女神伝説第2部:商戦

 夏商戦を優勢で終えたクレイエールですが秋商戦も快調です。というか、ラ・ボーテの不調が続いていると見た方が良いのかもしれません。商品のコンセプトもピントハ外れ、デザインもイマイチ、宣伝戦略もチグハグってところです。去年と攻守を逆にしたような感じで、秋は圧勝っていうほどの戦果として良さそうです。陣頭指揮を執っているいる綾瀬副社長にもようやく笑顔が戻ってきて、

    「このままラ・ボーテを叩き落とす」
 意気軒昂で冬商戦の準備に余念がありません。コトリ部長にも聞いてみたのですが、
    「これは戦いだから相手が弱っている時にどれだけ叩けるのかがポイントよ。だいぶやったった」
 なにを『やったった』かを聞いてみたのですが、うちにやられた事の裏返しで、相手の士気を落とす心理攻撃をやっていたそうです。たしかそれは陰険とか言ってたはずなのですが、
    「クソエロ魔王戦は別なの。やられたら倍返しが基本。この心理戦は女神の方が得意なのよ」
 女神の得意分野は恵みであり、裏返しの災厄もセットです。わかりやすいのは我が社の微笑み伝説で、コトリ部長から笑顔が消えれば業績が傾くのです。あの災厄部分をラ・ボーテに向けたぐらいでしょうか。記憶の封印が解かれたコトリ部長は恵みと災厄の使い分けを自由自在に出来るようになったのかもしれません。

 冬商戦も出足から快調。一方のラ・ボーテは目を覆いたくなるような不振です。ラ・ボーテの突然の失速は業界でも話題になり、一時は風雲児としてもてはやされていたのがウソのように原口社長の進退問題どころか、経営危機さえ囁かれるようになりました。コトリ部長は、

    「あのクソエロ魔王の野郎、えらい回復に時間がかかるな。そんなに最後の一撃が効いとったんやろか。まあ、クソエロ魔王には友達はおらへんやろから、誰も癒しの手を伸ばす奴はおらへんところの差かな」
 そしてミサキにとって入社して五年目の春が巡ってきました。三年目、四年目は会社がどうなるかで大騒ぎ状態でマルコとの結婚式どころの状態じゃありませんでしたし、ミサキの『雅の天使』ブランドの作成も遅れに遅れています。でもいつまでそうしていられないので、イタリアのマルコの家での式だけ先行して行うことにしました。

 マルコはミサキにイタリアでも白無垢を着せたかったみたいですが、それは日本でのお楽しみにしようと説き伏せてウエェディング・ドレスでの教会式です。さすがはエレギオンの金銀細工師で、イタリアのジュエリー業界からも多数の参列者があり盛大な式になりました。

 マルコの両親も国際結婚で、なおかつ相手が日本人女性である点に不安はあったようですが、とりあえずミサキのイタリア語会話になんの問題も無い点に安心され、さらにマルコがミサキは実は聖ルチアの四人の天使の一人の生まれ変わりだと喋ってしまい、そこからはエライ騒動になってしまいました。イタリアでの結婚式とその後のハネ・ムーンで春はしばらくお休みしていたのですが、春商戦もクレイエールは快調、ラ・ボーテは沈みに沈んだようです。コトリ部長は、

