うわぁ、立派な教会だ。この教会も震災の時に大きな被害を受けたはずだけど、見事に修復されています。受付を探して名前と要件を伝えると事務室みたいなところに案内されました。
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「いらっしゃい、今日は学校の話を聞きたいんだってね」
「はい、お忙しいところ申し訳ありません」
「イイのよ、どうせヒマだから」
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「・・・わたしもね、知らされて驚いたのだけど、ものすごい負債を抱えてたのよね。教育の質は良かったと思うけど、一方で赤字を垂れ流し続けていたみたい。バブルの時の投資の失敗なんて話もあったわよ」
「それで三明大学と合併された」
「合併とはなってるけど、ほとんど学生だけ引き取ってもらったようなもの。この聖堂がなんとか残ったのは、指定文化財で保存運動に行政が動いてくれたからで、他の建物や敷地は何重もの担保に入っていて跡形も残っていないわ」
「当時の在学生はどうなったのですか」
「せめて最後の入学生が卒業するまでとわたしたちも頑張ったんだけど、借金には勝てなくて、三明大学に移籍となっちゃったのよ」
「では移籍された在学生は三明大学卒業になったのですね」
「可哀想だった。だって、今でこそ三明大学もそこそこだけど、当時は言っちゃ悪いけど、三流よりマシってぐらいだったからね」
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「その聖ルチア女学院に入学したものの、卒業した時に三明大学になった方の名前はわかりますか」
「三明大学を卒業したかどうかはわからないけど、移籍時の在学生リストならあるわよ。でも、見せられないよ」
「個人情報保護法ですね」
「ゴメンナサイね」
「では、覚えてられる範囲でお願いします。聖ルチア女学院に小島知江さんはおられましたか」
「それならよく覚えているわ。最後の天使だから」
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「ルチアの天使について教えて頂きますか」
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「・・・わたしたち一般教員も知らないと言うか、天使のエレクチオにはタッチしてないの」
「エレクチオとは?」
「ゴメン、ゴメン、英語ならセレクション、選抜って意味よ。知っての通りミッション系だから、天使を選ぶのは神父さまで、神父さまに歴代伝えられている選考基準があったらしいのだけは聞いてるわ」
「天使は毎年、何人ぐらい選ばれるのですか」
「毎年じゃないよ。滅多に選ばれることはなくて、わたしも小島さんしかしらないわ」
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「小島さんが選ばれた時にどう思われましたか」
「そうね、小島さんが天使でなければ、もう誰も選ばれることはないって思ったものよ」
「天使に選ばれると何か儀式みたいなものがあったのですか」
「ありましたよ、今でも思い出すわ・・・」
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「その小さな教会は天使の教会と呼ばれてたんだけど、学生もわたしたちのような一般教職員も立ち入り禁止で、神父さまと聖職者だけしか入れなかったの。中がどうなっているのか、中でなにしているのかも厳重に秘密にされてたのよ」
「その儀式を受けられて小島さんは何か変わりましたか」
「そうねぇ、もともとそうだったけど、笑顔がもっと素敵になったかな。あれこそが天使の微笑みって言ってたものよ」
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「それがね、学校の公式記録には一切残っていないの。残っていないというか、理由はわからないけど、いかなる記録に残すのを神父さまから固く禁じられていたのよ。噂では天使の教会の中にその名を刻まれてるって話もあったけど、教会の中は私たちには見れないし、天使の教会も跡形も残ってないからね」
「取り壊しの時に何か出て来なかったのですか」
「実はね、私も野次馬根性丸出しで見に行ったのよ。その時に作業員の人に無理に頼んで、取り壊し前の教会の中を見せてもらったの。そしたら何も残っていなかったのよ」
「何もとは?」
「それこそ壁板も床板も天井板も剥がされていてカラッポだったの」
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「学校の公式記録には残ってないけど、同窓会誌とかにはチラホラ書かれてるわ。だって神父様だって、そこまで禁じることが出来ないじゃないの。誰がルチアの天使だったかは、その時の在校生とか教職員はみんな知ってるわけだし、それを誰かにしゃべるのも禁じれるはずないもの。たとえばあなたに小島さんがルチアの天使だったことを教えるようにね」