アングマール戦記:ドーベル将軍(2)

 エレギオンに戻ってから、

    「ユッキー、やっぱりドーベル将軍は手強いよ。まともにやったら勝てそうな気がせえへん」
    「あら知恵の女神が弱気ねぇ。でも、今回のコトリの判断は支持するわ。ドーベル将軍と決戦するならエレギオン全軍が動員できる体制でやるべきだもの」
 ここからもうちょっと頑張ってドーベル将軍の情報をかき集めたの。出自は王族なんだけど、セリム一世の先代の孫ってところ。アングマールでは魔王がセリム一世に入り込んでから、セリム一世系の王族以外は冷遇されちゃったんだけど、ドーベル将軍はその手腕と才能であの地位に就いたで良さそう。

 ここでなんだけど、ドーベル将軍はアングマール軍の兵士からも信望厚い名将だけど、超が付くぐらいの独裁国家なのよね。そりゃ、王が魔王だから。武神は覇権を目指すのがサガみたいなもんだけど、同時に嫉妬深いのよ。別に武神じゃなくてもそうなることが多いんだけど、自分の地を脅かしそうな人物はすぐに疑うし、すぐに殺しちゃうところがあるの。

 そういう風な目で見れば、前の包囲戦でたったアングマール直属軍を十個大隊しか与えられず、リューオンとベラテの担当に回されたのは、魔王がドーベル将軍を疑ってるところがあるんじゃないかと思うのよ。

    「ユッキー、やっぱりドーベル将軍とはまともに戦わない方が良いと思うの。今なら災厄の呪いも使えると思うから、女神の戦術で戦うべきだと考えるわ」
    「とりあえず二人でやってみようか」
 災厄呪いの効果は微妙やった。どうも魔王も女神がその手を使うと予想していたからアングマールまで戻らず、マウサルムにいるぐらいかもしれない。マウサルムからハマぐらいまでなら、魔王は災厄の呪いを封じる力がありそうと判断せざるを得なかったの。
    「クソ魔王も読んでたみたいね」
    「そうね。しっかし、あれだけエロなのに、どうしてこんなところまで頭が回るのか不思議で仕方がないわ」
 そこでユッキーと知恵を絞って、次なる手段に出たの。ドーベル将軍は一度は動いたものの、以後は動かなくなったの。あれはたぶんコトリがあっさり決戦を回避しちゃったから、やっても無駄って判断したからじゃないかと見ている。でも、それだけじゃないとも読んでるの。

 あの時の動きはドーベル将軍の独断じゃないかって。だって、魔王の指示ならその後も継続して動くはずじゃない。おそらく魔王の指示は次の攻勢に出るまで、ハマをしっかり確保することに違いないって。つまりは魔王とドーベル将軍の間には、ちょっとした齟齬があるに違いないって観測。

 さてなんだけど、緊張が残っていても自然休戦状態になると人は動き出すの。商人たちはハマまで行って商売するのよね。あれにはいつもながら感心するわ。なかにはマウサルムまで行ったのまでいるんだもの。だから情報が入るってのもあるけど、なんにも協定が無い状態だからもちろんトラブルも起る訳よ。

 だから仮初めでも臨時休戦協定を結ぼうとドーベル将軍に提案したの。どっちも本気で休戦する気なんてないんだけど、商人が動けば物が手に入りやすくなるし、相手の動静の情報も手に入るし、スパイだって送り込みやすくなるってところ。その辺の損得勘定を計算したのか、ドーベル将軍も応じてくれたわ。

 そうしておいて、ドーベル将軍にちょこちょこと御機嫌伺いの使者を出すようにしたの。表向きは、臨時休戦協定を結んでも起るトラブルの相談みたいな感じ。ひたすた下手に出てプレゼントとかも贈ったし、幕僚にも賄賂をたんまりと。えへへへ、やったのはそれだけ。結果から言えばバッチリ効果はあったみたい。

    「単純だけど、やっぱり引っかかったね」
    「あの手の国なら起ると思ってた」
 アングマールってコチコチの軍事国家じゃない。言い換えれば軍人が支配する国になるの。でなんだけど、これは軍人じゃなくてもそうなるんだけど、人って組織内の出世が好きなんだよね。これはエレギオンの王位争いや、大臣争いでも起るぐらい。軍事国家なら軍人の階級争いになるかな。

 階級争いも下の方ならモチベーションになるけど、将軍クラスになると足の引っ張り合いになりやすいの。将軍クラスになると上の席が空かないと出世できないし。だから何かスキャンダルが起れば、必ず焚きつける奴が出てくるの。讒言ってやつ。これもトップがちゃんとした目を持ってればよいのだけど、魔王もその辺の猜疑心が強いに違いないから、これまでの経緯や、妙に厚すぎる人望に疑念を抱くと思ったの。

    「更迭されちゃったね」
    「できたら会戦で決着つけたかったけど、これは全面戦争だからね」
 手強い、手強いドーベル将軍はこれでいなくなってくれた。