アングマール戦記:アングマール軍の侵入(2)

 マウサルムに入って投降兵の再編に取りかかってんやけど、スムーズにはいかへんかった。マウサルムは高原最大の都市やけど、再編のための装備が山積みされる訳やないからね。それにリメラの乱の時に微妙な動きをした都市への対策もやらなあかんのよ。これもアングマール軍が侵入という非常事態やから、あんまり角を立てんように、かつそれなりに釘を刺すって微妙なサジ加減が必要なの。

 とにもかくにもアングマール軍の動きには神経をピリピリさせとった。山岳三都市は捨て石にする言うても、落ちるまで知らんぷりじゃなくて、頑張ってくれればもちろん救援にいくつもりやってん。山岳三都市もズダン要塞への攻撃が激化した頃には強化され取ったから、いくら早くても半年ぐらいは保つと見とってんよ。

 半年ぐらい頑張って時間稼ぎしてくれたら、同盟軍も立て直せると予定やってんけど、アングマール軍の強さは半端やなかった。この辺はリメラの乱で加担し、軍勢を提供した分を差し引かなあかんにしろ、三ヶ月かからへんかった。そうやねん、山岳三都市が落ちちゃうとハムノン平原に降りて来られちゃうのよね。

 クラナリスにはアルガンティア将軍を派遣してあるから、そうは簡単に落ちないはずなんやけど、とにかくクラナリスは譲れんところ。ここを占領されるとハムノン平原の中心部に自由に進めるようになっちゃうから。ところがアングマールが次に攻めてきたのはイートスやった。

 イートスはペラト川上流にある都市。ここを攻めるにはウノスからの険路を突破せんとアカンのやけど、これを易々とやりやがったんだ。ちょっとどころやなくビックリさせられた。イートスも取られちゃうと次はラウレリアでクラナリスの南側も脅かされちゃうぐらいになるのよ。

 こうなるとコトリも動かないといけないんだけど、どうするかやった。問題はアングマールがイートスにどれぐらい兵力を振り向けてるかなの。この時点でもアングマールの侵入軍がどれぐらいの規模なのかの情報は不確かなものばっかりやってん。たとえばやで、イートス攻撃は陽動で、コトリがイートスに動いたらクラナリスに主力を向けるのも考えられるんよ。

 コトリの直感は動く方が良さそうやったけど、ユッキーがエルグ平原の軍勢をかき集めてくれて、リューオンまで来ている情報は来とってん。これと合流してから動くか、これを後詰にしてから動くかの判断に迷ってたんよ。リメラの投降兵の軍団再編も出来ればもう少し時間が欲しかったし。

 悩んだ末に動くことにした。というか動かざるを得なくなっていた。だって、だってアングマールはイートスを落としちゃったのよ。これ聞いた時にどんだけ驚いた事か。でもこれで判断は付いたと思ったんよ。あのイートスを短期間で落とすってことは、アングマールは主力をイートスに向けてるはずだって。

 アングマール軍の主力がイートスにいるのなら、その裏を掻いてクラナリスからカレムに進んだれって。カレムを奪還してさらにモスランにも手を懸けられれば、上手くいけばイートスのアングマール軍を孤立させることが出来ると考えたの。そこでアルガンティア将軍にカレム奪還の命令を下したの。

 ここもコトリの軍勢と合流してからの案もあったけど、イートスのアングマール軍が素早くウノスに戻る可能性もあったから、アルガンティア将軍にまず攻撃させることにした。コトリは後詰でクラナリスに入り、アルガンティア将軍が苦戦したら応援を送り、アングマールがラウレリアに手を懸けたら、そっちを応援しようやった。さらなる増援軍はマウサルムに入ってもらうぐらい。

 その辺の打ち合わせをリューオンで増援軍を編成しているマシュダ将軍とやって、コトリはクラナリスに進んだの。進み始めてすぐに飛び込んだ情報は、

    『アングマール軍はラウレリアを包囲せり』
 あちゃ、アングマール軍、早いし強い。ラウレリアを落とされたりしたら、クラナリスとマウサルムの連絡も断たれかねへんと思ったもの。とにかくクラナリスに急がにゃならんと思っていたら、これこそ愕然とする情報が飛び込んで来ちゃったの。
    「アルガンティア将軍はテベスでアングマール軍と会戦。我が軍は壊滅、アルガンティア将軍は討死された模様」
 顔には出さへんかった、たぶん出てないと思うけど、コトリはまた迷ってしまったわ。同盟軍が握っている決戦戦力は現状ではコトリが率いている兵のみやん。これだって再編はまだ不十分やん。このまま決戦に臨んでも良いものかどうかなの。決戦以前にクラナリスにこのまま進むべきかどうかも迷った。そしたら、
    「アングマール軍はクラナリスを占領。そのまま南下の動きあり」
 幕僚たちはマウサルムへの帰還を主張したのよ。理屈はわかるのよね。コトリが率いている軍勢の編成はまだ十分じゃないし、アングマール軍の情報も不十分。クラナリスが落ちればラウレリアも危なく、このままではアングマール軍の二方面からの攻撃を受けかねないとの見方。そうであればリューオンのマシュダ将軍の増援軍と合流して、態勢を立て直すべきだやったの。

 それはそれで説得力はあるんだけど、問題は退くって点なの。エレギオン軍はともかく、同盟都市軍はマウサルムに戻れば帰国してしまう懸念がテンコモリあるのよ。そりゃ、足元に火が付いているような状態やから、都市防衛に一人でも兵が欲しいものね。つまり、ここで退けば増援軍と合流して大きくなるより、同じぐらいか、小さくなることもあるってこと。

 逃げ出したくなるような難問やったけど、コトリは決めなアカン立場やねん。わかっているのは、ここで退いたら当分は決戦は不可能で、マウサルムや、シャウスの防衛戦に移行するだろうってこと。ラウレリアはすぐには落ちないだろうから、決戦をもしするのなら二つのアングマール軍が合流する前の今しかないだろうって。

    「全軍、ゲラスの野に進む」