女神伝説第3部:ママ友会

 使徒の祓魔師というか、その式神の武神による脅威はあるのですが、コトリ専務は、

    「とりあえず、来てから考えよ。予防も対策も相手がおらへんかったら出来へんし」
 その通りと言えば、その通りなのですが、ミサキはちょっとモヤモヤ。でも悩んだって何も変わる訳はないぐらいにあきらめてます。さて今日は保育園のママ友のお茶会。忙しいので出ることはなかったのですが、今回は強引に誘われて仕方なくってところです。あるママの家でするとのことで手書きの地図を片手にウロウロ。どうも新興というかミニ開発した住宅街の一角にあるようです。なんとか探してあてましたが、建売かなぁって感じの家です。ドアホンを鳴らし、
    「香坂サラとケイの母です」
 オープンキッチン付のリビング・ダイニングに案内されましたが、部屋の様子に違和感が。ソファに座っている妙に着飾った一団とその他大勢って感じです。さらに変と思ったのは、出迎えてくれたのはこの家の奥様ではないようなんです。たぶん、この家の奥様と思しき人は一人がけのソファに座ったままで足を組み、
    「いらっしゃい」
 この日のミサキの服装は洗いざらしのジーパンと、これまた洗いざらしのTシャツ。とにかくマルコの洗濯の脅威は続いているので、洗濯機に耐えられる服が普段着になっています。それにこのママ友会も『普段着で来てください』って案内だったし。とくに席を勧められた訳じゃなかったので、空いていた丸椅子に座りました。しかしホストがソファで、ゲストが丸椅子とは妙な歓迎です。

 こんなところで目立っても仕方がないし、とにかく無難にやり過ごそうと思ってましたが。ただ、どうやってもやはり注目の的になっています。まあ、新入りですし、サラもケイもハーフになりますから、嫌でも目立つってところです。

    「あら、サラちゃんママですか、お若いですねぇ」
    「ええ」
 ソファのこの家の奥様らしき人から声をかけられました。なんか見下されてる気がしないでもありませんが、とにかく新入りですから、しおらしく、しおらしくです。なるべく余計な事を話さないようにっと、
    「サラちゃんママの旦那様の御職業は?」
    「ええ、ジュエリー関係です」
    「どこかの宝石店とかにお勤め」
    「ええ、そんなところです」
    「販売の方?」
    「いえ作る方です」
    「じゃあ、職人さん。大変ねぇ」
 これはどうも、ミサキの値踏みを旦那の商売から推測しようってところのようです。
    「宅の主人もジュエリーなのよ。今村パールって知ってる」
 今村パールは真珠の中堅どころで、クレイエールとは今のところ取引はありません。売込みもあったのですが、マルコのお眼鏡に適わなかったってところです。そういえばコトリ専務も良く言ってなかったような。
    「旦那は三十二歳だけど、もう課長代理なのよ。この家は私の実家が建ててくれたんだけどね」
 やっぱりソファで踏ん反り返っているのがこの家の奥様のようです。奥さんの実家が今村パールの重役みたいで、旦那さんは重役に見込まれて娘と結婚したぐらいで、いわゆる閨閥ってやつでしょうか。実家自慢の奥さんが相手なら、旦那さんもさぞかし大変だろうって同情しました。まあお父さんが重役だろうが、旦那が課長補佐だろうが、お奥さんのポジションとは関係ないと思いますが、とりあえずこの場に無難に合わせて、
    「それは凄いですね。エリート・コース驀進中ですね」
    「そうなのよ。ところであなたもお勤め」
    「あ、はい」
    「パート?」
    「一応常勤です」
 そこでボスママの側近連中らしいのが何故か『ホホホホ』と笑い出し。
    「大変ね。旦那の甲斐性の差は大きいわよ」
 そこから、旦那の肩書の自慢合戦。予想通り、課長代理夫人がトップで以下は係長とか主任とかで、旦那の肩書で序列を作って取り巻きみたいになっているようです。一人がけのソファに座っているのが課長代理夫人、もう一つの一人がけのソファに座っているのが係長夫人、三人がけのソファに座っているのが主任夫人のようです。モロなんですが旦那の肩書によるヒエラルキーみたいなもののようです。
    「サラちゃんママ、思うんだけど、あなたのところのような家ではこの保育園は背伸びし過ぎじゃない」
    「私もそう思うは」
    「もうちょっと安いところに変わった方が生活がラクになるんじゃない」
    「若い職人さんの御夫婦には贅沢と思うわよ」
 あちゃ、そこまで言うかと思いましたが、
    「なんとか保育料ぐらいは払えますから」
 そこから『無理しちゃって』とか『見栄も張り過ぎるとね』とかわざと聞こえるように話されます。しっかし、嫌な世界です。早く終わって欲しいのと、二度と来るかと思いながら、ひたすら愛想笑いです。なるほど、これがママ友連中のマウンティングか、しょうもないと思うし、どこが面白いんだろうって思います。そういえば今日はもう一人、お茶会に来る予定で、少し遅れると聞いています。
    『ピンポーン』
 部屋に入ってきた人を見てビックリ、
    「あらっ」
 経営戦略本部の山村さんです。山村さんは御結婚されて姓が変わられているのですが、シノブ専務の時から希望があれば社内では旧姓でOKになっています。山村さんは情報調査部が拡大されて経営戦略本部になった時に課長補佐になられています。

