アングマール戦記:女神の男(2)

 ほうほうの態でユッキーの前から退出してコトリの家に、

    「メイス、寛いでね。メイスの家でもあるからね」
 エレギオンで女神の男になるのはエレギオンの男にとって最高の栄誉になってるねんけど、ほんじゃ女神の夫であるかといえば少し違うんよ。位置づけとしては愛人に近いものやねん。女神はねぇ、正式の結婚はしないのよ。たしか最初は神だからって理由やったはずやけど、とにかくそうなってもた。

 ほんじゃ、愛人だから引っ付いたり、離れたりが頻繁にあるかと言えば、まずあらへんねん。まず女神の男が浮気した事例はタダの一つもないのよ、ホンマに。これは女神の女としての魅力が高いのもあったけど、どんなエエ女でもそのうちあきるやん。もちろん、その逆も普通に成立する。

 女神の男ってプライドが異常なほど高いのよ。これはプライドというより矜持ってした方が合ってる気がする。女神に選ばれた意味を極限まで重く受け取るってしてもエエかもしれへん。そやから最高の男じゃなくちゃならないみたいな規範が出来ちゃってたのよね。

 具体的には考えられへんほど高潔で、典雅で、礼儀正しくて、豊かな教養が自然に滲み出るってのが最低条件。教養だってあくまでも『滲み出る』やねん。間違ってもひけらかしたらアカンねん。そんな奴、普通はおらへんやんか。だからそうなるように死に物狂いで努力するんよ。例外なしでみなそうしてた。

 それだけやないねん。女神の男になったからには、その証を立てることも『当たり前』のものとして求められてた。具体的にはユッキーの男には勇敢さ、コトリの男には勇気、三座の女神の男には信念、四座の女神の男には意気ってされたけど、実質は全部一緒で、女神のためなら笑って命を捧げることが最高の美徳になってたんよ。

 これも平穏な時代なら口先だけで済むんやけど、戦争が起ると大変なことになっちゃうの。その証を立てるのに一番相応しい場所は一番の激戦地帯とされたし、そこに進んでやないで、当たり前のように行くのが女神の男となっててん。リュースやイッサみたいな感じよ。そこまでなった男に浮気なんて起る余地さえなかってん。

 女神の方はどうかやけど、ユッキーは言うまでもなく一途タイプやから浮気なんてまず考えられへんねん。三座や四座もキャラ的に誠実で真面目やからだいたい同じ。じゃあ、コトリはどうかというと、絶対せえへんかってん。

 戦争なんていつ起こるかわからへんやんか。女神の男は戦場こそが証を立てる場所って思い込んでるから、戦死率が高いのよね。コトリの男も若くしていっぱい死んでる。コトリだけやない、他の女神の男もそうやねん。そんな男を相手に浮気なんてする気も起らんかった。それこそ、格好良すぎるかもしれんけど、持てる愛のすべてを捧げ尽くしてた。そんな女神の男が戦死した時の女神の態度も実は決まっててん。できるだけ毅然と、

    「○○は女神の男に相応しい証を立てた」
 こう言わなあかんかってん。そりゃ、身も世も無いほど泣きわめきたい気持ちで一杯やねんけど、戦争中やんか。女神の男だけやなく、いっぱい人は死ぬんよ。女神は国家指導者やから、自分の男の死を人前で嘆き悲しむのは良くないってされてたの。ホンマに因果な商売といっつも思てた。

 なんで死ななアカンねんよ。生きていてこそのものやんか。そりゃ、人の命は短いんけど、そんな短い命をさらに短くてどうするのよ。なんであんなに殺し合いが好きか今でもようわからん。女神の男の証を立てた男はエレギオンで賞賛され語り継がれたけど、それより生きていて欲しかった。


 今回のメイスにはちょっと悪いことしたと思てるの。もちろんイイ男だから選んだんだけど、なかなか本当の女神の男にしてあげられなかったの。さすがに魔王の心理攻撃の防戦中にやる訳にはいかへんかったもの。コトリも凄い心配してて、もしコトリと結ばれる前に死んじゃったら、どんなお詫びをしたら良いかわかんないぐらいだったの。

 メイスは生き残ってくれた。あのアングマール軍の梯子攻撃の時なんて三回とも城壁の上で剣を揮っていたけど、なんとか生き残ってくれたの。だからこれから、この宿主になって初めてのものをメイスにもらってもらうわ。コトリも久しぶりだからすっごく楽しみ。でもその前に、

    「メイス。ずっと待たせちゃったけど、ゴメン、もうちょっとだけ待ってくれたら嬉しいな」
    「次座の女神様の御命令なら御意のままに」
    「堅苦しいな。メイスは女神の男なのよ。だから、ベッドの上ではコトリって呼んで」
    「えっ、それは、その、あの・・・」
    「メイスは女神の男じゃないの」
    「は、はい、コトリ様」
    「だから、『様』はいらない」
    「コ、ト、リ」
    「良く出来ました。だったら一つお願いを聞いてくれる。やっぱり眠たいの。コトリを抱いて眠ってくれたら嬉しい」
    「喜んで」
 コトリはサラサラッと服を脱いじゃたけど、メイスの目が真ん丸になってた。
    「さあ、メイスも脱いで。コトリだけ裸じゃ恥しいじゃない。そしてお姫様抱っこで運んでくれたら嬉しい」
    「ぎょ、御意」
 メイスも服を脱いでコトリを力強い腕で抱きあげてくベッドまで運んでくれたの。メイスの胸に顔を埋めながら、
    「メイスが我慢できなかったら、コトリが眠っている間でも構わないけど、出来たら目覚めてからにしてくれたら嬉しい」
    「もちろん、その通りに」
 ごめんねメイス。三日ぐらいは目が覚めへんと思う。でも、どうしても今は眠らなきゃいけないの。起きたら、いっぱい、いっぱい、やろうね。そして目一杯ラブラブしようね。でも束の間になるだろうなぁ。アングマール軍がこれで二度と来ないなんて思えないもの。もうダメ、これ以上は考えられない。メイスの胸で眠れるだけでコトリは幸せ。