
    「はい、土嚢を積み上げて行って、坂の傾斜を無くす作戦です」
 なるほど、敵の最大のメリットは高所にいることやから、こっちが高くなれば向こうのメリットを打ち消せるって計算か。
    「まともに攻めるんでしたら、最終的に向こうより高くなるにぐらいにすれば効果的ですが、陽動作戦としてのメリットは時間がかかることと、土の処理が出来る事です」
 この坂道に土嚢を積み上げて、第二広場より高くする作戦なんて悠長すぎて誰も考えへんけど、ここまで苦戦したらやっても不思議ないかもしれへん。そっか、そっか、これで第三広場でいくら穴掘っても、土嚢作りのためと見られるかもしれへん。
    「火炎弾対策は?」
    「土嚢の上に土をかぶせる予定ですが、土嚢を燃やされても土は残ります」
 デメリットは・・・エレギオンの布代が高くなるやろな。麻の栽培規模を増やしとかなあかんな。
    「でも道幅狭いから崩れるんじゃない」
    「はい、次座の女神様。その時は積み直します」
 そっか、そっか、そういうことか。成功する必要はないんだった。ひたすら、
    『どんなに時間をかけても攻め取る』
 この姿勢を示せば良いわけや。アングマール側から見たら不気味やろな。段々と土嚢の山が高くなったら、こっちばっかり注目するに違いないわ。パリフの土嚢作戦は順調に進んで行ったの。アングマールも不気味に感じたらしく土嚢積の妨害をやろうとしたけど、岩落としても土嚢やから効果はイマイチやし、落とした岩が道に残ったら、これ幸いと土嚢を上積みするからやらんようになってった。

 火炎弾も麻袋こそ焼けるけど、土は残るわけでやらんようになった。矢に対しては大型の盾で防いでおいて積んでたから、大型石弓でも使わんと貫けへんし、火炎弾で楯焼いても、放り投げて逃げるだけで損害はそんなになかった。


 パリフの陽動作戦は順調やってんけど、坑道の方の作業は難航したわ。岩掘るのも大変やねんけど、やっぱり落盤事故は何回も起ってもた。また、照明用の油からの火事も何回かあったのよ・被害はパリフの陽動作戦より余程大きいものになってた。

    「エルルどう?」
    「最初はあれこれ試行錯誤もありましたけど、だいぶ手慣れてきました」
    「あとどれぐらい」
    「順調に行っても半年は見て欲しいところです」
 ただ四座の女神の顔は引きつってた。そりゃ、どの方向にどこまで掘るかは四座の女神の計測と計算がすべてみたいなものやから、そりゃ、数えきれないぐらい計り直し、再計算しとった。それだけやなく、小型の模型まで作って検討しとった。
    「ユッキー、いろいろ大変やけど、坑道作戦はおおむね順調のようよ」
    「そうなんだけど・・・」
    「どうしたの?」
    「第二広場に取りかかってからもう五年よ」
    「しゃあ、ないやん」
    「それは、そうなんだけど、魔王にとっても五年ってこと」
 それはシャウスの道の督戦に行くたびにコトリも感じてる。魔王の災厄の呪いを封じる力は確実に強くなってるの。
    「ユッキーが心配するのはわかるけど、急ぐにも急がれへんし」
    「そうよねぇ、シャウスを突破しないとハムノン高原には進出できないのよねぇ」