女神伝説第3部:ミサキもアラサー

 偽カエサルとの戦いがあった年に妊娠し娘が生まれました。そのまま産休から育休に入ったのですが、育休から復帰してすぐに二人目を妊娠して産休・育休、次は息子が生まれて二人の子持ちになって職場復帰です。マルコなんて喜んじゃって大変なのですが、そんなマルコの料理に進歩がありました。作らせれば芸術的なトンデモ料理になるのは相変わらずですが、やっと、やっと、やっとなんです。結婚してから、いや、あのマルコの独身時代を含めればいつからかわからないぐらい前からですが、

    「ミサ〜キ、どうもボクの作る料理は不味いこともあるらしい」
 あのねぇ、マルコの料理は不味いのを耐え忍んで辛うじて食べられるか、悶絶して吐き出すかのどっちかが殆どで、普通に不味いなら奇跡的なんです。でも、ここまでの自覚をようやく持ってくれました。それでなんですが、
    「ボクとミサキの可愛い娘のサラと愛する息子のケイに、不味い御飯を食べさしたら大変だから、ミサ〜キには悪いが、料理の手伝いはやめようと思う。イイかなぁ」
 そりゃもう喜んでOKしました。そうそうサラもケイも生粋のイタリア人の名前ですが、出来るだけ日本名でも通用しそうなものにしました。ちなみに漢字にすれば沙羅と圭です。それとこれはマルコの好みですが、名前は出来るだけ短い方が良いと考えてるみたいです。ですので、そんなに、もめずに付けられました。もっともマルコが短い名前が好きなのは、仕事中に瞬間湯沸かし器になる時に、短い方が怒鳴りやすいし、罵りやすいというのがあるのは、これまたよ〜く知っていますが、そんなことは他人に言えるようなことではありませんから黙ってます。

 ちょっと心配していたのは、子どもが出来てミサキへの態度が変わらないかでした。どうしたって育児中は女と言うより母親になってしまうからです。一番ドキドキしたのはミサキも自慢だったロング・ヘアーをショート・カットに変えた時です。ミサキのロング・ヘアーはマルコも大のお気に入りで、ミサキのロング・ヘアーを褒め称えるマルコの賛辞の嵐は耳タコ状態だったからです。

    「おお、なんてこった。髪を切ってしまったんだ!」
 やっぱり気に入られなかったと肩を落としかけましたが、
    「ボクは今の今まで、ミサキのショート・カットの美しさ、素晴らしさを知らずに生きて来たんだ。これは人生の損失だ、大後悔だ、取り戻せない時間だ」
 すぐにショート・カット賛辞の耳タコが出来ました。以降もミサキがどう変わっても、新たな耳タコが出来るだけで、ホッとしました。こんなに素敵な旦那さんでミサキも幸せです。これで洗濯がもう少しマシになれば完璧なんですが、そこまでの贅沢は言うまいと思ってます。こんなに愛してくれるだけで十分です。シノブ部長のところにもお二人目のお子様ができました。シノブ部長のところはお二人目も男の子で、
    「ミサキちゃんところが羨ましい。ミツルが三人になるのは嬉しいけど、やっぱり女の子も欲しいよね。三人目、頑張ろうかしら」
 それにしてもシノブ部長がまったくお変わりにならないのは驚くほどです。もう三十五歳になられると言うのに、ミサキが初めてお会いしてからまったく歳を取られません。相変わらずの愛くるしさと、お美しさです。


 職場復帰して、久しぶりに歴女の会に顔を出してみました。コトリ部長から、

    「たまには顔出してね」
 こう言われて顔出したのです。その日はミサキの誕生日だったのですがマルコは、
    「ミサ〜キ、仕事の付き合いも大事だよ。サラとケイはボクが見るから、たまには息抜きしといで」
 食事の用意はしていったのですが、とにかく不安。そりゃあ、何度も何度も念は押しておきましたが、それでもマルコが料理に手を出す可能性は残る、いや手を出さない可能性の方が低いとしか思えないのです。そうなればサラとケイは悶絶するか、空腹で泣いてしまいます。やっぱり来ない方が良かったかな、実家に預けた方が良かったかとウジウジ悩みながら店に到着。顔だけ出したら、サッサと帰ろうと思いながらドアを開けました。

 店に入った瞬間に照明が消え、スポットライトで照らし出されました。そこにクラッカーの嵐と歴女の会のメンバーだけでなく、マルコやサラとケイ、マルコの工房の弟子たち、天使ブランドの工房の職人さんたちも加わって大合唱で、

    「お誕生日、おめでとうございま〜す」
 引っ張り出されて挨拶をしたのですが、後ろを見ると
    『香坂課長代理のアラサーを祝う会』
 これが電飾のイルミネーション入りで輝いています。まさに完璧に『やられた』です。コトリ部長のアラフォーの会の意趣返しみたいなものです。でも、嬉しかった。この夜は思いっきり、はしゃがせて頂きました。


 さて会社の方は大事件が起こりました。いやいや、事件と言っても魔王や偽カエサルが出てくるようなものではなく、河原崎社長が退任されたのです。これもコトリ部長に聞いてみると、

