アングマール戦記:高原進出(1)

 エレギオン通商同盟やけど、あれに加わると国民は豊かになるんよね。あのシステムはまずエレギオンに同盟国の富を集めて再分配する事になるんやけど、再分配を取り仕切ってるのがコトリとユッキー。二人とも建国以来、ずっと苦しい財政をやり繰りし倒してたから貧乏性が骨身に沁みてたの。

 だから王族や貴族が贅沢をするようなものにはビタ一文出さへんかった。その代り、国民生活が向上するものには赤字覚悟でも援助してた。ユッキーはかつての主女神程ではないけど先が見えるし、コトリだって少しは見えたから、この二人を騙すのは容易じゃなかったの。またもし騙そうものなら災厄の雨を降らせたった。

 まあ、エレギオンでは公開の女神やったし、女神の生活は国民の模範にもされてたから贅沢なんてやりようがなかったし、やろうとも思わなかったの。そんな二人が再分配するもんだから、援助の恵みを受けるのは中流以下の国民層って感じになるのよね。単純にはエレギオンの経済支配が強まるほど支配階級の王族や貴族は貧しくなり、国民は豊かになったぐらい。


 さてビソン川流域とキボン川下流域は別々の呼び名があったんだけど、エレギオンがズオン王国を併呑し、エレギオン通商同盟が出来てから合わせてエルグ平原と呼ばれるようになってた。もう少し細かくはビソン川流域が東エルグ平原、キボン川流域が西エルグ平原になるはずなんだけど、エレギオンの国境の関係で、キボン川で東西に分けて呼んでた。

 で、エルグ平原のうち、キボン川下流域の一番北側にあったのがハマ。ハマの北側にラウスの大瀑布があり、ここの上がハムノン高原。高原といっても百五十メートルぐらいしか違わないんだけど、エレギオン平原とはセトロンの断崖で区切られてたの。キボン川はハムノン高原を東北から南西に向かって流れていて、ラウスの大瀑布でハマ、さらにズオンに流れて行く感じ。今とはだいぶ違うけどね。

 エレギオン平原とハムノン高原をつないでいたのがシャウスの道。これはハマとシャウスを継いでいたのだけど、おおよそここしか通れんかった。他にも細い道はあったけど、それこそロープを使ってのロック・クライミング状態やった。セトロンの断崖は、今でいうたら地殻変動による断層のズレみたいなものやと思うけど、エルグ平原の北側に壁のように連なるものだったの。ありゃ、まさに絶壁。

 その中でシャウスの道だけは比較的緩やかなところにあって、通商とか軍事で使うんやったらこの道以外はないと思ってもらって良いと思う。もっともセトロンの断崖も今は変わってる。どうもエレギオンが滅亡してから大地震があって、崖がかなり崩壊してラウスの大瀑布もキボン川の流れもかなり変わってる。

 シャウスとハマは兄弟国家。ハマがエレギオン通商同盟に加わった関係もあって、シャウスも早い時期から加わっていた。エレギオンのとっても高原地帯への通商路を確保できてメリットは高かったと思ってた。ただなんやけど、高原地帯にも都市国家が成立し覇権争いの真っ最中。

 シャウスも含めて九つの都市があったんやけど、ある程度覇権を握ると必ずシャウスを攻撃してくるの。これはエレギオン同盟に加わって町が豊かになってるのと、南方のエルグ平原進出の足掛かりを狙ったものと思うけど往生させられた。エレギオンは盟主やし、援軍を頼まれたら知らん顔もできへんやんか。

 最初のうちはハムノン平原に覇権国家が出来んように調整しとった。強くなってシャウスを狙う国が出てきたら災厄の雨を降らすぐらい。そうやって弱れば、他の国が取って代わるいたいな混沌状況の維持みたいな感じかな。でもやってるとキリないんよね。そこでユッキーと長いこと話とってんけど、ハムノン平原の都市国家群もエレギオン同盟に引きずり込んじゃおうだったの。

 元はコトリの提案だったんだけど、ユッキーも乗り気薄だったし。コトリもあんまりやりたくなかったの。この頃にはエレギオン同盟に加わると国と国民は豊かになるけど、王族や貴族は貧乏になるって評判が定着してたのよねぇ。だから同盟に加えるには軍事的制圧が必要なんだけど、これはやりたくないで一致してたのよ。

 だから案だけ出て先延ばしの繰り返し。でも先延ばしにしたって戦争は起るのよね、シャウスで。それも段々様相が変わってきて。エレギオンの手先のシャウスを叩き潰さないと、自分たちの地位や富が脅かされるって危機感が共有されちゃったみたいで、ハムノン高原都市国家連合軍みたいな状況で攻撃されちゃったの。

 で、シャウス落ちちゃったの。エレギオン同盟軍はハマまで来てたんだけど、間に合わず、シャウスの道を守る格好になったんだけど、高原連合軍はシャウスの道まで攻め込んで来て大変なことになったわ。

 なんとかエルグ平原への侵入を防いだんだけど、今度は高原連合軍の侵攻の警戒のためのハマに防衛軍を常駐せざるを得なくなったし、逃げ延びたシャウスの人の奪還要請も無視できなくなっちゃったの。ハマの人も兄弟国だからそういうしね。それでね、ユッキーがついに決断したの。

    「ハムノン高原を制圧する」