女神伝説第1部:女神たちの長い長いお話

 退院したもののしばらくは、さすがのコトリ部長も不調で、

    「どうにも疲れやすくてアカン、やっぱ歳かな」
 こうやってボヤいておられましたが、徐々にエンジンが温まってくるといつものペースに戻られました。溜まっていた仕事も見る見るこなしてしまわれ、さすがはコトリ部長だと感心してました。マルコからプレゼントされたブレスレットはお気に入りのようで、ほとんど毎日付けておられます。コトリ部長は、
    「夢の中で、落ちようとするときにこれをつかんで、しがみついた気がするの。縁起物の感じかな」
 もちろんあのマルコが精魂込めて作ってくれたものなので、それは美しく、素晴らしいブレスレットなのですが、コトリ部長によくお似合いです。そうそうマルコとの結婚式なのですが、イタリアと日本の両方ですることになりました。本来はイタリアのマルコの実家で挙げれば良いはずなのですが、ブライダル事業本部長代理のあのお二人が、
    「業務命令!」
 やられちゃいました。ドレスの製作も着々と進んでいるのですが、とにかくミサキをイメージしたブライダル・プランである、
    『静かなる天使』
 これが完成するまでお預け状態です。ブランド名として弱いんじゃないかとコトリ部長に聞いたのですが、
    「ミサキちゃん、思いつかへんかった。ギリギリで変えるかもしれん」
 おいおい、どこが知恵の女神なのかってところです。首座の女神と会った時の話も早く聞きたかったのですが、コトリ部長の入院があり、入院のために山積みされた仕事をこなす必要があり、さらに新たなブライダル・プランの追い込み、ジュエリー事業の立ち上げとコトリ部長は体がいくつあっても足りないぐらいの状態が続いてました。
    「こんなん入社してから初めてやけど、どう頑張っても五時に終わらへんねん。だいたいやけど、どこぞのムジナとタヌキが六時とか七時からの会議を平気で組むからアカンのやけど」
 こうブツブツ言っておられました。シノブ部長も似たようなもので、
    「ホントに会議が好きな人が多すぎて困るのよ。私とコトリ先輩でだいぶ早く終わらせるようにしてるけど。早いことミサキちゃんも上がってきてね、三人で組んで会議なんて五分で終らしちゃおう」
 やっと三人の時間が取れたのはあの運命の日から二か月は経ってからになりました。
    「まずは三人の女神の無事を祝してカンパ〜イ」
    「いろいろお聞きしたいことがあるのですが、どこからお聞きして良いかわからなくて」
    「そうだろうねぇ、コトリも順序立てて全部話すとなると自信がないわ。とにかく長い長いお話だから、ダイジェスト版と思ってね」
 コトリ部長はビールをぐっと飲み干されて、
    「呼び名が数えきれないぐらい変わってるから、首座の女神をユッキー、次座の女神をコトリとするよ。主女神はシオリちゃんと言いたいところだけど、主女神は主女神ね」
    「はい」
    「もう五千年以上前になるかなぁ・・・」
 その頃のコトリ部長は旅芸人と言うか、ダンサーというか、渡り巫女みたいなことをやってたそうです。一座を組んでアラッタの街を訪れた時に大神官の家に呼ばれたそうです。その時にコトリ部長は気に入られて大神官の家で働くことになったそうです。
    「そう言えば格好が良いけど売り飛ばされたのよ。そういう時代だったけど、コトリがそんな一座で芸人してたのも、物心つく前に親にでも売られたからのはずよ」
 時代なのでそんなものと納得するしかありません。売り飛ばされて最初は何をさせられたかは、
    「そんなもの決まってるやんか。昼はコキ使われて、夜はひたすらアレだよ。最初のうちは昼も夜もアレだったけど。こら泣かない、一座にいる時だってそうだったし、当時の女芸人なんて売春婦と同じだったから、売られたからには単なるお仕事よ」
 それでも働いているうちに見どころがあると認められて、大神官の娘付きの侍女に抜擢されたそうです。この大神官の娘こそが、
    「そうだよユッキーだよ。腐れ縁の始まり、始まりってところかな」
 大神官が仕えていたのがアラッタで一番人気のあった女神信仰です。この女神は単なる像ではなく活き神様だったのです。これが主女神になるのですが、ユッキーさんは大神官の娘としてこの主女神に女官として仕えるのは決められていました。ユッキーさんが初めて主女神に御目通りする時に、コトリ部長も侍女として付いて行ったそうです。その時に主女神はコトリ部長に目を付けられ、
    「わらわに仕えさすように」
 とにかく主女神の決定ですから大神官も嫌も応もなく、コトリ部長の身柄は神殿に移される事になります。家柄が違いますから、ユッキーは上位女官、コトリ部長は末席もいいところだったそうです。月日が経ちコトリ部長は女官の地位を昇っていき、やがて次席女官の地位にまで進みます。もちろん筆頭はユッキーさんです。
    「えっへん、奴隷からここまで昇っただけでも大したものだったんだよ」
 主女神はとても慈悲深い人で、身分とか家柄に関係なく見どころのある人を可愛がってくれたそうです。そのアラッタの街に危機が迫ります。エンメルカル王の脅威です。主女神は未来を見られアラッタの街が蹂躙されることを知ります。