    「本来はもうちょっと早くする予定だったみたいなの・・・」
 魔王によるラ・ボーテ騒動の時に綾瀬副社長はクレイエール事業の指揮を執りましたが、あれが大苦戦に陥ったので、あの時の業績回復を待っての社長就任になったみたいです。河原崎社長については会長就任の意見もあったそうですが、
    「私が居たのでは綾瀬君がやりにくい」
 こう仰られて代表取締役からも退かれ相談役になられました。クレイエールも長かった河原崎時代は終わり、綾瀬時代を迎えた事になります。綾瀬新社長はさっそく新体制の人事に着手しています。これが社内ではかなり驚きというか、綾瀬社長の意図が非常にわかりやすく示されています。副社長に高野専務が昇進されたのは順当ですが、コトリ部長は専務代表取締役に抜擢されました。実質的にナンバー・スリーになります。さすがにコトリ部長と呼びにくくなったのですが、
    「ミサキちゃん、専務なんて呼んだらドッカン食らわすよ」
 こう脅かされましたが、今ではコトリ専務と呼ばせて頂いています。シノブ部長の旦那の佐竹次長も営業本部長に二階級特進し、執行役員にもなられました。佐竹本部長は、
    「シノブとの差は、どうやっても縮まないだよね・・・」
 というのもシノブ部長も常務執行役員に昇進されました。ここもシノブ部長とはもう呼べないのですが、
    「ミサキちゃん、常務なんて呼んだら一撃ぶっ放すわよ」
 あんな一撃が放たれるとミサキに当たる率は低いですが、当たったところが大変なことになります。それでも、なんとか宥めすかせてシノブ常務と呼ばせて頂いています。シノブ常務は経営戦略本部長とブライダル事業本部長の兼任も続けていらっしゃいます。

 そうそう、コトリ専務はついに総務部長を退任されました。後任が必要になるのですが、驚いたことにミサキが部長になってました。それだけでなくジュエリー事業の副本部長兼任した上で、執行役員にもなっています。そうなんです、ミサキも重役席の端っこに着いちゃったのです。ビックリした、ビックリした。

 綾瀬体制で重視されるのは誰が見ても高野副社長と佐竹本部長、それに三女神の五人です。コトリ専務とシノブ常務はまだわかりますが、ミサキも入っているのは本当に意外でした。それでもって、この五人が綾瀬副社長から呼ばれました。呼ばれたのは料亭なんですが、とにかく物凄い門構えのお店で、見ただけで気後れしそうになったのは白状しておきます。コトリ専務は、

    「この店はね、前社長の頃から重役連中の密談場所なの」
 コトリ専務もシノブ常務も女将さんから親しげな挨拶を受けていました。ミサキは初めてでしたが、
    「香坂副本部長ですね。これからも御贔屓によろしくお願いします。それにしても、皆さま本当に若くてお美しくて羨ましい限りです」
 長い廊下を案内され、次の間っていうのかな、そこから襖が開くと綾瀬社長、高野副社長、佐竹本部長は先に席に着かれておられました。
    「おう、三天使がいらっしゃったか」
 コトリ専務とシノブ常務は適当に挨拶されて席に着きましたが、ミサキはそうもいかず、
    「このたびはお招きいただき・・・」
    「香坂君も早く席につきたまえ。腹減ってしまって、挨拶の時間ももったいないわ。それと今日は顔合わせ会みたいなものだから、気楽にやってくれ」
 気楽にと言われても、気楽に出来るものじゃないのですが、シノブ常務は、
    「私が初めてこの料亭に呼ばれた時はヒラだったのよ。それも、前社長と、綾瀬社長と、高野副社長と四人だけで、そりゃ、ギッチリ尋問会で大変だったの。その時の綾瀬社長の怖いこと、怖いこと。食事の味なんかしなかったもの」
    「結崎君、まるで私がイジメたみたいじゃないか」
    「小娘をおっさんが三人がかりですから、あれは間違いなくイジメです」
 そこから思い出話に花が咲いていました。ミサキも少しリラックスしてきたので聞いてみたのですが、
    「社長、小島専務や結崎常務の就任はわかるのですが、わたしは意外すぎる気がします。お二人に較べると実績も無いですし」
    「ぶははは、天使は自覚がないのは知っておるが、香坂君もそうなのは良くわかる。産休・育休が入ってしまったが、対ラ・ボーテ戦からあの株主総会まで香坂君が残した業績はまさに巨大だ。あの時に小島君と香坂君が鉄人コンビで支えてくれたから今のクレイエールはあると言っても過言ではない」
    「小島専務の後ろに付いて行ってただけですが・・・」
    「あの時の小島専務に全部付いていけただけで驚嘆すべきことなのだ。それだけでない『癒しの天使』の効果は社内の誰もが認めておる。前社長も香坂君の処遇が中途半端になっていたのを悔やんでおられた。君は十分すぎる実績を認められての昇進だよ」
 なにかムズ痒い褒め言葉ですが、これ以上、口を挟んだら失礼ですから素直に昇進を受け入れることにします。社長は、
    「さて新体制だが、私も含めてこの六人が会社のエンジンになる。不肖綾瀬ではあるが、どうか支えてもらいたい」
 こういって頭を下げられました。どうもこの日に六人が集まったのは社内での綾瀬派の立ち上げみたいなものだったようです。それでもどうして重役末席のミサキまで呼ばれたのか不思議でしたが、コトリ専務は、
    「あ、それ。見方やねんけど、シノブちゃんも、ミサキちゃんも、社内ではコトリ派って感じになってるの」
 それは、なんとなくわかります。
    「社長が取り込みたいのはコトリ派だから、シノブちゃんは言うまでもないけど、ミサキちゃんも抱き合わせにしておくぐらいの判断でイイと思うよ」
    「では、ミサキはオマケみたいなもの」
    「違うよ。社長の目は節穴じゃないよ。社長は本当に仕事が出来る人間を選んでるんだ。社長の目にも三女神は別格ってちゃんと見えてるってこと。オマケというより青田買いにやや近いかな。とにかく期待されてるんだから、頑張ればイイってこと。総務部は任せたわよ」