アングマール戦記2:一撃後

 魔王はコトリの一撃を喰らってエレギオンの包囲を解いて退却してくれてん。すぐさま反攻と言いたいところやねんけど、内情はそれどころやなかってんよ。三次にわたるエレギオン包囲で食糧も乏しく、金庫もスースーしとった。

 とにかく食糧を確保せんとアカンねんけど、城外の農園も五年間放置状態やったから、そこから始めなあアカンかってん。海上補給ルートだけは確保してたから、そこからの輸入は可能やけど、先立つ物が心細い限りってところ。

    「ユッキー、次の収穫までどう」
    「厳しいな」
 ユッキーと相談しててんけど、より長期戦に備えての体制を組みかえないと、もたないの判断は一致してん。ここまでアングマールに対抗するために平和産業を犠牲にして国民皆兵で対応しとってんけど、
    「おカネを稼がないと食糧輸入も出来なくなるわ」
    「でも軍事も手を抜かれへんし」
    「そこでだけど・・・」
 ユッキーの案は高原都市からの移住者の活用やった。第一次包囲戦の前にパライア、レッサウ、ゼロン、ザラス、マウサルム、さらにはシャウスの住民をエレギオン及びエルグ平原都市に避難させてるやんか。高原六都市の三割弱ぐらいだけど、結構な数で食糧事情を圧迫させたのは確かやねん。それも織り込み済みで軍団兵の供給に使ってたのだけど、ユッキーはこれを徹底させる方針を出したのよ。
    「まずエレギオン兵は二個軍団体制にして、残りは産業及び農業に振り向ける。高原からの移住者で四個軍団編成を目指し、残りは産業及び農園復興に振り向けることにする」
    「四個軍団編成は大変よ」
    「わかってる。でも三個軍団は最低欲しいから、コトリと四座の女神で一個軍団ずつ至急で頑張って欲しい」
 エレギオン包囲戦の前はエレギオン兵で三個軍団、高原兵で一個軍団やった。これが三次にわたる包囲戦、さらにセラの戦いで消耗したから、残りのエレギオン兵で二個軍団弱、高原兵のハムノン軍団も一個軍団弱ぐらいになってた。この三個軍団を定員まで補充するのと並行して、高原兵だけで三個軍団作りたいのがユッキーのプラン。
    「名称も変更するわ。エレギオン兵の第一・第二軍団はそのままだけど、ハムノン軍団を第三軍団にし、新設軍団は第四・第五軍団にする」
 エレギオン人による軍団は二個軍団を上限として、残りは産業や農園に振り向けることにし、今後の軍団の主力は高原からの移住者にする方針だった。
    「でもユッキー・・・」
    「わかってる。どこかで無理が生じるってことは。でもリスクを背負わずに勝てるほど甘い相手じゃないのよ」
 コトリも他に方策があったわけじゃなく、ユッキーの方針に同意せざるを得なかった。先々の心配は色々あるけど、当面の心配は退却したアングマール軍がどうなっているかやった。わかってる範囲で言えば、マハム将軍がハマに二個軍団規模でいるらしいのと、魔王はマウサルムにいるらしいぐらいしかわからへんのよ。

 ここでの問題はアングマール軍がどう動くかやねん。例の一撃の効果が十分だったのはコトリも確認してる。トドメを刺せなかったのは残念だけど、魔王の神にかなりの深手を負わせたのだけは間違いないはずやねん。

    「どれぐらいかかるかな」
    「月単位じゃ無理と見たいところね」
 神の深手とはエネルギーの消耗を指し。回復とはエネルギーのチャージを指すのよ。ここまでの魔王戦の分析の結果として、魔王の回復は女神より相当遅い感触があるのよね。エレギオンとしては、魔王が回復まで動けない時間を利用して戦力の回復を目指すのが今の方針。魔王の回復が遅ければ遅いほど助かるってところかな。

 ここも基本的な読みとして、魔王が回復するまではアングマール軍は本格的な攻勢に出ないだろうの期待があるのよ。だから攻勢と言うより守りの姿勢と読んでる。

 ただじっと動かないとは思えない。魔王だってエレギオンの食糧事情はある程度つかんでいる可能性は高いのよ。そりゃ、あれだけ包囲戦やって、農園が五年も使えなければ、そう読んで当然やんか。

    「マハム将軍は動くよね」
    「必ず。とくに農園再生は邪魔して来るはず」
 エレギオンが反攻に移るには、軍団再編制と農園再生が必須。もちろん産業復興でゼニも稼がないといけない。そうなると当面はハマのマハム将軍をいかに封じ込めるが焦点になってくるのよね。
    「そうなると前線基地はリューオン」
    「だけど、セラの野のコースもあるからね」
 ハマからエレギオンは街道ルートがリューオン、ベラテ、旧ズオンを通ってエレギオンに至るもの。しかしドーベル将軍の時からハマからいきなりキボン川を渡り、セラの野を横切ってエレギオンに攻め込むことが多くなってる。第二次・第三次のエレギオン包囲戦の魔王もそうしてた。
    「だったら両面作戦」
    「したくないのよね。でも、今はどうしようもないから五個軍団制で備えたいのよ」
    「ユッキー、でも今はそれ以前やで」
    「そうなのよね」
 現状のエレギオン軍は三個軍団弱、数ではハマのマハム将軍を上回るけど、アングマール兵は強い。さらにマハム将軍も手強い。
    「当分は決戦は無理よ。コトリ、なんとか牽制だけでマハム将軍を抑え込めないかしら」
    「無茶いわれても・・・」
 無茶やけど、そうしないといけないのが戦争。
    「ドーベル将軍の時にやった手はどうやろ」
    「前にやったから、向こうも読んでる気がするけど、とりあえずそこからやってみようか」
 ドーベル将軍に使ったのは仮初めの休戦協定を結んで、ドーベル将軍や幕僚たちに賄賂を振りまき、魔王に猜疑心抱かせる計略。ドーベル将軍の時には上手くはまってくれて、更迭されていなくなってくれた。さっそく、やってみたけど、
    「ユッキー、あかんわ」
    「可哀想なことしたね」
 マハム将軍はエレギオンの休戦協定申し入れの使者を切り殺しちゃった。そうなると他の手を考えないといけないんだけど、使者を切り殺したマハム将軍はキボン川を渡ってセラの野に来ちゃった。さてどうしよう。