アングマール戦記:ゲラスの戦い(2)

    「急使!」
 エレギオンにゲラスの戦いの結果の第一報が入ったのは明け方近かった。ちょうど朝の祭祀の時間やったけど、中止になり報告を聞いたわ。内容は、
    「セカ将軍はゲラスの野にてアングマール軍と戦い、これを撃退せり」
 まず負けなかった点でホッとしたけど『撃退』の表現が気になって仕方なかった。その後も続報が次々に入ったけど、かなりの大激戦であったのはすぐわかった。血の気が引きそうになったのは戦果報告が届いた時。死傷者が三割に及び士官の七割が討死していた。これでエレギオン同盟軍が崩壊しなかったのは不思議なぐらいの大損害だった。やがてセカから合戦の詳報が届いた。
    「コトリ、どう思う?」
 セカの取った戦術に基本的に誤りはなかったとまず思った。弱兵の上に錬度の低い同盟軍では細かい戦術は不可能で、ひたすら数で押して中央突破を図ろうとしたと見たわ。それにしてもアングマール軍の錬度が高いのに驚かされた。だって、セカが横陣を敷いたのを見てから半月陣に素早く組み直しているんだもの。あんな芸当は今の同盟軍には絶対無理だもの。

 アングマール軍の動きは巧妙だった。横一列になって進むエレギオン軍が最初に接触するのは先頭の中央部の部隊。これでは大軍の利を活かしにくくなる。そこでセカは右側に回り込まそうとしたみたいだけど、見透かしたように退いてるわ。退くと左右のアングマール軍が戦列に加わることでカバーしてる感じかな。セカはひたすら押したけど、アングマール軍の最両翼は一歩たりとも退いていない。結果として同盟軍は戦闘開始時と逆で中央部が突出して左右が後ろに弓なりに展開する形にされてしまってる。

 これでも兵の質が互角なら中央突破も可能だろうけど、この時点でエレギオン軍の中央部は相当消耗させられてた。アングマール軍が戦術的後退をやめて踏みとどまっただけで崩れそうになっちゃったんだ。これはもう兵の質の違いを見切られていたとしか言いようがないわ。

 でもそこからセカは踏ん張った。手持ちの駒を次々に投入してなんとか中央部の崩壊を防ぎ切った。そうしたらアングマール軍は左右からの圧迫を強めたんだ。セカは必死になって隊列を守り徐々に退いて行った。そうはさせないとアングマール軍の攻撃は熾烈を極めたけど、なんとか横陣になんとか戻したってところかな。

 ただこの隊列整復に払った犠牲は莫大だった。でもその犠牲を払わなければ同盟軍は壊滅的敗北を喫していたと思う。アングマール軍が勝ちきれなかったのは、最後の最後に兵の疲れが出たで良いと思う。質では勝るアングマール軍だったが、数の不利による疲労のために最後のもう一歩が届かなかったぐらい。

 それにしてもの犠牲だ。エレギオン中が悲しみに包まれている。エレギオン軍は中央部を受け持ったから死傷者は五割を越えている。ユッキーも、三座や四座の女神も、いやコトリだって悲しみに耐えている。だって四女神の男たちもすべて戦場に散ってしまった。でも今は悲しみに浸っていられない。ここで四女神が泣き崩れたらエレギオンが崩壊してしまう。

    「コトリ、第二次派遣軍は出来るだけ早くマウサルムに進ませてセカに合流させるわ。士官の補充は養成所の連中を動員して間に合わせる。それと三座の女神と施療院のスタッフをマウサルムに派遣して治療に当たらせる」
    「セカはどうするの」
    「派遣軍と合流したらクラナリスに進ませる」
    「セカじゃ無理じゃない」
    「違うよコトリ、誰が指揮しても苦戦してたよ。たとえコトリが指揮を執ってもね。あの苦戦を乗り越えないとエレギオン軍はアングマール軍に永遠に勝てないわ。セカは優秀よ。この戦いの教訓を決して無駄にしない」
    「それにしても犠牲が大きすぎる気が・・・」
ユッキーの目にひとしずくの涙が流れていた。
    「わたしの見通しが甘かったのに何を言ってもイイわ。苦戦の度合いは予想をはるかに上回ってた。アングマールは思ってた二倍は強いのを思い知らされた。でもコトリ、わたしたちはこれに勝たないといけないの。どれだけの犠牲を払い、血を流そうとも」
唇を噛みしめているユッキーの横顔を見ながら、辛くて長い戦いになるのだけは良くわかった。