エンメルカル王の脅威が迫った時に主女神と王との間に意見の相違が出来てもたんよ。王はエンメルカルを撃退できると考えてたけど、主女神は負けると予見したのよね。主女神から聞いたのだけど。
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「エンメルカルは強大過ぎる。わらわの力を以てしても勝てるとは言えない。いや、大いなる流れはアラッタに明らかに逆流。わらわには見える、アラッタの滅びが」
王の判断もわかるのよね。降伏すれば王は王でなくなり、タダのアラッタの領主に格下げされるし、アラッタの住民も殺されはしないだろうけど、エンメルカルに顎で使われる存在になるものね。当時の戦を仕掛けるとか、降伏するとはそんな意味だったもの。
それと主女神にしてもエンメルカルに勝てない予言はエエとしても、だからどうするの解答がなかったのよ。既に戦うか降伏するかの二択状態に追い詰めれとったんよ。戦力的にはエンメルカルは遠征軍だから、迎え撃てばアラッタの方が有利の王の考えが間違っているとも言えないぐらいかな。正直なところコトリだって、アラッタがウルクを占領するのは無理やけど、アラッタを守るだけなら勝算はありそうぐらいに思ってたぐらい。そしたら、
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「運命の流れはわらわの力でもどうにもならぬ。アラッタはエンメルカルに敗れ、大変な目に遭う。せめてわらわの言葉を信じる者たちと逃げよう」
どこに逃げたかだけど、ひたすら北に逃げた。南に逃げて船に乗る手は、既にエンメルカルの勢力がアラビア湾沿岸に及んでいたから出来なかったの。イラン高原を逃げて、逃げて、今のテヘランあたりまで逃げたんよね。最初は三百人ぐらいいたけど、陸路だからどうしても脱落者が出て、テヘランあたりに着いた頃には二百人ぐらいになってた。この辺は脱落したというより、途中の町々に落ち着けるものは、そうしたぐらいとして良いと思う。
ただまだ終点ではなかったの。さらに北上を続けてアララト山を目指して進んで行ったの。主女神は何かを探しているようだったけど、コトリやユッキーにさえ教えてくれなかったわ。それこその山越え、谷越えの旅は続き、アララト山でさえ通りすぎちゃった。そしたら今のバトゥーミの辺りに着いたで良いと思うわ。
そこからどうするかと思ってたら、船を作らせたのよ。エンメルカルの脅威がアラビア湾沿岸に達した時に船大工集団がアラッタにも逃げてきてて、その集団がここまで付いて来てたのよね。というか、主女神がそうさせた気がコトリはしてる。そこから黒海クルーズになったわけ。
ここまで来ればコトリにもわかったのだけど、主女神は亡命先についてなにか具体的なイメージがあったみたいなの。聖書でモーゼが約束の地にユダヤの民を導いたのと似ていたかもしれない。黒海クルーズも長かったけど、海峡を越えてある入り江に入った時に主女神の表情が変わったのよ。入り江から少し入ったところにあった丘に登り、丘の上の大きな岩を指し示して、
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「これこそ始まりの岩。ここにわらわたちの国を作る」
ビソン川は源流が酸性だったもので、流域もかなり酸性が強かったの。だから流域は不毛の地。支流が流れ込んで下流に行くほどマシになるとはいえ、見ただけで荒涼って感じだったの。当時はそんな理屈はわからんかったけど、ここで農業やるのは無理やと直感的に思たんよ。
一方で西側に目をやるとキボン川が流れてた。これはかなり大きな川で両岸に森を作ってたし、川の西側には集落らしいものもあったの。どうせならそっちの方がエエと思たんやけど、
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「わらわはここに導かれた。わらわの恵みを注がん」
そうそう国名のエレギオンだけど、当初は『キ・エン・ギ』と呼んでた。シュメール人と同じだけど、ビソン川下流は網の目のようになっていて、そこに葦がたくさん生えてたからなの。ついでに粘土質の泥だったから粘土板も作れたし、日干し煉瓦も作れた。ただこれじゃ、エレギオンにならないんだけど、住んでた土地がエルグと呼ばれてたからなの。これは多分やけど、最初の方にエラム人と名乗ってたのがエルグになり、これがさらに訛ってエレギオンになったんだと思ってる。