リンドウ先輩:黄色とエンジ

 名前だけの顧問の先生が、

    「竜胆君、少し話がある」
 あれ珍しいと思って職員室に行くと、城翔学園戦の応援がPTAの方で少し問題になってるって言うの。タイガースの私設応援団のトランペット部隊が頑張ったのが拙かったかと思ったんだけど、
    「それもあるのはある」
 ただそれについては校長先生もノリノリやったやないかと言うたら、
    「それは基本的に不問になってる」
 ほんじゃ、なにが問題だったんだと聞いたら、
    「黄色だよ」
 なにを言ってるのかわかんなかったんだけど、黄色のタオルを振り回すというか、振り回したタオルが黄色であったのにPTA会長が噛みついてきたそうなんだ。ここでやけどPTA会長が出てきてピンと来た。PTA会長はサッカー部の野草キャプテンのお母さん。野球部とサッカー部がグランドを巡って対立関係なんだけど、野球部の台頭を快く思ってないらしい噂は聞いたことがあるんだ。子どもの喧嘩に親が口を出すのはみっともないと思うけど、そういう人らしいって話もね。

 まあ、あの時は野球部が逆立ちしても丸久工業に勝てないと踏んだサッカー部のマネージャーが、ウチが出した『これでもか』の使用取り決めを再交渉なしの条件で丸呑みしてしまい、そこで野球部が勝ってしまって大変な事になったのは間違いあらへん。そりゃ、あんだけサッカー部が譲ったら、サッカー部の練習にも支障が出るやろ。苦情も申し込まれたけど、取り決め契約をタテに門前払いで全部蹴り飛ばしてやった。そやからサッカー部に恨まれてるぐらいは知ってる。その意趣返しならウチも野球部のために負けてられへん。

    「黄色の何が問題ですか」
    「スクールカラーに反するって」
    「だから」
    「エンジにしろって」
 なんちゅう下らんと思ったが、そういうことか。関西人の魂の色である聖なる黄色にケチつけた落とし前はキッチリつけたる。
    「でもボクも、大きな声で言えないが校長先生も竜胆君を支持してる。あとは任せた」
 それでも、なんでウチやねんと思たけど、会議室に連れていかれると、PTA会長と、校長と、ウチと顧問の先生の四人。口火を切って話を進め出したのはPTA会長。最初からかまして来やがった、
    「えっと、ビンボウさんって仰ったかな」
    「ビンボウではなくリンドウです」
    「どちらでも良いですが」
 幼稚なマウンティングやな。そっちがその気なら
    「で、なんのご用事でしょうか、ノグソ会長」
    「ノグソではなくノグサです」
    「どちらでも良いですが」
 キーキーといきり立ってたけど最後までノグソで押し切ってやった。何回も訂正を求められたけど、思いっきり冷やかに『どちらでも良いですが』を念仏のように唱えてやったよ。仕掛けたのはノグソの方だから思い知れってところ。マウンティングってのはこうやってやるんだよ。のっけから火花バチバチ飛び散る雰囲気の中で次に持ち出しやがったのは、
    プロ野球の応援の猿真似は我が校の品位に反する」
 こう言いだしやがった。さっき不問と聞いたはずやと思たけど、キッチリ返してやった。ウチを舐めてもらったら困るってところで、サッカー部の応援のJリーグなり海外リーグからのパクリ部分を延々と列挙してやって、
    「ノグソ会長の息子さんがキャプテンをされているサッカー部の品位に溢れる高度の猿真似には、到底及びません」
 こう切り返してやったら、顔を真っ赤にしてやがった。サッカー部は違うとゴチャゴチャ言っていたが、
    「どう違うか、我が校の品位に相応しい部分をお示し下さい」
 こう言ったら、それはって下らない例を持ち出しやがったから、
    「当野球部の応援でも・・・」
 そういってゴッソリ反証してやった。応援スタイルでは分が悪いと思ったらしく、話題を本命のスクールカラー部分に転じやがったんだ。
    「ビンボウさん、我が校のスクールカラーをご存知ですか」
 スクールカラーはエンジだと抜かしやがるだよね。腹抱えて笑いそうな理由として女子の制服はセーラー服なんだけど、リボンが『だから』エンジになってるし、サッカー部のユニフォームもエンジなのもスクールカラーだからって。

