あれからコトリ専務に連絡を取ろうと何度も試みましたが無駄でした。マンションも訪ねてみましたが応答はありません。近所の人に聞いてみたのですが、人の気配がここのところずっと無いとの事でした。せめてもの期待を込めてスマホにかけてみたら、呼び出し音が室内から聞こえます。これは玄関にスマホも置いて家から出ていると判断せざるを得ません。
山本先生のところを確認したら、一度だけ訪ねて来られたそうです。それも夜に突然だったので驚かれたそうですが、それよりも驚いたのがコトリ専務の顔色の悪さとやつれよう。山本先生も、加納さんも大変心配されたそうですが、コトリ専務は、
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『そうやねん。検査の結果待ち。入院になったら見舞いに来てね』
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『随分お疲れの様子で、静かにチェリー・ブロッサムだけ飲まれて帰られました』
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『チェリー・ブロッサムは思い入れこそテンコモリあるけど、飲んだら甘ったるすぎてコトリの口に合わへんねん。カズ君も、もうちょっと他のにしてくれたら良かったのに。つうかあんまり飲みたないから選んだんやろか』
コトリ専務はあれほど『男が欲しい』と口癖のように仰っておられたのに、山本先生の後は誰も結婚を考えるほどの相手はおられなかったと思います。たしかにマルコと付き合った時期もありましたし、デイオルタスとの危険な逢瀬はありましたが、コトリ専務が心の底から愛していたのは山本先生だけだった気がしています。
御実家にも連絡してみたのですが、連絡こそあったものの訪ねては来られなかったそうです。冬月さんや龍すしの女将さんも聞いてみたのですが、逆に驚かれてコトリ専務の状態を聞かれただけでした。会社の雰囲気はこれ以上はないぐらい重苦しいものになっています。誰もが心配し、誰もがコトリ専務の回復と復帰を願っています。重役会議でも警察に捜索願を出そうとの提案がされていましたが、社長は首を縦に振りませんでした。会社では休職扱いにしていますが本当は退職だからです。
コトリ専務の発見は唐突でした。花時計の前で倒れているのが通報されたのです。警察が来た時には既に亡くなられており、御両親が引き取りに来られ、御遺体は実家の方に運ばれました。会社では社長が、
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「出来るだけ御実家のお手伝いをしてあげてくれ。それと大勢で押しかけると迷惑になるから、葬儀に出る人を厳選して欲しい」
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「娘はこれほど皆さんに慕われて幸せでした。最後のお別れをされたいとは思いますが、どうか元気なころの娘の顔を思い浮かべてあげてください。それが親として娘にしてあげられる最後のことです」
会社でも異例のことながらお別れ会が執り行われました。そうでもしないと収まりがつかなかったからです。最初に弔辞に相当する者を社長が読まれましたが、途中から男泣きに暮れてしまい、これがまた涙を誘います。祭壇に飾られた大きな小島専務の写真がこぼれるような笑顔なのが余計に悲しく感じます。失った者の大きさを誰もが痛感したのでした。
年も開け、四十九日も終った頃に御両親が会社を訪ねて来られました。これは会社に残された遺品の整理もあります。御両親と専務室を一緒に見たのですが、私物と呼べそうなものは殆ど何もありませんでした。社長も同席したのですが、
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「無理なお願いとは存じ上げますが、見ての通り、小島専務の私物と呼べそうなものは殆どありません。宜しければ、しばらくこの部屋はこのままにしておきたいのですが」
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「大変申し訳ありませんが、後の物の処分をお願いしてもよろしいでしょうか」
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『ミサキちゃん、いらっしゃい。ビールなら冷蔵庫に冷えてるよ。欲しかったら自分で取って来てね』
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「ミサキちゃん、この部屋は私が借りるわ。悪いけど手続きお願い」
「いえ、ミサキが借ります」
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「当然のことだ。小島君は必ず帰ってくる。帰ってきた時に家も、専務室も無くなっていたらおかしいだろう」