女神伝説第3部:続神々の残照

    「ところで使徒の祓魔師って神なのですか」
    「そうよ。ある能力に特化した神の理解で良いわ」
    「でも、イエスの時代に武神なんてそんなに生き残っていたのでしょうか」
 記憶を受け継がない神、とくに武神は出産から乳幼児期の死亡でイエスの時代でさえ、ほとんど生き残っていない気がします。そりゃ、コトリ専務のアラッタ時代から十二使徒の出現まで三千年ぐらいかかってるわけで、例のロシアン・ルーレットを六十回ぐらい潜り抜ける必要があります。
    「神は増えないの」
    「それは聞いています」
    「でも増えてたの」
 わかりやすいのはユッキーさんとコトリ専務。この二人は主女神から力を与えられて新たに誕生した女神です。シノブ常務やミサキも、コトリ専務が生み出した女神です。そういう意味では数が増える余地はあります。
    「武神はね、覇権を目指すサガがあるやんか」
 それは聞いています。
    「これもシンプルに言えば戦争して相手の国を占領していくんやけど。一人じゃやれることに限界があるんよ。戦争するには兵隊集めなあかんし、武器買い集めなあかんし、訓練もせんとアカン。それだけやないで、全部カネがいるんや。そういうカネを集めなアカンし、占領したら占領したで、そこに新たな統治担当がいるやんか」
 たしかにそうだ、
    「実際の戦争もそうで、規模が小さければ一人で指揮できるかもしれんけど、なんちゅうか、多方面作戦なんかやったら、そっちの司令官も必要になるやんか」
 軍隊でなくとも、組織は大きくなるほど多数の人材が必要なのはミサキにもよくわかります。
    「そりゃ、適当な人材がポンポン出てくりゃイイんだけど、そうも行かへんことが多いものなの。人材の育成はとにかく時間がかかるし。それの解決策としてミニチュアの神を量産してたんよ」
    「ミニチュアですか」
    「そうなの。能力のそれこそ、〇・一%いや〇・〇一%とかを分け与えた神を作ってたいえばわかるかな。全能力の一〇〜一五%ぐらいを分け与えて量産すれば、何百人のミニチュア神が誕生するわけ」
 ミニチュア神は必要とされる能力に特化した神ぐらいの理解で良いようです。本物の神と較べたら吹けば飛ぶような存在ですが、武神の覇権事業を支えるのには十分だったようです。
    「そういうミニチュア神はさすがに能力が小さすぎて、宿主が変わっても覇権を目指すほどの野望を抱かなかったみたい。せいぜい山賊とか、海賊とか、もっと力が弱ければ、泥棒とかの小悪党みたいな感じかな」
    「じゃあ、イエスの使徒の祓魔師が相手にして取り込んでたのは、主にそういう相手とか」
    「たぶん。使徒の祓魔師が繰り出した式神はその程度の雑魚ばっかりやったから、コトリもユッキーも余裕で退治できたぐらいやねん」
    「でも、魔王やデイオタルスはどうなのでしょう」
 ここでコトリ専務はじっと考え込みましたが、
    「わからへんけど、イエスが取り込んだのかもしれへん」
    「聖書に出てくる悪魔みたいなものですか」
    「荒野の誘惑の時に取り込んでたぐらいかも」
 荒野の誘惑は三つの誘惑からなり、第一の誘惑が肉の欲、第二の誘惑が暮らし向きの自慢、第三の誘惑が目の欲と解されているようです。
    「ミサキちゃん第三の誘惑はちょっとおもろいと思てるねん。マタイ伝使うけど、

      『惡魔またイエスを最高き山につれゆき、世のもろもろの國と、その榮華とを示して言ふ、汝もし平伏して我を拜せば、此等を皆なんぢに與へん』

    色んな解釈あるみたいやけど、悪魔は国々を支配しとったとも読めんことはないやんか」
    「でもそれは悪魔がウソをついているじゃあ」
    「それがキリスト教の解釈やけど、コトリはマタイ伝の次が気になるの。

