退院したもののしばらくは、さすがのコトリ部長も不調で、
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「どうにも疲れやすくてアカン、やっぱ歳かな」
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「夢の中で、落ちようとするときにこれをつかんで、しがみついた気がするの。縁起物の感じかな」
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「業務命令!」
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『静かなる天使』
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「ミサキちゃん、思いつかへんかった。ギリギリで変えるかもしれん」
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「こんなん入社してから初めてやけど、どう頑張っても五時に終わらへんねん。だいたいやけど、どこぞのムジナとタヌキが六時とか七時からの会議を平気で組むからアカンのやけど」
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「ホントに会議が好きな人が多すぎて困るのよ。私とコトリ先輩でだいぶ早く終わらせるようにしてるけど。早いことミサキちゃんも上がってきてね、三人で組んで会議なんて五分で終らしちゃおう」
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「まずは三人の女神の無事を祝してカンパ〜イ」
「いろいろお聞きしたいことがあるのですが、どこからお聞きして良いかわからなくて」
「そうだろうねぇ、コトリも順序立てて全部話すとなると自信がないわ。とにかく長い長いお話だから、ダイジェスト版と思ってね」
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「呼び名が数えきれないぐらい変わってるから、首座の女神をユッキー、次座の女神をコトリとするよ。主女神はシオリちゃんと言いたいところだけど、主女神は主女神ね」
「はい」
「もう五千年以上前になるかなぁ・・・」
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「そう言えば格好が良いけど売り飛ばされたのよ。そういう時代だったけど、コトリがそんな一座で芸人してたのも、物心つく前に親にでも売られたからのはずよ」
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「そんなもの決まってるやんか。昼はコキ使われて、夜はひたすらアレだよ。最初のうちは昼も夜もアレだったけど。こら泣かない、一座にいる時だってそうだったし、当時の女芸人なんて売春婦と同じだったから、売られたからには単なるお仕事よ」
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「そうだよユッキーだよ。腐れ縁の始まり、始まりってところかな」
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「わらわに仕えさすように」
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「えっへん、奴隷からここまで昇っただけでも大したものだったんだよ」
当時の戦争ですから敗戦国は悲惨なことになります。町中が略奪され尽くされるのはもちろんですが、男は殺されるか奴隷になり、女は犯されまくった上に奴隷として売り飛ばされます。これが見えた主女神はアラッタの街からの脱出を考えます。
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「主女神って活き神様なんだから、侵略を防げなかったのですか」
「これが先々ユッキーともめるタネにもなったのだけど、主女神の力の基本は恵みの力で、強大な武神の前には無力なところがあるんだよ」
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「ここまででも十分に波乱万丈やってんけど、そこからあんな大変な目に遭うとは思わんかった。まさに運命の分かれ目やったと思うわ」
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「ユッキー、コトリ。わらわは不安なのじゃ、あの娘が暴走したら誰も止めることは出来ないのだ。よい知恵はないか」
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「でもね、エライ条件出されちゃったのよ。信用されるのはイイけど、あそこまでされると今となったら迷惑だったかもしれない」
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「そちたちは主女神に永遠に仕えて欲しい」
これでは主女神の力を分けても誰かが暴走する懸念は残ってしまいます。そこで主女神はユッキーさんとコトリ部長に関しては、その記憶を永遠に残し、いつまでも女神に忠実な女官として仕えるように頼まれたのです。
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「それでしたら、主女神自身が記憶を残しながら移ったら済む話じゃないですか」
「そう出来るんやったら苦労せんで済んだんやけどね」
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「ユッキーはとにかく主女神に忠実だったから、この要請をイチも二もなく受けてもたんや」
「コトリ部長は?」
「後先、考えかったんやろな。ふわっと考えたら、永遠の生命が手に入るようなもんやんか。飛びついてもたわ」
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「今から考えても、最初に仕えた主女神はホンマにエエ人やった。でも、あんなエエ人は二度と現れへんかった」
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「たとえたら、王朝みたいなもんやねん。エエ君主もおればボンクラも出てくるやんか。ボンクラでもエエ家臣がおったら、それなりになんとかなるけど、そんなボンクラのお守り役をずっと背負わされてるようなもんやってん」