 ウチが校長と何回直談判やってるのか知らんのかいな。校長と直談判するために現在の校則はもちろん、校則の変遷、その運用の実態、学校の慣例・先例・沿革・歴史は、校内どころか他の誰より知ってるの。校長なんか目じゃないのよ。サッカー部のことだって、グランド交渉の時に叩きこんだからサッカー部の連中より知ってるんだよ。それぐらいは談判する時の基礎知識だぞ。

    「お言葉を返すようですがノグソ会長、我が校にスクールカラーなるものは存在しません」
 ウチはアホかと思いながらセーラー服のリボンも、もともと紺であったこと、これがいつエンジに変わったか、さらに変わった理由もスクールカラー云々とはまったく無関係だと根拠と理由付きで話してやった。

 ホンマにアホらしい話やけど、制服の指定業者が変わった時に、間違って衿とか袖の縁取りをエンジで作ってしまったんや。作り直したら良かったようなものやけど、その指定業者が当時のPTA会長の親戚で泣きついたんだ。この辺は指定業者の変更にPTA会長も噛んでる定番のお話。スッタモンダはあったみたいやけど、間違って作ったエンジの縁取りが正式採用になり、リボンもそれに合わせてエンジに変わっただけ。こんなもん学校百年史に書いてあるからノグソの前に叩きつけたやったよ。

    「ノグソ会長、リボンがエンジに変わったのは業者が間違えただけです。なにか疑問点でもありますか」
 サッカー部のユニフォームだってずっとエンジやないねん。あそこのは結構クルクル変わってるんや。最初白だったのが黒に変わり、さらに紺とエンジのストライプからエンジだけに変わった歴史を滔々と論じ立て、変遷理由にスクールカラーなるものが一度たりとも考慮されていないこと。とくに現在のエンジに変わった理由を根拠付きでまくし立ててやった。

 これもなんてことはなくて、紺とエンジのストライプはFCバルセロナの単なるパクリで、そこからエンジだけになったのは、当時のサッカー後援会長が楽天の関連会社の人だっただけ。こんなもんサッカー部の記念誌に書いてあるねん。校長室にもあったから、ノグソに見せつけてやった。

