アングマール戦記:籠城最終準備(2)

    「ユッキーさぁ、ちょっと思うんだけどさぁ」
    「どうしたのコトリ」
    「これって全面戦争の総力戦やんか」
    「そうよ」
    「そやけど、最後は魔王を倒さんとアカンやんか。人相手の戦争とちょっと違うところがあると思うんよ」
    「そうねぇ、たぶん人じゃ魔王を倒せないと思うわ。たとえ人としての魔王を倒せても神には手が出せないし」
 とりあえず人では神に傷一つ付けられないの。傷つけられるのは宿主の人の部分だけ。さらに魔王は記憶を受け継げる神みたいだから、自分の意志で宿主を選べるの。実はここも良くわからんところがあって、
    「ゲラスの時に危なかったやん。あん時に仮にコトリの人の部分が突き殺されていたら、コトリはどうなったのかなぁ」
    「だいじょうぶよ、コトリはすぐには殺されずに魔王の御馳走にされるから」
    「絶対ヤダ。そうじゃなくて、寿命じゃなくてアクシデントで突然死んだらどうなるの」
    「やったことないから知らいけど、見える範囲で移れるんじゃない。宿主の人が死んだ瞬間に同時に神が死ぬわけじゃなさそうだもの」
 記憶を受け継がないタイプの神はそんな感じで宿主を移るって聞いたことがあるわ。
    「そうなると魔王は宿主を人が殺しても、悠々と近くの誰かに移ることになるよね」
    「そうなるわ」
    「そうだったら、コトリかユッキーが最後はケリを付けないとアカンやんか」
    「わたしはヤダ」
    「コトリもヤダ」
 神同士の戦いはホンマに芸がないというか、面白味がなくて、ただ組み合って相手のエネルギーを消耗させるだけのものやねん。なんかすごい技があるとか、巧みな駆け引きがあるってものじゃないの。単純に消耗戦の末に、エネルギーが残ったものが勝つだけって世界なの。
    「コトリ、言っとくけど、あんなエロ野郎と組み合うなんて金輪際しないからね。触れるだけでも汚らわしいわ。だいたい触れただけで、あのエロ野郎が何するかわからないじゃないの」
    「コトリだってイヤよ。コトリに押し付けたら絶対ノーだからね。いくらユッキーが怖い顔してもベーだよ。だいたい考えるのも汚らわしいんだから、あのクソ魔王のエロ・ジジイめ」
    「そうよそうよ、あのエロ魔王は触っただけで絶対変態プレイするに決まってるわ。頭の中はそれしかないんだよ、きっと。エロ魔王は歩くチンポコ野郎よ。指だってチンポコで出来てるに決まってる」
    「指だけじゃないわ。足だって、手だって、胴体だって、口だって全身チンポコで、脳みそだってチンポコ型してるに決まってる」
    「脳みそだけやないって。肺だって、心臓だって、肝臓だってチンポコ型で、切り裂いたら変態が滲み出るだけよ」
    「うんにゃ、血だってエロしか流れてへんし、声だってチンポコ型やんか」
 この後も悪口の洪水が続き、最後に声をそろえて、
    「あんな全身エロだらけの変態チンポコ魔王に誰が触れたりするもんか!」
 でもこんなことを言い合っていても事態はちっとも良くならないわけで、
    「でもユッキー、生き残るためには魔王は倒さなアカンねん」
    「じゃあコトリやってよ」
    「だからイヤだって」
 どうも魔王の話になると悪口が止め処もなく出てきて、話が進まんようになってまうのよね。
    「ちょっと考えてんけど、クソ魔王に触れずに倒せる方法を使たらどうやろ」
    「触れずに神と戦うって言っても、せいぜい離れて組みあうぐらいでしょ。あんなエロ魔王に離れてでも組み合ったら、エロエロパワーに触れて体が穢れまくっちゃうからヤダ。だいたいよ、アレって女神の最後の楽しみじゃない。あんな楽しいことを、薄汚い所業に変えるなんて、女の天敵、いや処刑リストのダントツよ」
    「そうよ、たんなる死刑じゃ飽き足らないわ」
 この後に悪口がまたまた続いた後に二人で声をそろえて、
    「海の藻屑に変えてやる」
 アカン、全然話が進まへん。さすがのユッキーも魔王の話になると常軌を逸するぐらい逆上してまうもんな。
    「ユッキーさぁ、普段は殆ど使わへんけど、女神の能力ってあれこれ出来るやんか」
    「そうねぇ、水ぐらいならどこでも湧かせることは出来るし、火を付けたり消したり、部屋の温度を変えるのなんて簡単だし」
    「ユッキー、出来るの?」
    「料理の味だって調製できるし、温かいものは温かいままに、冷たいものは冷たいままにいつまでもしておけるし、もちろん腐らないようにも出来るものね」
    「そんなんやってたの?」
    「人を完全にコントロールするぐらいは朝飯前だし、大きな岩だって自由自在に加工したり運べるし」
    「そんなんもユッキー、出来るの?」
    「気候だってやろうと思えばかなりコントロールできるし」
    「そこまで出来たっけ?」
    「あら、知らなかったの。部屋のお掃除だって、ホウキとチリ取りを使って座ったままで出来るからラクチンじゃない。部屋のお片づけだって、ひょいと動かしたら全部片付いちゃうじゃない」
    「それはラクそうね、今度やってみよ」
 理由はわからへんねんけど、初代主女神にコトリが女神にしてもらった時に、ユッキーは力の使い方をかなり細かくレクチャーしてくれてたみたいなの。ところがコトリは女神にされただけで、ほとんどなんにも教えてくれへんかってん。それにしても、掃除や部屋の片づけに使えるのは便利そうね。うん。うん。うん、
    「ユッキー、どうして今まで教えてくれなかったのよ」
    「だって知ってるって思ってたもの」
    「だから主女神はコトリに教えてくれなかったし、あれはユッキーからコトリに伝えて欲しいからだったに決まってるやん」
    「そうは言われなかったよ」
    「主女神が言わなくたって、そうに決まってるやんか。二人しかおらへんねんし」
 この辺が未だにユッキーのわからんところ。妙な事をコトリに秘密にするんだから。えっ、じゃあ、ひょっとして、
    「だいぶ前に機織り二人でやってたやんか」
    「あれはホントに大変だったわ」
    「あれも女神の力で出来たんちゃうん」
    「出来たよ。でもコトリが手織りにこだわるから、女神の力を使っちゃダメかなぁって思って」
    「あのね。二百年ぐらい必死こいて織っててんで。ユッキーだって泣きながら『辛い、辛い』って愚痴をいっつもこぼしてたやんか。出来るって言ってくれたら、もっとラク出来てたのに」
 そこから、あれやこれやと実は女神の力を使っておけば、もっとラク出来たことが山ほど出てきて大喧嘩。女神が喧嘩すると、神殿がエライ事になっちゃうんだけど、これもある程度恒例行事になってるから、侍女たちは止めたりせずにトットと逃げ出してた。女神の喧嘩で神殿が三回ぐらいぶっ壊れてるものね。今回は壊れるとこまでいかへんかったけど最後に二人は、
    「ホンマに相性悪い」
 翌日は侍女や女官が総出で後片付け。結局、魔王との個人戦の対策は何も相談できへんかった。仕方がない、四座の女神でも誘って研究しようかな。でも四座の女神も軍団編成で忙しいから一人でやってみるか。ユッキーの口ぶりやったら、さすがに出来へんと思うし。でも、これで出来るようになってから、
    「あらコトリ、知らなかったの?」
 こんなこと言ったら、タダではおかへんから。でも言い出しそうな悪寒がする。