 当時の戦争ですから敗戦国は悲惨なことになります。町中が略奪され尽くされるのはもちろんですが、男は殺されるか奴隷になり、女は犯されまくった上に奴隷として売り飛ばされます。これが見えた主女神はアラッタの街からの脱出を考えます。

    「主女神って活き神様なんだから、侵略を防げなかったのですか」
    「これが先々ユッキーともめるタネにもなったのだけど、主女神の力の基本は恵みの力で、強大な武神の前には無力なところがあるんだよ」
 いろいろあったそうですが、脱出には成功して古代エレギオンの地に新たな国を作る事に成功します。ただ主女神といっても人としての寿命があり、これを察した主女神は信頼する二人の女官であるユッキーさんとコトリ部長を呼びます。
    「ここまででも十分に波乱万丈やってんけど、そこからあんな大変な目に遭うとは思わんかった。まさに運命の分かれ目やったと思うわ」
 主女神の懸念は後継者でした。主女神は人に宿るのですが、その人の寿命が尽きると他の人に移ります。移った主女神ですが、移った人の性格を強く反映します。良い面も悪い面もです。後継者候補は決まっていましたが、主女神には懸念が強かったそうです。
    「ユッキー、コトリ。わらわは不安なのじゃ、あの娘が暴走したら誰も止めることは出来ないのだ。よい知恵はないか」
 ここでコトリ部長が出したアイデアは力の分散でした。主女神の暴走を止めるには、それを止められる力がないと打つ手がないと。ユッキーさんは神の行いに人たるものが関与するのは良くないと反対されたそうですが、尊崇する主女神がコトリ部長の案に傾いたので最終的に同意したそうです。
    「でもね、エライ条件出されちゃったのよ。信用されるのはイイけど、あそこまでされると今となったら迷惑だったかもしれない」
 主女神はその力を二分し、それをユッキーさんとコトリ部長に与えることにしました。つまりユッキーさんとコトリ部長の力を合わせると主女神に対抗できることになります。さらに、
    「そちたちは主女神に永遠に仕えて欲しい」
 ここも話がややこしいのですが、女神は次の人に移ると前の主女神時代の記憶は消え、その人の性格を反映してしまいます。力を与えられたユッキーさんとコトリ部長も女神になるのですが、次の人に女神が移ると、記憶は消えその人の性格を反映してしまいます。

 これでは主女神の力を分けても誰かが暴走する懸念は残ってしまいます。そこで主女神はユッキーさんとコトリ部長に関しては、その記憶を永遠に残し、いつまでも女神に忠実な女官として仕えるように頼まれたのです。

    「それでしたら、主女神自身が記憶を残しながら移ったら済む話じゃないですか」
    「そう出来るんやったら苦労せんで済んだんやけどね」
 主女神自身は前の人時代の記憶を受け継ぐことができず、さらに女神にされたユッキーさんとコトリ部長は主女神の存在があって女神として存在できるのです。力の分割もこれ以上、主女神の力を落とすとユッキーさんやコトリ部長は女神として存在できなくなってしまいます。
    「ユッキーはとにかく主女神に忠実だったから、この要請をイチも二もなく受けてもたんや」
    「コトリ部長は?」
    「後先、考えかったんやろな。ふわっと考えたら、永遠の生命が手に入るようなもんやんか。飛びついてもたわ」
 主女神は恵みの神と同時に災厄の神でもありました。どっちに転ぶか、どちらの面が強く出るかは主女神を受け継いだ者により左右されます。ユッキーさんとコトリ部長の役割は、主女神の悪い面を抑え、良い面のみを引き出すことにあります。
    「今から考えても、最初に仕えた主女神はホンマにエエ人やった。でも、あんなエエ人は二度と現れへんかった」
そこからユッキーさんとコトリ部長の苦悩が始まる事になります。悪い面が出そうになる主女神を必死になってコントロールして、良い面だけを見せていくのは並大抵の苦労ではなかったようです。
    「たとえたら、王朝みたいなもんやねん。エエ君主もおればボンクラも出てくるやんか。ボンクラでもエエ家臣がおったら、それなりになんとかなるけど、そんなボンクラのお守り役をずっと背負わされてるようなもんやってん」
 そこでコトリ部長はユッキーさんにある提案をします。主女神を完全に祀り上げて、二人でやろうって。ここも説明が要るのですが、古代エレギオン王国は神政国家で、主女神の下に人の王がいるスタイルで、主女神の権威は絶対でした。人の王は行政を司る程度の権限しかなく、政治を決めるのはすべて主女神だったのです。ここもあえて喩えれば、主女神が王なり皇帝であり、人の王は大臣程度ってところです。

