女神伝説第2部:恋は突然に舞い降りる

 情報調査部というか歴女の会の山村さんと鈴木さんが相次いで御結婚されました。ちなみに山村さんが微笑む天使で、鈴木さんは雅の天使のブライダル・プランでした。ミサキも歴女の会つながりで呼んで頂いたのですが、とっても素敵でした。来賓は直接の上司になるシノブ部長と、総務課時代から付き合いの深いコトリ部長で、それぞれに祝辞を述べられました。披露宴と二次会が終わった後に三人でいつものバーに。結婚式の感想をあれこれ話していたのですが、コトリ部長は、

    「サキちゃんも、ミドリちゃんも、シノブちゃんも、ミサキちゃんも結婚できたのに悔しい。考えてみればアラフォー・パーティしてもらってから、あのクソエロ魔王に邪魔されて男を探す時間がロクロク取れなかったのよね。もう四十三歳になっちゃうよ」
 これずっと疑問なんですが、コトリ部長に結婚願望があるのだけは本人が言っておられるので間違いないとは思います。ただなんですが、どんな相手が相応しいかとなると悩むところです。具体的に知っているのは加納さんと争った山本先生です。たしかにイイ男だったかもしれませんが、あれはコトリ部長の記憶の封印が解ける前に好きになった人です。とにかくコトリ部長は五千年の記憶を背負ってる女ですから、男性経験も五千年分あるわけです。前に、
    『いつの時代でも好きになれる男がいたのも覚えてるから安心して』
 こうは言われましたが、どうなんだろうです。そもそもでいえば、別に五千年分の記憶を背負っていなくともバリバリ仕事が出来る人です。あれだけ仕事が出来る人の旦那さんを見つけるだけでも大変そうな気がします。少々の男では物足りなくなる気がどうしてもします。

 そうなると二千年前にコトリ部長が魅かれまくったというカエサル・クラスになります。そりゃ、カエサルならコトリ部長との釣り合いは申し分ありませんが、カエサルほどの人物はそれこそ千年に一人出るか出ないかになってしまう気がします。そんなことを漠然と考えていたのですが、その時に

    「カランカラン」
 新しいお客さんが入ってきました。歳の頃なら五十歳がらみぐらいでしょうか。美男子と言うより意志の強そうな渋い顔つきの、痩身ではありますが筋肉質の男性です。店内を見渡した後にミサキたちの方に歩み寄り、コトリ部長の隣に座られました。わざわざどうしてと思ったのですが、ややたどたどしい日本語で、
    「私は日本語が得意じゃないので」
 そういうとコトリ部長は、
    「では・・・」
 あれ? コトリ部長の知り合いみたいです。英語で話すのかと思っていたら、これは英語ではありません。イタリア語でも、フランス語でも、ドイツ語でもありません。自分の耳を疑いそうになりましたが、これはラテン語です。そのラテン語がミサキにはわかります。これは前に首座の女神とコトリ部長に過去の記憶を封印された時に言われたのですが、
    「記憶のうち、無意識の体験部分は使えるようになってるから。その方が便利でしょ」
 ミサキもまた古代ローマ帝国を生きており、その時代にはラテン語をネイティブとして話しています。だからと言ってすぐにラテン語が話せる訳ではありませんが、ある程度のトレーニングというか経験をすれば話せるようになります。ミサキは大学の時にラテン語の単位も取っていますから、イタリア旅行の経験も重なってネイティブのラテン語に近い能力はあります。

 ラテン語は学術用語に今も使われていますし、書き言葉として教養として学ぶ人も欧米では少なくありませんが、話し言葉としては使われなくなってどれぐらい経っているかわからないぐらいです。そんなラテン語をこれだけ流暢に使うこの男は誰なんだろうです。さらにコトリ部長が、その男ならラテン語で話すのが適していると判断した理由はなんだろうです。