      『ゼブルンの地、ナフタリの地、海の邊、ヨルダンの彼方、異邦人のガリラヤ、暗きに坐する民は、大なる光を見、死の地と死の蔭とに坐する者に、光のぼれり』

    これってイエスが武神狩りをした記録にも思えるのよね」
    「なるほど、デイオタルスはガラティアの王でしたから、いても不思議ないですね」
 まあこの辺は見方だけどそうとも受け取れないことはないもんね。うん、うん、うん、
    「マタイ伝にはガラティア以外にも四つの地名がありますよ」
    「そうなの、あくまでも可能性だけどそこに五人の王というか、武神がいた可能性はあるのよね」
    「そうなる最悪、まだ三人」
    「まあゼロとはいえないね」
 イヤだなぁ。魔王やデイタルスみたいなのがまだ三人もいたら。もっともコトリ専務にすればスリルとサスペンスだけど。
    「でも仮にイエスが魔王やデイオルダスを取り込んだとして、さらにそれを使徒の祓魔師に譲り渡す能力を持っていたとしても、それを抱えきれるでしょうか」
    「そこは疑問点なのよ。でも現実としてデイオルダスは現れたし、デイオルダスはヴァチカンのクレメンス十五世の命令で来ているのよね」
    「まさかイエスが教皇に宿っているとか」
    「それはあれへんと思う。教皇がイエスならコトリにもわかるはずよ。あれは、どう見たって使徒の祓魔師程度の雑魚よ」
 コトリ専務の目を誤魔化すのは難しいと思います。
    「そもそもなんですが、記憶を受け継がない使徒の祓魔師が生き残れるでしょうか。コトリ専務はシチリアで結構な数の使徒の祓魔師を退治しているはずです。そうであれば、シチリアの時点で使徒の祓魔師は一人か二人になっていたと考えるのが妥当だと思います」
    「ミサキちゃんの言いたいことはわかるんだけど、クソエロ魔王も、デイオルダスも現れ、デイオルダスは教皇の命令でコトリの前に姿を現したのも事実よ」
    「であれば、使徒の祓魔師の中にも記憶を受け継ぐ能力を持ち、力も神に匹敵する者がいるんじゃないでしょうか」
    「なるほどね。でもそれだけの力を持っているのに表に出て来ないのは不思議だよ。もし存在すればヴァチカンを裏から支配し、教皇さえも手玉に取れる怪物的な存在になるじゃない」
 そりゃそうなんですが、十二使徒って誰がいたっけ。とりあえずペトロがトップよね。あとはマタイとか、ヨハネとか、マルコとか。そういえば。
    「パウロとルカは使徒なんですか?」
    「ルカはパウロの弟子やからちゃうやろ。パウロは使徒になってるはずやけど、最後の晩餐には参加してへん」
 そうだったメンバーは割と揺れがあるんだった。
    「たとえばですが、ステファノは使徒の祓魔師の系譜を継いでいるんじゃないですか」
    「かもしれへんし、イエスだったかもしれへん」
 コトリ専務だってこの辺は噂話で聞いた程度の存在だものね。
    「ミサキちゃん。もし使徒の祓魔師の中で神に近い力を持ち、記憶を受け継ぐ能力もあり、今の時代に生きていても表に出ない人が一人だけいる」
    「そんな都合のよい人がいるのですか?」
    「平凡やけどイスカリオテのユダよ」
 ユダって、あの裏切り者やない。
    「ちょっと前提がいるというか、男の恵みの神を見たことがないから武神からの仮定やけど、武神がミニチュア神を作る時に小さな力しか与えないのには理由があるの」
    「やはり自分の力があまり落ちないように?」
    「もちろんそれもあるけど、力が強すぎると、自分を作った神を凌ごうとするのもあったの」
    「でも恵みの神は・・・」
    「これもコトリとユッキーの関係は悪くないけど、他の女神とどうなのかはわかんないのよ」
 そういえばコトリ専務でさえ、他系統の女神は会った事も聞いたこともないって言ってた。
    「まさかユダはイエスから信頼され過ぎて大きな力を与えられ過ぎて、そのためにイエスを凌ごうとして裏切ったとか」
    「可能性としてあるぐらい。これを証拠と言えるかどうかわからないけど、教皇はヴァチカンに帰ったけど式神の武神は現れてないじゃない。前にも行ったけど、教皇が自分で抱えていれば、日本滞在中に放ったと考えるのが自然だもの」
 そう言われてみれば、
    「これも推測に過ぎないけど、あれだけ執拗に使徒の祓魔師がシチリアに現れたのも、ユダが使徒の祓魔師を見つけ出して放っていたかもしれない」
    「ベネデッティ神父が神戸で聖ルチア女学院を作ったようなものですか」
    「そんな感じじゃないかなぁ。ベネデッティ神父はコトリの記憶の封印を解くためにヴァチカンになんらかの情報を取りに行ってるけど、これもユダからなにか教えられた可能性があるわ。神の情報をヴァチカンで一番詳しいのはユダだもの」
    「ではベネデッティ神父はユダの手下?」
    「最初からかどうかは、もう確認できないけど、ユダに会えば使徒の祓魔師であることは見抜かれるから、組み込まれたぐらいはありえるわ」
 黒幕がユダとは出来過ぎたお話ですが、ユダが黒幕なら説明しやすい部分は多くなります。まずは聖ルチア伝説とオリハルコンの財宝伝説に夢中の使徒の祓魔師の能力を持つベネデッテイィ神父が神戸に来ます。神戸でルチアの天使を見つけるものの、記憶の封印が破れずヴァチカンのユダに協力を求めます。ユダはベネデッティ神父が使徒の祓魔師であることを見抜き、これを配下に組み入れます。シチリアでマンチーニ枢機卿制裁にヴァチカンがあれだけ積極的だったのは、聖ルチアの秘宝を横取りしようとしたため。つまりはヴァチカンと言うよりユダの組織が動いたのがあの結果だったと。

 さらにユダはエレギオンの女神がエレギオンの金銀細工師と結びついたことから、ここに財宝のカギがあると判断したと考えられます。あの時はマルコがメイン・ターゲットと考えていましたが、ユダが黒幕なら三女神も絶対のターゲットであったと見て良いと思われます。そんな事を考えながらコトリ専務の顔を見ると微笑みが輝いています。

    「ミサキちゃん。たぶんユダは近いうちに日本に来るよ」
    「ま、まさかコトリ専務。見えるのですが」
    「今、見えた気がした」
    「魔王やデイオルダスより強いのでしょうか」
    「それはやってみないとわからない。今の人としての年齢もポイントになるし」
 そうだユダとは言っても老人とは限らないわけです。
    「ユダも若い方がイイな。デイオルダスも、そうねぇ、もう二十歳ぐらい若ければバイアグラに頼らずに済んだはずなのに。とにかくユダがどんなプレイが好きなのか、今から楽しみ」
 えっ、えっ、えっ、ユダにも抱かれる気とか。そうだったコトリ専務は有名人に弱かったんだ。こりゃ、魔王戦の再現と言うより、偽カエサル戦の再現の方が可能性がありそう。なぜかユダに同情してしまうミサキがいました。