 ユッキーさんは大神官家の娘であり、主女神を冒涜するような行為には反対だったそうです。どんなボンクラを上に仰いでも、これに忠実に仕えること事こそ使命であるとして、コトリ部長の提案に反対し続けたそうです。

 千年ぐらいして何十代目かの主女神は、今までになく大外れであったそうです。この主女神は小うるさいユッキーさんとコトリ部長を目の敵にしただけでなく、かつて分割された力を一つにしようとしたそうです。そんな主女神にも忠実に仕えていたユッキーさんですが、ついに罠にはめられ、その力を取り上げられそうになりました。間一髪でコトリ部長が間に合ったものの、ユッキーさんとコトリ部長が二人がかりでも力は互角、長い長い消耗戦になります。

    「もうコトリも主女神もフラフラやってんけど、最後にユッキーが主女神を取り込んでもたんよ。あれはビックリした。あんな必殺技をユッキーは授けられとってん」
 この戦いでユッキーさんは、ついにコトリ部長の提案を受け入れることになります。具体的には主女神には眠ってもらい、眠ったままの主女神が人に宿ってもらうです。この時もコトリ部長は、このままユッキーさんが主女神になるのを提案したそうですが、ユッキーさんは眠れる主女神でも必要と譲らなかったそうです。ここでコトリ部長はユッキーさんを首座の女神として固定するために自分の力をさらに分けて二人の女神を生み出します。
    「だってやなぁ、ユッキーは交代でやろうって言うんやもん。それはアカンと思たんや。トップはユッキー以外におらへんやんか。それとやけど、二人じゃ寂しいのよ」
 コトリ部長も最初は永遠の命が手に入ったと喜んでいたそうですが、自分が死ななくとも周囲の人は死にます。どんなに親しい友人や愛する人を作っても時が流れて行けば消えていき、二度と会うことはありません。記憶を共有しているのはユッキーさんと二人だけの世界に息が詰まりそうになったぐらいでしょうか。

 ユッキーさんが首座の女神に就任して古代エレギオン王国は安定し繁栄の時を迎えるのですが、次なる試練の時が来ます。古代ローマの台頭です。ローマの台頭について二人の意見は分かれたそうです。