    「ノグソ会長、サッカー部のエンジのユニフォームの由来を『まさか』御存じなかったとは驚きました」
 さらに明治からの伝統だけはある野球部のユニフォームにも、エンジを使ったことは一度もなく、サッカー部以外でのエンジ使用例も知ってるだけ並べてやり、とくにエンジにこだわってるところはないともダメ押ししてやった。PTA会長のやつ顔をさらに真っ赤にしてやがった。追い討ちとして学校の創立から今に至るまでスクールカラーなるものが一度たりとも非公式でも制定されていない経緯を延々と説明してやった。一番わかりやすい証拠として校長室にあった校旗を示して、
    「学校の象徴とも言える校旗は濃紺に白抜きなのがお見えになりませんか。エンジのスクールカラーなるものが存在するなら、ここに使われているはずです」
 そしたらキーキー大きな声、いやありゃ怒鳴り声やな、
    「でも現在はエンジなのよ」
 根拠のない主張を、立場や態度、とくに大きな声で脅すように相手に強要する論法は幼稚も度が過ぎる強弁法であり、そんなものを平然と使う人間は『無能』と切って捨てて、エンジである具体的な根拠の提示を要求してやると、
    「みんながそう思ってる」
 でた『みんな論法』。下らんわ。こんなもん小学生のダダ・レベルやんか。ほんじゃ、誰が具体的に『みんな』であるかの論拠を要求し、
    「宜しければ、アンケートを取って見られますか」
 ここまで言っておいて、本当に取ると言うのなら受けて立ってやるって。このウチを相手に勝てると思ってるなら甘いよ。『みんな』を持ち出したのはノグソの方やから追い討ちかけたってん。
    「ノグソ会長は校則・慣例・前例のどこにも存在しないスクールカラーなるものを、曖昧かつ存在すら疑われる『みんな』が程度の根拠で、まるで既定事項のように主張されました」
 なんかキーキー、グチャグチャ言ってたけど、他人の発言中は、良識ある人間なら邪魔しないのが討論の常識だと言って黙らせ、
    「それではアンケートの結果で『みんな』が黄色をスクールカラーとしたら、その瞬間に黄色で決定です。サッカー部のエンジでの応援は当然ですが廃止になります。異議などあるはずもありませんね」
 この時点で逆上状態のノグソ会長は、キーキー、ギャーギャーと訳のわからん罵詈雑言を撒き散らしてたんだけど、
    「校長先生。ノグソ会長の御意向もあるようですから、スクールカラー決定のためのアンケート調査お願いします」
 ここで、ようやく校長が口をはさみ、
    「スクールカラーなるものが我が校に存在しないのは竜胆君が説明した通りです。これ以上詳しく知っている人間は他におりません。それは校長の私が保証します」
 知ってたなら、わざわざウチにさせるなよな。まあ、校長でもここまでソラでは言えんとは思うけど、
    「わが校の校風は自主性と自由闊達を旨としています。野球部が応援カラーとして黄色を選んだことに校長である私は何の異議もありません。もちろんサッカー部がエンジを使うこともです」
 こうまとめてくれて会議は終了。もう完全に逆上しきった状態のノグソ会長は、鬼婆みたいな形相でヒステリックに喚き散らしてたけど、ハハハ、ああなったら負けなのよ。ウチに勝つ気ならもうちょっと気合入れて準備して来んかい。あんな理由にもならんもんで、神聖色であるタイガース・イエローにイチャモンつけるとは身の程知らずもエエとこや。ましてやウチ相手にや。サッカー部の糞エンジが生き残っただけでも勿怪の幸いぐらいと思とけ。

 もちろんやけどノグソ会長の醜態はボイスレコーダーにバッチリやから、後でグチャグチャ抜かしたらトドメ刺したるで。もちろんこれも五寸釘三本ぐらい刺しといたった。後で校長が

    「竜胆君、手間をかけさせて悪かった。君ならあの程度の主張を粉々にしてくれると信じてた」
 まったく自分でやれよと思ったけど、たぶんあのPTA会長苦手なんだろうな。ああいうキャラやし、PTA会長やってるぐらいだから、それなりに地元の有力者だし、野球部は関係ないけどサッカー部には結構な寄付もしてるみたいやからな。校長が表立って反論したくなかったんだろな。ウチの家はノグソのとこの仕事と無関係やし、野球部はノグソのところからビタ一文もらってる訳じゃなから恩も義理もある関係やあらへんねん。ノグソがPTA会長だからと言って遠慮せにゃならんものはなんもあらへん。

 それでも嫌がられてると思っていた校長に、こう言われてちょっと嬉しかったのは白状しておく。それと少なくとも一つ貸しは作ったから後日利用してやる。顧問の先生も、

    「なるほど、竜胆君が天下無敵なのがよくわかった」
 こんなん交渉のうちにも入らんわと思ったけど、まあエエか。校長も言ってたが、野球部の応援スタイルをイチから作り上げ、確立したのはウチって思てはるし、そういう行動は高く評価してるって。いわゆる自主性ってやつかな。それだけでなく野球部をここまで盛り立ててくれてるのもウチやって褒めてくれた。だったら、もうちょっと支援お願いしますって言ったら、
    「どうせ直談判して持っていくでしょうが」
 こう言って笑ってはった。さすがは年の功って奴やな。ぶっちゃけ狸やねんけど、校長との直談判交渉も最近じゃ、どれだけ説得理由を並べてくるか楽しみにしている雰囲気あるもんな。まあ、こんな意味不明の交渉もGMの仕事のうちかぁ。