女神伝説第3部:天城特任教授宅にて

 相本君が小島専務から聞いてくるエレギオン情報は興味深過ぎるものがあります。ボクもゆっくり聞きたいのですが、外で会食するにもおカネがありません。そりゃ、外食するぐらいのおカネはありますが、クレイエールの専務を接待するだけのおカネがないというか、どのランクの店なら失礼がないか見当がつかないと言うところです。

    「相本君、小島専務をお招きして話を聞きたいのだが、どれぐらいの接待をすれば良いのかわかるか」
    「小島専務はあまりそういう点にこだわるタイプと思いませんが、まさかいつもの居酒屋って訳にも行かないかと思います」
    「そうだよな。まだ個人的に親しいとも言えないし」
    「教授、いっそご自宅に招かれては如何ですか。接待じゃなくて、発掘計画の検討みたいな名目で」
    「えっ、うちか。まあ、名目がそれであれば、接待の質はあまりこだわらなくて良いのは確かだが・・・」
 研究室に来てもらえれば良いのですが、とにかく小島専務は忙しいらしく、昼間に時間を割いて来てもらうのは難しそうです。どうも寄付講座をわざわざ作ったのも、相本君を連絡役に見込んで会社の方に足を運んでもらうためだったと見て良さそうです。相本君に頼むと小島専務から快諾をもらえました。家で妻に話したのですが、
    「そんなおエライさんを家に招くなんて、かえって失礼じゃありませんか」
    「おエライさんと言うだけならボクだって特任だけど教授だし」
    「そりゃ、そうですが、その方はパトロンみたいな方でしょ。なにか御機嫌を損じるようなことがあれば大変です」
 妻が渋るのはわかります。家と言っても大学の官舎で、広さこそソコソコありますが、少々歴史がありすぎて、かなり古びているというか、あちこち傷んでいて雨漏りさえします。それでも住めば都で、そんなに不満はないのですが、お客さんを招くとなると不安な点があるのは確かです。
    「学生さんを招く時みたいにいかないし・・・」
    「あれよりグレード・アップしないと」
    「困ったわ」
 それでも渋る妻をなんとか説き伏せて準備に取りかかります。港都大学側はボクと相本君、それに古橋教授も是非との希望で参加になりました。せめてということで、研究員まで動員して掃除と家の周りの草ひきはしました。食事については出前にしたいという妻を説き伏せて手料理にしてもらいました。これは出前なら高くつくと言うのもありますし、手前味噌ですが妻の料理は自慢できるものだからです。ホントに貧乏学者には過ぎた妻だといつも思っています。歓迎の支度が万端整ったところに、
    「ピンポ〜ン」
 これも自慢できた話ではないですが、ドアホンはかなり前から故障だったのですが、研究員に器用なのがいて取り替えてくれました。これは妻も喜んでました。
    「本日は私のようなものを、わざわざお招き頂き感謝の言葉もありません」
    「いえいえ、むさくるしい所ですが、どうぞお上がりください」
 こういう時の『むさくるしい所』は謙遜なのですが、内心ではその言葉通りと自嘲せざるを得ない我が家です。この日の小島専務はいつものスーツ姿ではなく、かなり華やかな服装をされていました。出迎えた時に我が家の薄汚れた玄関がパッと明るくなったと感じました。小島専務は興味深そうに我が家のあちこちを見られていましたが、とにかくリビングに案内しました。そこで妻や古橋教授に挨拶をされ、
    「天城教授、つまらないものですがお子様にでも」
 ケーニヒス・クローネはボクも妻も大好きなので有難く頂きました。食事の支度が整うまでに小島専務から、
    「さすがに細かい点まで自信がありませんが、現在の地形に照らし合わせての滅亡時のエレギオンの地図を作ってみました」
 ボクら三人は食い入るように見ました。女神の大神殿、王宮と称された行政府、施療院、各種学校、広場、公会堂、市場・・・
    「皆さまがこの地図の信憑性を疑いになられるのは当然ですが、今回に限っては私の指示に従って頂きたく存じます」
    「その点は了承しているが、女神の神殿の地下室とは大きいものですか」
    「残っていればお話ですが、かなり大きなものです」
    「なにが入っているのですか」
    「残念ながら金銀財宝の類は期待されない方が良いかと存じます。これも可能性としてゼロではありませんが、まず残っていないと思います」
    「他は?」
    「それも掘り当ててからのお楽しみにされる方がよろしいかと。きっと皆さまはそちらでも満足されるかと思います」
それと地形上で当時の神殿のどこかはおおよそ推測できるとしましたが、後は現地に行って再確認したいとのことです。これについては当然のことですから了解しました。
    「プロジェクトの準備の方は香坂に担当させておりますが、何か不備な点などございますか」
 この点についてもまったく不満がない旨をお伝えしました。相本君も言ってましたが、香坂部長はこちらが言ってから動かれるのでなく、こちらが思う前に完璧な準備を整えてしまうようです。この辺りで食事の支度が整ったのでボクも配膳の手伝いに台所に行ったのですが妻が、
    「あなた、あの人が小島専務?」
    「そうだよ」
    「随分どころじゃなくお若いですねぇ」
    「いや、君より年上だ」