    「コトリは時間の問題で飲み込まれるから、そういう算段で動こうって意見やってんけど、ユッキーは自主独立路線やってん。長いこと、この話はしとったわ」
 さらに意見が割れたのはポンペイウスに乗るか、カエサルに乗るかです。この頃にはユッキーさんも自主はあきらめていましたが、独立だけは維持しようとしていたそうです。ユッキーさんはポンペイウスを選びクリエンティスとなって束の間の平穏を得ます。 カエサルの軍団が迫った時にカエサルの要求にすべて応えたものの、カエサルオリハルコンの秘密を知るエレギオン王国の抹殺を決めます。
    「あんときはさすがのユッキーもお手上げやってん。王国はもうどうしようもないで意見は一致したけど、せめて国民は救いたいで決心したんや。そら、長いこと女神やってたしな」
 そこで取った手段が眠れる主女神の強化です。主女神の恵みの力を強化する事で、国民だけは救う策ですが、これには非常手段が必要でした。
    「あの時は必死やった。差し出したものは女の幸せで、ユッキーは結ばれると百日で死に、コトリは誰とも結婚まで結ばれることはなく、もしすれば必ず相手は不幸に見舞わるなの。二人で十分やというたんやけど、残りの二人も『どうしても』って頑張られたから、運命の人と結ばれなかったら、必ず不幸になるで説き伏せた」
 カエサルはギリギリで翻意して、抹殺するのはエレギオン王国のみとし、エレギオン国民はシチリア強制移住になりました。
    「でも、カエサルはエエ男やったで。コトリも堪能させられた。ほいでも、コトリを抱いたばっかりに暗殺されたのかもしれへん」
 帝政ローマ時代も五人の女神は結束してエレギオンの遺民を守り続けました。西ローマ帝国崩壊後に次々と支配者が変わるシチリアでも守りつづけました。しかし魔女狩りの嵐の試練が訪れました。
    「あの時は、開き直って主女神を呼び起こそうってユッキーに言ったんやけど、たとえ主女神が眠りから覚めても無理やってユッキーが言うのよね。散々言い争ったんだけど。ユッキーは奥の手を出しやがったんだ。四人ともユッキーに取り込まれても、ユッキーは日本人女性の中にさらに連れ込んだんや」
 三年の月日をかけて兵庫津にたどり着いたのですが、
    「主女神も他の二人も眠っとってんけど、コトリだけは起きてて、朝から晩どころか、一日中、言い争いみたいなもんやってん。それでもこの日本人女性だけは守らなあかんから、言い争いしながら必死になって日本まで来た訳よ」
 ようやくユッキーと別々になれたコトリ部長は、
    「もう生きるのに飽き飽きしたんよ。シンドイばっかりで、ホンマ楽しいこと少なかったもの。それに生きてる言うても記憶だけの話で、やってることは人から人へ寄生虫みたいに渡り歩いてだけやんか。そやから、もうやめよっていうたんや」
 ここでも言い争いになって、ユッキーは、はるかシュメールの血が流れる日本でもう一度、あの王国を再建したい夢をもっていたそうです。コトリ部長は主女神叩き起こして合体しようって意見でした。
    「最後は妥協案やった。お互い記憶を引きづってるから大変だから、記憶を封印して暮らそうって。そしたら毎回、新しい人生を生きてるような感じになるからって。ただユッキーは記憶の封印が解けた時に王国を復活させたくなるかもしれないから、主女神は預かっておくって」
 ユッキーさんもこれに同意してお互いの記憶を封印しましたが、その時にこう言われたそうです。
    『コトリ、一つだけ悪いと思うけど、わたしは主女神を預かる事によって結ばれたら百日で死ぬ呪縛から逃れてしまうの。その代り、心から満足できる想いは二度とできないの』
 コトリ部長はあっと思った瞬間に記憶を封印されて今に至るみたいな感じでしょうか。
    「じゃあ、コトリ部長がユッキーさんに会いに行ったのは、王国の復活の意思の確認だったんですか」
    「行ったら思い出した。同時にユッキーと何千年にわたってやらかした苦労も思い出してもてん。ユッキーもホンマに柔らかなったわ。首座の女神で政治の実権を握っていた頃はホンマに怖かってん。誰も怖くて口に出せへんかったけど、氷の女神とまで呼ばれてたの」
    「今はどうでした」
    「ビックリした、ビックリした。最初の主女神に仕えていた頃の可愛いユッキーに戻ってる気がする。あの声だって、首座の女神の頃は聞いただけで震え上がるぐらい威厳があったのよ。だからユッキーを首座にしたんだけどね」
 コトリ部長の声はどこか嬉しそうでした。
    「あの時のコトリ部長とユッキーさんの会話はそんなにトゲトゲしい感じは少なかったんですが、どうしてあそこまで消耗されたんですか」
    「立たれへんかったやろ」
    「はい」
    「あん時にユッキー立たせまいとして渾身の力をかけていたし、コトリはそうさせまいと渾身の力をかけてたの。それだけじゃなくて、二人を取り込もうとするユッキーの力とずっと、とっくみ合っていたの」
    「どうして」
    「それはね、最初に主女神を目覚めさせかねない行動をコトリが取ったから。あれはお互いに取って最高のタブーになるのよね。あの時のユッキーのコトリへの怒りのオーラは半端なかったもの」
    「じゃあ、コトリ部長が押し勝ったのですか」
    「違うよ。許して認めてくれたのよ。ユッキーが本気になればコトリじゃ勝てないの。たとえ、あなたちに力を分けてなくてもね」
 コトリ部長は全部を話すのは不可能だとしてこの夜はここまででした。ミサキは目も眩むような時の長さにひたすら圧倒されていました。