    「おかしいな。ラ・ボーテからクソエロ魔王がいなくなった気がするのよ。そう考えれば指揮を執っているのはタダの人間の原口社長やし、原口社長やったら綾瀬副社長に勝てるわけがないのは当然で説明がつくのよ」
    「まだ魔王は弱ったままなのですか」
    「そうとも受け取れるけど、時間が経つにつれてドンドン弱くなっている点が不可解なの。普通に考えれば逆でしょ。そうなると原口社長を見限って宿主を変えたか・・・」
    「他にも可能性がるのですか?」
    「宇宙の塵になったのかも」
 これはコトリ部長が舞子公園での決闘で二発目を撃った時の実感だそうですが、
    「あの一撃って、当たれば物凄い効果だったみたい。あの弱さで、なおかつ巻き添えであれぐらいだから、まともに喰らったらってところぐらい」
    「でも、魔王はかつて二発の直撃を受けて復活しています」
    「たしかにそうなんだけど、武神の回復って遅い気がするの。あの時にくたばらなかったのは事実だけど、未だに古傷が残ってるんじゃないかなぁ。それにさぁ、あのクソエロ大魔王は延々と心理攻撃かけたやんか」
 あの時はコトリ部長と二人でまさに防戦一方でした。
    「あれって女神にとってはどうってことないんやけど、武神に取っては苦手の業だから相当どころやないぐらい消耗するのよ。あれだけの期間かけ続けたら大変やと思うよ」
    「そうなんですか」
    「それと舞子の時だって、コトリも消耗させられたけど、相手も同じぐらい消耗するのよ。神同士の戦いってシンプルで、普通にやったら純消耗戦だから強い方が必ず勝つのよね。クソエロ魔王だってコトリほどではないにしろ、相当弱ってたはずなのよ。だからエロ攻撃もしかけたんだ」
 エロ攻撃は関係無い気もしますが、
    「そこにコトリのドッカンが炸裂したやんか。コトリも巻き添え喰らってエライ目に遭ったけど、より被害が大きいのはやはりクソエロ魔王なのよ。ひょっとしたら、クソエロ魔王が宿っていたのはキンタマで、そこに密着状態から直撃したんが効果的だったとか」
 キンタマに宿る武神てのも変な感じですが・・・ダメだ、コトリ部長の話に付きあってるとキンタマがさらっと出てしまう。これじゃ、ミサキのイメージも崩れちゃう。
    「そんなことも計算しながら戦っておられたのですか」
    「いいや、後から思いついただけや」
 ミサキなりに考えてみたのですが、コトリ部長が放つ一撃は離れて撃てる特性はありますが、距離による減衰は半端じゃないようです。ものの数メートルでも効果は半減どころか、もっと、もっと、衰えると見て良い気がします。下手すればセンチ単位で衰えるぐらいの感じです。

 たしかにコトリ部長の最初の一撃は松の木を折りました。しかし輝く天使が、かなり離れていたはずの玉座の後ろの石の壁を吹っ飛ばしたのに比べると弱いとしか思えません。たぶん女神としての基本能力は輝く天使より上のはずで、一撃の力も強いはずですが、どうにも輝く天使に較べると距離による減衰が大きすぎる感じです。

 コトリ部長が決死の思いで放った二発目ですが、密着状態ですからダイレクトに魔王の体内に吸い込まれた気がします。一発目に較べると弱いものなのはコトリ部長の言う通りだと思いますが、距離による減衰がほぼゼロなので非常に強力なものになった可能性があり、結果として魔王にも瀕死の重傷を負わせ、ミサキや首座の女神による癒しが存在しない魔王はそのまま亡くなってしまったぐらいです。


 その後もラ・ボーテの不振は続き、ついには原口社長は引責辞任、ラ・ボーテ自体も吸収合併されて消えてなくなってしまいました。魔王が消滅したのか、誰かに移ったのかは確認しようがありませんが、クレイエールの危機が去ったのは間違いありません。コトリ部長は、

    「なんかスッキリというかカタルシスがなかったな。結果オーライみたいなもんやけど、長年の因縁の決着やから、もっとスカッとした実感が欲しかった。ほいでも武神の弱点はキンタマやってわかったから、まあ、今度顔出しやがったら、間違いなくキンタマをミンチにして宇宙の塵にしたるねん。あのいまいましいクソ・エロ・ジジイめ・・・」
 そこから悪口の洪水になるのでミサキは遁辞を構えて逃げました。それにしても今回の魔王との一戦は結果としてコトリ部長の決死の一撃が勝負を決めましたが、本当に武神の弱点が急所かどうかについて疑問は残ります。もっともコトリ部長に言わせると、
    「なんで今まで思いつかへんかってんやろう。エロ・パワーの源泉ってキンタマ以外にあらへんやんか。当然やけどエロ・パワーの源泉に武神連中は宿ってるに決まってるようなものやんか。これで弱点はわかったから、次はギタギタにしたんねん」
 これを確認する術なんてないのですが、こんなアヤフヤな材料から断定しきって良いかどうかは果てしなく『?』が渦巻きます。まあ、戦うのはミサキじゃないから任せるしかないのですが、次があればかなり不安。


 それとやっと『雅の天使』が出来上がり日本でのマルコとの結婚式も挙げられました。シノブ部長が、

    「覚悟しといてね」
 とにかくイメージ・モデルとしての撮影ですから盛大なんてものじゃなくて、来賓は社長以下がずらり、披露宴は着せ替え人形状態になって、何度お色直しをさせられたことか。もっともマルコは、
    「ミサ〜キ、素晴らしい、ボクの女神だ!」
 喜んでくれたみたいでホッとしました。ちなみにマルコの姓はタンブロニ・アルマロリで新しいミサキの名前はマルコの希望もあって『ミサキ・タンブロニ・アルマロリ・コウサカ』になったのですが、とにかく長いので社内では従来通り香坂岬と呼ばれることになりました。