今週末にもボクたちはエレギオンに出発します。今日は相本君を我が家に招いて晩御飯を食べてます。
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「教授、クレイエールというか小島専務は本当によくやってくれたと思います」
「うん、ここまで本格的というか大がかりなものになるなんて夢みたいだ」
さらに発掘現場に一番近い村の一軒家を借り上げ、そこを発掘チームの支援拠点にしクレイエールの社員を派遣してくれています。古橋研究室の先発隊も合流していますが、現在は送られてきた機材の受け取り管理と発掘現場の現地本部設営を行っています。
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「教授、支援拠点があればシャワーだって浴びれますね」
「うむ、贅沢な気もするけど、たまにはベッドで寝たいしな」
「予備調査の時と大違いですね」
「あれはひどかった」
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「毎日カップ麺ばっかりだったもんな」
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「第一地点と第二地点が空振りだった時の落胆は覚えてるよ」
「予定はそこで終了でしたし」
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「相本君が継続を主張したんだよな」
「いえ私ではなくて古橋教授が決めた事ですわ」
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「あそこもなかなか出なかった。さすがに誰もがあきらめかけた時に相本君が頑張ったんだ」
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「相本君は朝まで掘ってたんじゃないのか」
「必ず出るって何故か予感がしてたんです」
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「ドカタ仕事で鍛えてますから穴掘りは得意です」
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「そしてついに見つけたんだよな。あの粘土板と街の遺跡の一部を」
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「古橋教授も費用の後始末は大変だったようでしたが、成果には満足されてました」
そうそう相本君は学生時代から先代の桐山研究室に出入りし、修士号、さらには博士号を取得しています。エレギオン予備調査にも女性でありながら反対を押し切って参加され、粘土板発見の成果を評価され主任研究員に任じられています。相本君の考古学への知識、才能、情熱は誰も文句を付けられないぐらい優秀です。これは学生時代から相本君を見ているボクが一番よく知っています。
年齢は、えっと、もう三十歳を過ぎて何年か経ちます。歳のことを女性に話題にするのは失礼なんですが、真剣に相本君のことを心配しています。学者としては優秀なのですが、女性としてあまりに地味すぎるのです。それこそ研究室にいても静かにしていると、居るか居ないかわからないほどです。
考古学というか学者として生きて行く分に外見の美醜は無関係ですが、相本君は学者である前に一人の女性なのです。学者だって恋をしても良い訳ですし、ボクだって奥さんに恋して結婚しています。別に結婚して子供を産むことが女の幸せなんて古臭いことは言いませんが、このままではとずっと思っています。
相本君が地味さですが、とにかく化粧っ気が感じられません。相本君だって女性ですから化粧ぐらいはしているはずなんですが、スッピンじゃないか思うほど薄化粧です。これも、べつに薄化粧でもそれが似合えば良いのですが、悲しいぐらい映えないのです。服装だって、研究室には平気でジャージで来ます。今どきですからジャージで来ても良いようなものですが、このジャージがどこのメーカーかわからない代物で、それも研究室に顔を見せ始めて以来ずっと同じとしか見えません。色あせて、くたびれきっているだけでなく、破れた部分に継ぎアテまで当てています。
ジャージの下にはTシャツを着ていますが、これもボクが覚えている限り、ずっと同じ。何年どころでないぐらい洗濯を繰り返したせいか、柄は色あせるどころか抜け落ちて、シミのように見えます。研究室では白衣を羽織ってますから、なんとか様になっているとはいえ、その姿は似合うというか、嵌り切ってる感じさえしています。
長い間見ているので『たぶん』そうじゃないかと思っているのですが、相本君が持っている服で晴れ着はスーツが一着しかないのではないかと疑っています。相本君は成人式には出席してませんが、晴れ着の代わりにスーツを一着作ったと聞いたことがあります。学会とかになると着てくるのですが、どう見てもいつも同じです。
だいぶ前ですが相本君が友人の結婚式に出席すると言って、そのスーツで行くと聞いて、大騒ぎになった時があります。それではあまりにもってところです。というのも、どうもそのスーツ自体があまり良いものでなさそうで、その上でかなりくたびれているからです。あの時は古橋教授が奥様に頼んで、それなりの服装をしてもらったはずなのですが、後で写真を見てみんなビックリ。ちゃんと化粧もしているのですが、これが見事なぐらいに似合ってないのです。相本君には馬子にも衣裳さえ成立しないと思ったものです。
髪はいつも、ひっつめ頭ですし、口を開けば考古学の話しかしません。これは知っていて話さないのではなく、芸能ニュースやテレビや映画の話どころか時事についても極端に無関心なのです。たまに話題を振られても、
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『わかりません』
『存じません』
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『この世にこれ以上、楽しいことなんてあるのですか』
そういうわけでエレギオン学の寄付講座はボクと相本君の二人体制ですが、学内の誰一人、その仲を勘繰ろうとする者すらいません。ボクの妻だってそうです。まるで相本君は女性であることは誰もが知っていても、恋愛対象になるのは天地がひっくり返ってもないと思われてるんじゃないかと感じることがあります。
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「・・・それにしても小島専務は若くて綺麗だなぁ」
「香坂部長もそうですし、結崎常務もそうです」
「相本君もちょっと勉強してきたらどうだ」
「え、あ、それは申し訳ありません。小島専務からのエレギオン情報を十分に聞き取れていないのは残念です。現地にいる間に出来るだけ聞くように努めます」
たしかに相本君は化粧映えがしませんし、派手な服は似合いませんし、話題だって考古学一辺倒です。そりゃイイ女とは言えないかもしれませんが、保証付でイイ人です。それは付き合いの長いボクは良く知っています。それとジックリ観察すれば丸きりのブスって訳ではありません。
そりゃ小島専務や香坂部長に較べれば可哀想ですが、スタイルだってそんなに悪くないですし、顔のつくりだって、どこと言って欠点があるわけではありません。性格だって生真面目ではありますが面倒見が良くて親切です。考古学バカみたいなところはありますが、ちゃんと常識的な気配りだってできます。
とにかく残念なのはトータルすると、ひたすら地味に見えてしまうのです。万人受けはしないとは思いますが、そんな相本君の美点を見つけ出して、寄ってくる男の一人や二人いたってイイじゃありませんか。研究員が陰で『開かずの金庫処女』みたいな評価をしているのを聞くと悔しくてなりません。
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「ところで教授、先日なんですが、小島専務にまた食事に誘われました」
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「食事の後にバーに連れて行かれたのですが、そこに小島専務のお知り合いの方がおられて紹介されたのです。それが女の私から見てもビックリするぐらい綺麗な人でした」
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「へぇ、相本君がそこまで言うとは珍しいな。ひょっとしたら有名人とか」
「有名人かどうかは存じませんが、加納志織さんと仰ってました」
「加納志織、加納志織・・・えっ、その人ってフォトグラファーの加納志織さんじゃないのか」
「そういえば写真のお仕事をしているとか。名刺ももらってます」
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『撮られる女優やアイドルより、撮る加納志織の方が遥かに綺麗』
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「驚いたのはその加納さんが小島専務と同級生だそうです」
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「ところで相本君も誰か好きな人はいないのかな」
「いますよ」
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「誰なの」
「エレギオンです」