 このマウンティング・ママ友会では、旦那ではなくて自分が課長補佐の山村さんは別格の扱いのようです。ボスママの課長代理夫人も妙に気を使っています。そっか、そっか、会社の規模的には今村パールよりクレイエールの方がずっと大きいもんね。今村パールの課長代理とクレイエールの課長補佐だったら、マウンティング的には同格か、クレイエールの課長補佐の方が上ってことかもしれません。だったら、呼ばなきゃイイのにと思うのですが、しばらくすると理由がわかりました。ソファに陣取ってる課長代理夫人グループ以外の、その他大勢組が山村さんが来ると急に活気づきだしました。

    「サラちゃんママ、やっぱり今どき仕事してない女なんてね」
    「そうよ、旦那の稼ぎに頼る夫婦なんて古臭いよ」
    「女もちゃんと仕事をしてこそ一人前よ」
 どうもその他大勢組はキャリアママ・グループぐらいで良いようです。その旗頭が山村さんぐらいの感じです。ようやくピンと来ました。サラとケイを預けているのは保育園と言いましたが、正しくは認定こども園です。認定こども園にも色々ありますが、ここは幼稚園と保育園が両方あるようなスタイルです。ソファに陣取る課長夫人グループは幼稚園組で専業主婦ないしパート程度で、その他大勢組は保育園組でフルタイムのグループって色分けのようです。

 ミサキが部屋に入った時の質問は、新入りのミサキがどちらのグループに属するのかと審査みたいなものと思えば良さそうです。たぶん見た目は若いし、服装はモロ普段着ですから、いわゆる課長代理夫人から見たら貧乏人で、生活が苦しいからミサキがフルタイムで働いているぐらいに判断されたのだと見て良さそうです。つまりミサキはキャリアママ・グループってところです。

    「みっちゃんママはね、クレイエールで課長補佐をバリバリやられてるの」
    「そうなのよ、あのクレイエールのそれも経営戦略本部にお勤めなの」
 なるほどね、キャリアママ組の中でも今村パールよりクレイエールの方が上って事みたいです。だからクレイエールに『あの』が付くんだ。『みっちゃん』は山村さんの息子さんの呼び名のようです。それはともかく、山村さんがクレイエールで課長補佐であるのと、あなた方とは関係ないと思うのですが、幼稚園派と保育園派はこうやってマウンティング合戦をやってるのだけは良くわかりました。

 そっか、そっか、さっきのバカにしたような笑いや、言葉は新入りのキャリアママへのマウンティングを行ったってところでしょうか。女だけの会では、そうなることがしばしばありますが、ここまでステレオタイプなのはミサキも初めてです。まるでドラマみたいだと妙に感心してしまいました。なんかヒートアップした雰囲気にのみ込まれてしまい、なかなか山村さんに挨拶できなかったのですが、キャリアママの一人が気を利かせたのか、