ユッキーさんは大神官家の娘であり、主女神を冒涜するような行為には反対だったそうです。どんなボンクラを上に仰いでも、これに忠実に仕えること事こそ使命であるとして、コトリ部長の提案に反対し続けたそうです。
千年ぐらいして何十代目かの主女神は、今までになく大外れであったそうです。この主女神は小うるさいユッキーさんとコトリ部長を目の敵にしただけでなく、かつて分割された力を一つにしようとしたそうです。そんな主女神にも忠実に仕えていたユッキーさんですが、ついに罠にはめられ、その力を取り上げられそうになりました。間一髪でコトリ部長が間に合ったものの、ユッキーさんとコトリ部長が二人がかりでも力は互角、長い長い消耗戦になります。
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「もうコトリも主女神もフラフラやってんけど、最後にユッキーが主女神を取り込んでもたんよ。あれはビックリした。あんな必殺技をユッキーは授けられとってん」
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「だってやなぁ、ユッキーは交代でやろうって言うんやもん。それはアカンと思たんや。トップはユッキー以外におらへんやんか。それとやけど、二人じゃ寂しいのよ」
ユッキーさんが首座の女神に就任して古代エレギオン王国は安定し繁栄の時を迎えるのですが、次なる試練の時が来ます。古代ローマの台頭です。ローマの台頭について二人の意見は分かれたそうです。
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「コトリは時間の問題で飲み込まれるから、そういう算段で動こうって意見やってんけど、ユッキーは自主独立路線やってん。長いこと、この話はしとったわ」
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「でも勝ったのはカエサルでしょ」
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「あんときはさすがのユッキーもお手上げやってん。王国はもうどうしようもないで意見は一致したけど、せめて国民は救いたいで決心したんや。そら、長いこと女神やってたしな」
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「あの時は必死やった。差し出したものは女の幸せで、ユッキーは結ばれると百日で死に、コトリは誰とも結婚まで結ばれることはなく、もしすれば必ず相手は不幸に見舞わるなの。二人で十分やというたんやけど、残りの二人も『どうしても』って頑張られたから、運命の人と結ばれなかったら、必ず不幸になるで説き伏せた」
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「でも、カエサルはエエ男やったで。コトリも堪能させられた。ほいでも、コトリを抱いたばっかりに暗殺されたのかもしれへん」
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「あの時は、開き直って主女神を呼び起こそうってユッキーに言ったんやけど、たとえ主女神が眠りから覚めても無理やってユッキーが言うのよね。散々言い争ったんだけど。ユッキーは奥の手を出しやがったんだ。四人ともユッキーに取り込まれても、ユッキーは日本人女性の中にさらに連れ込んだんや」
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「主女神も他の二人も眠っとってんけど、コトリだけは起きてて、朝から晩どころか、一日中、言い争いみたいなもんやってん。それでもこの日本人女性だけは守らなあかんから、言い争いしながら必死になって日本まで来た訳よ」
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「もう生きるのに飽き飽きしたんよ。シンドイばっかりで、ホンマ楽しいこと少なかったもの。それに生きてる言うても記憶だけの話で、やってることは人から人へ寄生虫みたいに渡り歩いてだけやんか。そやから、もうやめよっていうたんや」
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「最後は妥協案やった。お互い記憶を引きづってるから大変だから、記憶を封印して暮らそうって。そしたら毎回、新しい人生を生きてるような感じになるからって。ただユッキーは記憶の封印が解けた時に王国を復活させたくなるかもしれないから、主女神は預かっておくって」
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『コトリ、一つだけ悪いと思うけど、わたしは主女神を預かる事によって結ばれたら百日で死ぬ呪縛から逃れてしまうの。その代り、心から満足できる想いは二度とできないの』
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「じゃあ、コトリ部長がユッキーさんに会いに行ったのは、王国の復活の意思の確認だったんですか」
「行ったら思い出した。同時にユッキーと何千年にわたってやらかした苦労も思い出してもてん。ユッキーもホンマに柔らかなったわ。首座の女神で政治の実権を握っていた頃はホンマに怖かってん。誰も怖くて口に出せへんかったけど、氷の女神とまで呼ばれてたの」
「今はどうでした」
「ビックリした、ビックリした。最初の主女神に仕えていた頃の可愛いユッキーに戻ってる気がする。あの声だって、首座の女神の頃は聞いただけで震え上がるぐらい威厳があったのよ。だからユッキーを首座にしたんだけどね」
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「あの時のコトリ部長とユッキーさんの会話はそんなにトゲトゲしい感じは少なかったんですが、どうしてあそこまで消耗されたんですか」
「立たれへんかったやろ」
「はい」
「あん時にユッキー立たせまいとして渾身の力をかけていたし、コトリはそうさせまいと渾身の力をかけてたの。それだけじゃなくて、二人を取り込もうとするユッキーの力とずっと、とっくみ合っていたの」
「どうして」
「それはね、最初に主女神を目覚めさせかねない行動をコトリが取ったから。あれはお互いに取って最高のタブーになるのよね。あの時のユッキーのコトリへの怒りのオーラは半端なかったもの」
「じゃあ、コトリ部長が押し勝ったのですか」
「違うよ。許して認めてくれたのよ。ユッキーが本気になればコトリじゃ勝てないの。たとえ、あなたちに力を分けてなくてもね」