 食事中もボクも古橋教授もあれこれエレギオンについて小島教授に聞くのですが、小島専務はどれも立て板に水に答えられます。
    「ところでエレギオンは女神の神政であったとしてだが、実権は女神に仕える神官の政治の理解で良いかな」
    「いいえ違います。女神による直接統治です」
    「それは女神になったというか、選ばれた者による統治かね」
    「いえ違います。女神そのものによる統治です」
    「一種の巫女みたいなものとか」
    「違います。女神の能力をもつ者による統治です」
 ここも理解できないところですが、神政政治自体はエジプトのファラオを持ち出すまでもなくポピュラーなものですが、そういう場合の神とは形而上のものであり、その神の権威を借りる、もしくはその神の代理人となる、さらには神と一体化した存在ぐらいのパターンがあるのですが、小島専務はエレギオンではそうでなかったとしています。エレギオンでは生身の神である女神が存在し、その神が直接統治をおこなっていたとします。
    「その神は人かね神かね」
    「人である神です」
    「その神は死ぬのかね」
    「人ですから死にます」
    「死ねば入れ替わるだよね」
    「人は入れ替わっても神は変わりません」
 人である神が死ぬのは良いですし、次の神になった人間が同じ神であるのもよくある話です。わかりやすいのであればチベットのダライ・ラマがいます。しかし小島専務が言うエレギオンの神はどうにもニュアンスが異なるのです。
    「わかりにくいかもしれませんが、神は人に宿り、宿られた人は女神になります。人が死ねば神は宿る人を替えます」
    「それは宗教的概念としてありえるが、死んだ神と新たな神は同じ宗教を奉じるとしても別人だろう」
    「違います。神は記憶を受け継いで宿主たる人を移ります」
    「記憶を受け継ぐとは?」
    「何十代、何百代に渡ってのすべての記憶を受け継ぎ覚えているのです」
    「そんなことが・・・」
 小島専務は宛然と微笑まれ、
    「お信じになって頂けるとは思っておりません。皆様方は私のオツムをお疑いになっているのも存じております」
    「いや、そんなことは決して・・・」
    「別に構いません。信じろと言うのが無理なことです。ただ、お願いがあります。今回の発掘調査が終わるまで無理やりでも信じて頂きたいのです。調査後に私の言葉が間違いであれば、存分にご批判ください」
 ここで気になっていたことを、
    「ボクも相本君も、いや古橋教授だってそうなんだが、小島専務のお話はあまりにもリアリティというか臨場感がありすぎると感じてる。どう聞いたって、その場に居合わせた人ではないと出来ない話なんだよ」
    「それで」
    「笑わないで聞いて欲しいが、ボクはタイムトラベラーじゃないかとまで考えたんだ。タイムトラベラー自体が荒唐無稽も良いところなのだが、小島専務の話になるとタイムトラベラーと仮定しても説明しきれないぐらいなんだ」
    「あら、答えは先ほど申し上げましたのに。女神は永遠の記憶を受け継ぐのです。ある種のタイムトラベラーかもしれませんが、SFのように行ったり戻ったりはできません」
 そっか、人を宿主として渡り歩くのがエレギオンの神という説明だった。タイムトラベラーというより、永遠の生命を保ってるとした方が良いのかもしれません・・・うん、うん、うん、ちょっと待った、ちょっと待った、
    「小島専務はエレギオンのすべてを覚えておられるのか」
    「さあ、本当に覚えているかどうかは発掘成果でご確認ください」
 この点については、これ以上はサラサラと交わされてしまいました。ここからはもう少し具体的な調査隊の派遣時期の話になり、準備の進捗状況と相手国との折衝状況の確認になりました。
    「では今月中にも出発の準備を完成させるように香坂に申し渡しておきます。出発日は来月中旬目途で手配させます」
 この準備についてはクレイエールに任せっきりの部分があり感謝しています。機材の保管場所に着いても大学では用意しきれず、クレイエールの倉庫をお借りしている体たらくです。この辺は具体的には今月中にも先発隊を派遣し、日本から発送する機材の受け取りと発掘準備を進めてもらい、来月中旬にボクや小島専務の本隊が現地に到着する手順になっています。
    「それと相本さん」
    「なんでしょうか小島専務」
    「貴女には今回の発掘プロジェクトで私の秘書役みたいな役目になって頂きます」
    「具体的には」
    「あははは、今と同じようなものです。大学側との連絡役みたいなお仕事です。天城教授も了解頂けますか」
 クレイエール代表の小島専務と大学側との間にはパイプが必要ですし、それを果たせるのは相本君しかいないのは同意です。
    「了解しました」
    「では、今からそうだとさせて頂いて宜しいですか」
    「それも了解だが、具体的には」
    「とりあえず準備も追い込みですから、弊社にいてもらう時間が長くなります」
    「すべて了解した。では相本君頼むぞ」
 発掘の成果は小島専務の手に委ねられたと痛感しています。ボクも古橋教授も、これまで小島専務の主張を覆そうと努力してきたのですが、今はパトロンである以上にその説に賭けたい気分がいっぱいです。