    「みっちゃんママに紹介しておきます。サラちゃんママは、旦那様がジュエリーの職人さんで、サラちゃんママもフルタイムで働いておられます」
 こんなマウンティング合戦の中でミサキの肩書がバレたら、妙な騒ぎに巻き込まれると、必死になって山村さんに目くばせしたのですが、
    「香坂さんのことは良く存じています」
 ヤバイと思って、立ち上がって遮ろうとしても手遅れでした。
    「クレイエールのジュエリー事業副本部長兼総務部長です」
 ヤバ、まさにシンと静まる部屋の中、課長代理夫人がヒステリックな声で、
    「ふ、ふ、副本部長だって、それもクレイエールの。ふざけないでよ、この若さであり得るはずがない」
 そうしたら山村さんが、
    「香坂副本部長、申し訳ありませんが名刺を一枚頂けませんか」
    「山村さん、ちょっと、それは・・・」
    「お願いします」
 頭を下げられたので渋々渡すと全員から、
    「ぎょぇぇぇ」
 山村さんはさらに畳みかけるように、
    「これで納得頂けないようでしたら、社員証もお願いしますが、そこまで必要ですか?言うまでもないですが、香坂副本部長は重役会議にも席を連ねられておられる役員です」
 その時に課長代理夫人グループの主任夫人が、
    「えっ、あの、あの香坂副本部長。それなら、若く見えても当然です。主人もクレイエールの三大美人は魔女のように歳を取らないと申しておりました」
 魔女はやめて欲しいですが、この後のママ友会はキャリアママ・グループに尊敬の目を集められて終りました。翌日になって山村さんが総務部に謝りに来られました。
    「香坂副本部長。昨日は大変失礼なことをさせて、本当に申し訳ありませんでした・・・」
 聞くとあのママ友会は、もともとキャリアママの親睦会だったそうですが、そこに幼稚園の課長代理夫人が無理やり合流してきたそうです。最初はそれでも穏やかな親睦会だったそうですが、いつしか幼稚園派と保育園派のマウンティング合戦になってしまったのがあの日の様相だそうです。
    「済んだことですからイイですが、あそこまでやる必要があったのですか? それと別に無理やり一緒に親睦会をしなくともイイ気がするのですが」
    「本当に申し訳ありません・・・」
 山村さんがあそこまで頑張ってたのは、認定こども園の主導権争いの側面もあったとか。単純化すれば各種行事への保護者の参加問題です。幼稚園派は『子どものため』を大義名分に保護者を積極的に動員する案を主張し、キャリアママの猛反発を喰らってる関係ぐらいです。

 主導権争いも女同士だからと言いたくないのですが、討論会からの多数決みたいな方向には進まず、相手の意見を封じ込める方向にのみ進み、ああいう泥沼的なマウンティング合戦になってしまったとか。まあ、多数決になればキャリアママ派の方が優勢らしく、課長代理夫人派はそうしたくなかったのもありそうな気はします。

 ここでミサキの扱いは見ただけで若夫婦の貧乏人の判断。そのうえフルタイムの常勤ですからキャリアママ派の烙印を速やかに押されて、課長代理夫人派から最初が肝心とばかりにマウンティングを仕掛けられたぐらいで良いようです。山村さんはミサキがそうされるのを読んで、シノブ専務ゴッコというか水戸黄門ゴッコをあえて課長代理夫人派に仕掛けたぐらいのようです。あのメンバー相手の肩書マウンティングでは飛び抜けていますから、あれで課長代理夫人派はギャフンみたいなものでしょうか。

    「香坂副本部長には迷惑であったでしょうが、あれであの世界では副本部長は別格に置かれます。だから、どうした程度のお話ですが、そうなることで煩わしいことに関わる必要が少なくなります」
    「そんなものなの・・・」
 とにかくメンドクサイ世界のようです。これだったら小学校はインターナショナル・スクールに通わそうかな。でも、そっちでも無いとは言えないか。コトリ専務のトンデモ話に付き合うのも大変ですが、保育園のマウンティング合戦に付き合うのも大変そう。エエイ、ここは山村さんに頼んじゃおう。
    「後は山村さんに頼んじゃってもイイでしょうか」
    「かしこまりました。おまかせ下さい」
 山村さんならだいじょうぶかも。あまり目立ちませんが、山村さんはコトリ専務やシノブ常務の全力の仕事に付いて行けるぐらい出来る人なのです。とくに山村さんはシノブ常務の本部長時代の実質的な秘書役も長年勤められておられます。それでも、なにかモヤモヤとしたものは残りますが、この件にはこれ以上、関わることがありませんように。