女神伝説第2部:決戦

 ここは神戸空港から程近い造成地。当初の計画では様々な空港関連施設が出来る予定でしたが、ガラガラ。夜ともなれば人気がなくなります。そこに立つ男と女。

    「よく来たなコトリ」
    「ガイウスもね」
 汽笛の音が聞こえます。
    「オレの女に戻って来い」
    「それを言うために来たの」
    「そのために来たんだろう。お前一人じゃオレに勝てない」
    「そうかしら、クソエロ魔王はどうなったか知らない訳じゃないでしょ」
 風が出てきました。
    「コトリはイイ女だ」
    「そうやって、まだ騙すの」
    「コトリを騙したのはそうだが、コトリがイイ女であるのは信じてもらって良い」
    「ありがとう」
 男は少し間を置いて、
    「殺してしまうには惜しいのだ。コトリだって楽しんでいたじゃないか」
    「ええ、その通りよ。なんなら今からやる」
    「ここでか?」
    「そうよ。受けて立つわよ」
    「やるならベッドの方が良い。服も汚れるし、ここでは夜風が身に染みる」
    「あらそうなの」
 男は続けます。
    「どうして落ちなかったのか今でもわからん」
    「ガイウス、あなたはコトリを喜ばしてくれたよ。それは感謝するけど、あの程度はいくらでも経験してるの。あなたの失敗はアレだけでコトリを落とせると思ったこと。コトリをアレだけで落としたかったら、そうね、今の十倍ぐらいは頑張ってもらわないと。十倍でもそこからスタートでね」
    「怖い女だな」
 男は嘆息したあと。
    「オレも武神の生き残りだが、武神であるだけじゃ食べて行けないものでね」
    「それは女神であるコトリも同じ」
    「そこまでわかっているなら、互いに協力しようじゃないか」
    「そうよね、ガイウスが手を引けば話は済むわ。お互い会いさえしなければ、共存は可能よ。世界は広いんだから」
 男は少し考えてから、
    「こんな極東の果ての片隅で生き残りの神が殺し合うのはやはり馬鹿げてる」
    「神とは出会えば殺し合うものじゃ」
    「ここまで減れば協力があっても良いと考えてる」
    「だから魔王とは戦わなかった」
    「そうだ、共存を選んだ。お互いに直接関わり合うのはやめようと協定を結べたんだ。女神とでも可能と思うが」
    「もちろんよ。だから共存条件出したじゃない」
 男は首をひねりながら、
    「どうして、そこまでこだわる。一瞬の話じゃないか」
    「一瞬だって時間であるのには変わりはないわ。コトリにとってこの時間は命を懸ける価値がある」
    「わからない、永遠の時を生きる神にとって、今しか生きられない人など利用するだけの価値しかないはずだ」
    「それは武神の価値観、女神は違うわ。女神は常に今この時を生きるのよ。ガイウス、あなたはコトリの今の大切な人を傷つけた。あなたは女神の犯してはならない領域に手を付けた。それ相応の報いは受けてもらうことになるわよ」
 男は鼻で嗤いながら、
    「女神が武神に何が出来ると言うのだ。しょせん女神など武神のお情けで生きる価値しかない存在だ。コトリ、それがお前の生き残れる唯一の道だ」
    「それがあなたの本音ね。残念だわ。あなたなら少しは違うと思ってたけど」
    「力がすべてと学んだことはなかったのかな」
    「ううん、必ずしもそうでないと学んだわ」
    「悪いがオレもこの仕事に命を懸けさせてもらってる。たとえ知恵の女神を排除してもだ」
    「あら、あなたに排除できるかしら」
 二人の間に緊張が高まっていきます。
    「コトリ、いや知恵の女神よ。もう一度だけいう。オレの女に戻って来い。そうしたら十倍可愛がってやる。そして落ちるんだ。お前はそうなる宿命だ」
    「ガイウス、口先だけで知恵の女神を騙すのは、もう無理よ。あなたに十倍なんて到底できない。気づいてないとでも思っているの。あなたには、あれが目一杯。楽しかったけど、能力の限界ぐらい自覚しなさい。アレだって力がものをいうのよ」
    「本当に怖い女だ。やはり邪魔だな」
 男は武神である魔王が死んだのを知っています。殺したのは目の前にいる知恵の女神であるのも知っています。女神が武神に勝ったということは、なにか隠し持っている武器があるとしか考えられません。戦うとなるとそこへの注意が怠れません。男は全神経を女に集めます。
    「魔王に何をした」
    「結果がすべてよ」
 慎重に女神の力量を確認する男でしたが、どう見ても負けるとは思えません。男に武神の戦う本能が燃え上がってきます。
    「何があったかしらんが、やはりお前ではオレに勝てない」
    「かかってらっしゃい」
 男は女に警戒しながらまず離れて慎重に組みます。女は素直に組まれます。ここで男の警戒心がさらに高まります。普通に組めば武神が圧倒的に有利のはずです。それでも魔王は殺されています。このまま直接組みに行くかどうか迷っていると、
    「ガイウス、コトリが怖いの。このまま、日本から去って、二度と顔を見せないと言うのなら見逃してあげてもイイけど。これはラストチャンスよ。あなたがコトリと直接組んだら終りが来るわ」
 この言葉は武神のプライドを傷つけます。
    「ハッタリだな。おまえならわかるだろうが、オレは魔王よりかなり力が上だ。だからこそ共存協定を結べた。おまえが魔王に何をしたかしらんが、オレには通じんよ。武神と女神が戦ったら、どうなるか知っているだろう。結果は同じだが、おまえの意志で落ちた方が少しは楽しめるぞ」
    「うふふふ、半殺し状態にして弄ぶのが楽しい? クソエロ魔王と考えることが同じで幻滅しちゃった。だから武神は嫌いなんだ。どうしてシンプルに楽しめないのかな。ガイウスだけは違うと思ってたのに残念だわ」
    「すぐに後悔させてやる」
 男は猛然と女に襲いかかろうとしましたが、その時に、
    『ドッカーン』
 男が吹っ飛ばされて、ぶっ倒れます。
    「だから、さんざん警告してあげたのに。やっぱりやっちゃったね。ホント、武神の進歩がないのにあきれるわ。これだったら、人の男の方が百倍ぐらい進化してるよ。ガイウスだって一皮剥けばこうなるってことか。剥きたくなかったな。ガイウスも化けの皮さえ剥けなかったら、また楽しめたのにホントに残念」