    「君がいたとはな」
    「あなたの部下だったの」
    「そうなる。この程度の仕事なら余裕と見ていたのだが」
    「まだいるの」
    「いや、最後の一人だった」
    「いえ、最後の一人はあなたでしょう」
 その男は苦笑いに似た表情を浮かべ、
    「知っての通り、我々の一族はもうほとんど残っていない。また増えることもない。君には悪かったと思うが、あの程度でも使わざるを得なかった」
    「じゃあ、あの時も」
    「いや、その後だ」
 どうにも謎めいた会話です。
    「それにしても三人に会えるとは驚いている。道理でああなる訳だ」
    「なんとお呼びすれば良いかしら、私はコトリと呼んで頂けると嬉しいですが」
    「なんとでも、君の好きなように」
    「ではガイウスとお呼びさせて頂きます」
 ガイウスって、まさか、まさか、あのガイウスなんてことが・・・
    「ガイウス、あなたは違ったわ。知るまで信じられなかったぐらい。そういうタイプがいること自体が信じられなかった」
    「それは、どうもありがとう。そう言えば、あの時も君が来ると思ってた」
    「コトリでは不満でしたか」
    「いや、未だに君以上の相手を見つけていない」
    「うふふふ、何人の女に同じセリフを使われたのかしら」
    「君にはかなわんな」
 男はスコッチの入ったオールド・ファッション・グラスを静かに傾けます
    「君が信じないのはわかるが、君に満足したのは信じて欲しいな」
    「ええ、その言葉、お褒めの言葉と受け取らせて頂きますわ」
    「それはありがたい」
 コトリ部長はマルガリータをぐっと飲み干されて、
    「ところで無粋なお話に来られましたか」
    「そうでもない。基本的に手を引く。君とこれ以上争うには、この私がかかりきりになる必要がある。それをやるほどヒマでも重要な仕事でもない」
    「欲しかったのはやはりエレギオンの金銀細工師ですね」
    「ま、そういうことだ。パトローネスの意向だったからな」
 なんとなく話が見えてきました。このガイウスと呼ばれる男性はアッバス財閥の関係者と見て良さそうです。ラ・ボーテの攻勢から株主総会の騒ぎまで、裏で手を退いていたのはアッバス財閥で、おそらくパトロンであるアラブの大富豪がマルコをお抱えにしたいぐらいの意向だったと判断して良さそうです。
    「それにしても、ガイウスともあろうお方が、こんなチャチな仕事に手を染められるとは意外でしたわ」
    「それをいうなら君がこんなショボい会社で働いている方が驚きだ」
 ここで何に受けたのか二人で笑われました。男は、
    「まあ、身過ぎ世過ぎだ。今回の仕事はショボかったが、面白い仕事もあるんだよ」
    「でしょうね。そうじゃなければ、あなたが働いているはずがないですもの。ところで、今日の目的は勧誘?」
    「君はなんでもお見通しだね。今度は一緒に来ないか。君と私が組めば最高のコンビになる。あの時に君を連れて行かなかったのを今でも後悔している」
    「あははは、コトリじゃなくとも、たくさんおられるではないですか」
    「そうだ数だけならいる。でも本当に必要なのは一人だ。今回の件は後から知った。まさかと思った。本当だとわかった時には狂喜した。あの時の続きをするには君が必要だ」
 コトリ部長は宛然と微笑みながら、
    「回りくどくなられましたね」
    「あははは、そうかもしれない。では返事は」
    「後日でお願いします」
    「君も回りくどくなってるぞ」
    「お互い様ということで」
 そこまで話して男は店から出ました。ミサキは何が起こったか信じられない気持ちで言葉が出ません。どう聞いても二人は旧知です。それも半端じゃないぐらい旧知です。そもそもお互いの共通語がラテン語であるいうだけで二千年は遡る旧知と見て良いはずです。さらに男性の名はガイウスです。それに該当しそうな人間は一人しか思い浮かびません、

 コトリ部長の表情は何かを思い出しているようです。それも苦い思い出ではなく、楽しい思い出に感じてなりません。例の魔王の悪口を言う時とは全然違います。コトリ部長はあのガイウスと呼ばれる男に魅かれているのでしょうか。聞きたいこと、確認したいことがあるのですが、コトリ部長の雰囲気に気おされて口に出しにくい感じです。シノブ部長を見てもそんな感じです。沈黙を破ったのはコトリ部長で、

    「マスター、御勘定」
 御勘定を持ってきたマスターにコトリ部長は、
    「マスター、コトリも願掛けカクテル作りたいな」
    「チェリー・ブロッサムですか?」
    「あれも悪くないけど他のにしたい」
    「なんにいたしましょう」
    「そうね、コトリの今の気持ちにしたいからセブンス・ヘブンでよろしく」
    「かしこまりました」
 なんなの願掛けカクテルって。こりゃ、大変なことが起りそうな予感が・・・。