最近のコトリ先輩の笑顔が輝いておられます。そのお蔭か業績も絶好調なんですが、私は総務部長に、
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「ちょっと話しがあるから夕食を付き合ってくれ」
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「・・・付き合わせてもらって申し訳ないのだが・・・」
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「それがなにか問題なのですか」
「前の時のことを覚えているだろう」
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「今回の笑顔も恋の可能性が高いと重役会議では考えているようなのだ」
「コトリ先輩だって恋をしますよ」
「それはわかっているのだが、どうなっているかの情報が欲しいのだ。なにか聞いていないか」
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「そこでだ、結崎君、なんとか聞きだしてくれないか」
「聞いてどうなされるのですか?」
「社としては、前回のような失恋で悲痛な顔になる事態をなんとか避けたいのだ」
コトリ先輩と二人で飲む段取りがなかなか思いつかなかったのですが、そうなると部長の目が怖くなってきました。たぶん、部長も重役から尻を叩かれてるんだろうと思いますが、ホント引き受けなきゃ良かったとウジウジ悩んでいたのです。そしたら、
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「シノブちゃん。この頃、元気ないわよ。悩み事があるなら聞いてあげるよ。今晩でもどう?」
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「コトリ先輩って、もてるんでしょ」
「そうでもないわよ。そうでもないから未だに独身じゃない」
「でも、恋人はいらっしゃるのでしょ」
「今はいないよ。でも好きな人ならいるよ」
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「そうなんですか、コトリ先輩に想われる男の人って幸せですねぇ」
「それがねぇ、なかなか『うん』と言ってくれないというか、交際すら申し込ませてくれないの」
「ウソ、信じられない」
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「どんな人なんですか?」
「うんとね、世界一イイ男よ」
「世界一ですか」
「お世辞抜きでそう思ってるの」
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「その人はね、私を歴女にしてくれた恩人なの」
「先輩をですか。じゃあ、今でも詳しいのですか」
「前に歴研との討論会で桶狭間やったじゃない。あれもその人と一緒に一生懸命ムックして調べたものなのよ。その人の歴史ムックに付いて行くのは本当に大変だったの。でも、楽しかったわ」
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「実はね、コトリから交際を申し込んだし、プロポーズだってしてもらって、それをコトリは受けたんだ」
「それじゃ、交際どころか、もうすぐ結婚とか」
「そこまで近づいてたんだけど、捨てられちゃったの」
「コトリ先輩をですか」
「そう」
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「それじゃ、失恋で終ったのですか」
「それがね、再びチャンスが回ってきたの」
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「でもね、ライバルがいるのよ」
「天使の微笑みのコトリ先輩と競えるライバルなんているのですか」
「うん、それがいるのよね」
「ひょっとしてライバルの女の人は私ぐらいの若さの人とか」
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「ライバルも若くないよ。同い年だもん」
「同い年の女性でコトリ先輩と競える女性がいるなんて信じられません」
「そんなことないよ。見てみたい?」
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「ほら、この人」
「ふぇぇぇ、なんて、なんて綺麗な人・・・」
「そうでしょ」
「でもこの人って、フォトグラファーの加納志織じゃないですか」
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『撮られるアイドルや女優より、撮る加納志織の方が遥かに美しいのが難点』
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「綺麗でしょ。シオリちゃんはね、女神様と呼ばれていたのよ」
「えっ、加納志織とお知り合いなんですか」
「そうよ、高校の同級生。ちなみにコトリは天使って呼ばれてた」
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「でも性格悪いとか」
「そうだったら、助かるんだけど、シオリちゃんもとってもイイ人なんだよ。それだけじゃ、ないんだよ。コトリはプロポーズされてるけど、シオリちゃんは同棲してた時期もあったんだ」
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「なぜその人は先輩も加納さんも選ばなかったのですか」
「それはね・・・」
その女性もコトリ先輩が良く知っている女性と言うか、これまた同級生のようで、コトリ先輩は『ユッキー』とか『氷姫』って呼んでいます。コトリ先輩も高校卒業後は会ったことはないそうですが、加納志織は亡くなる少し前に会ったみたいで、大絶賛するほど素敵だったそうです。
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「その方とユッキーさんも大恋愛だったのでしょう」
「そうよ、籍こそ入れてないものの心の夫婦だっていつも言ってるぐらいよ」
「他の女性を愛することが出来るのですか」
「だから、そうなってくれるのを期待して待ってるの。だから、交際も申し込めない状況って言ったでしょ」
二人はユッキーさんを失って傷心の男性を慰め、再び恋が出来る機会をひたすら待ち続け、その時がいつか来るのだけを夢見て恋してるのです。そんな恋が世の中にあっても悪いとは言いませんが、それをやっているのがコトリ先輩と加納志織なのです。
コトリ先輩にしろ、加納志織にしろ、女から見ても綺麗すぎて、素敵すぎる女性です。ですから、男に追っかけられるのが当然で、血相変えて追っかける側に立ってる方が、そもそも不自然です。普通なら、どちらかに声をかけられただけで、どんな男だって舞い上がって落ちるはずです。そこまでの二人が、ここまで想いを傾け切る男ってどうなんってところです。やっぱりどんなイイ男なのか、どうしたって、気になる、気になる。
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「その人の写真はないのですか」
「あるけど、見せてあげないよ。これ以上、ライバルが増えたら困るから。シオリちゃんだけではなく、シノブちゃんまでライバルになられたら勝てないもんね」
「私なんか、先輩のライバルになれるはずがありません」
「あのね、写真で見せて自慢できるようなイイ男じゃないの。ホントにウソじゃなくて外見はイマイチだよ。あのシオリちゃんも惚れてるぐらいだから、物凄いイケメンを想像してると思うけど、見たらきっとガックリするよ。でもね、心というか内面がこれ以上はないほど飛び切りピュアなの」
「御職業は?」
「あぁ、お医者さんだよ」
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「でも、コトリ先輩ならきっと勝てます」
「勝てればイイけどね。とにかくシオリちゃんは手強いんだ」