リンドウ先輩:練習

 オレは秋葉浩、『ヒロシ』と呼ばれてる。ポジションはキャッチャー。それなりの覚悟を決めて野球部に入ったけど、外から見てた以上にヘッポコ野球部なのにあきれてる。あの竜胆監督が、よくこんなチームを引き受けたもんだと感心してるわ。それぐらいガタガタでなんにもないチームなんよ。

 野球部にあるのはリンドウがかき集めた寄せ集めの部員と、監督しかいないってのが正直な感想や。それでも魔術師と言われた手腕はダテじゃなくて、たった二週間やけどちょっとずつやけどマシになってる気はしてる。見ようによってはたった二週間でここまでなってる方が驚異的かもしれん。

 オレたち四人も最初の一週間はとくにひどかった。ホンマに体が動かへんのよ。体が筋肉痛でヒーヒー言うてた。監督は口も態度も優しいけど、やらせてる事はほんまにエゲツないんやから。あんな厳しい練習、生まれて初めてやわ。

 あれが竜胆マジックなのはよくわかったけど、死ぬかと思た。いや最初の一週間はマジで半分以上死んでた。今でも生きてるのが不思議なぐらいや。今だってラクになってる訳じゃなくて、体がラクになったのを見透かされてるようにビッチリ練習を強化されて、生殺し状態を延々と続けさせられてる感じなんや。

 いつも飄々としてる冬月ですら死にそうな顔してるもんな。夏海や春川なんて死人の顔にしか見えへんし。もちろん他の部員も練習終了後は皆殺し状態や。それでも、まるで中毒のように練習となれば、また殺されに来てしまうのが竜胆マジックの本質の気がしないでもない。


 古城の球を受けてるんやけど、なかなかエエ球投げるわ。コントロールもしっかりしてるから、リードのやりがいもあるってところや。春川に似てるところがあるけど、春川に較べると球がちょっと軽いかな。それでもこんな逸材がヘッポコ野球部によく入ってくれたもんや。なんでこんなとこに入ったんやと聞いたんやが、

    「二年の小島さんが一緒に頑張ろうって言ったから・・・」
 リンドウの奴、天使の微笑みを使ったみたいや。そういうのが嫌いな小島がよく引き受けてもんやと思うけど、あのリンドウに説得されたら断り切れへんやろな。古城はリンドウに騙されたってぼやいてたけど、じゃあ、なんでやめなかったんだと聞いてみたら、
    「リンドウさんに監視されてて逃げられないんです」
 ハハハ、そりゃリンドウは逃がさないだろうよ。古城を逃がしたりしたら監督来ないからな。でもその監視ぶりは聞いただけで笑てもた。授業が終わったら必ずリンドウが待っていて、
    「古城君、今日もがんばろう」
 そうやって部室まで付き切りで離れなかったそうなんや。それを毎日やられたそうなんだよ。そりゃ、逃げたくても逃げられへんと思うわ。やめたきゃ退学でもせんと無理やと思うけど、リンドウやったら退学しても追い回しかねへん。でも古城がやめなかったのはそれだけでないんだよな、
    「でもリンドウさんには良くしてもらってますし」
 これは野球部の全員がそう思ってるはずだ。リンドウの野球に懸ける情熱は誰より熱いんだ。それこそ火傷しそうなぐらい。野球部のためだったら、ガムシャラになんでもやってくれる。あれだけ頑張るだけでなく、なんとかしてしまう姿を見せつけられたら、そりゃ燃えざるを得ないだろうってところなんだ。それとリンドウは写真部の加納志織なんかと較べたら落ちるかもしれへんけど、あれはあれで結構可愛いんだよ。いやオレははっきり言って美人だと思ってる。オレらの野球部にとっては守り神みたいな存在なんだ。

 それこそリンドウのためだったら、どんな練習でも耐えて見せるって気にさせてくれるし、なんとかリンドウを甲子園に連れて行ってやりたいと本気で思ってるんだ。リンドウがいなけりゃ、言っちゃ悪いが、あの監督の猛烈スパルタ・シゴキ練習に耐え抜くなんて無理だったと思うよ。リンドウに見てもらってるというだけでファイトが湧くんだよ。

 練習を頑張れるのはリンドウだけやない。オレはヘッポコ野球部生え抜きの四人を最初はバカにしていた。技量は正直なところイマイチどころやないけど、とくにキャプテンのやる気には驚かされた。あれだけ先頭に立って引っ張ってくれるし、それに釣られるように残りの三人も頑張るんだ。アイツらに負けられるかの意地も大きいわ。一緒にやれて感謝してる。あれこそが真のキャプテンやと今は思てる。

 古城が入った時にはまだ監督もいなかったからヘッポコそのものやってんけど、古城はリンドウに毎日こう言われたそうだ、

    「今はこんなところで悪いと思ってるけど、ちょっとだけ待ってて。ウチが必ず甲子園を目指せるチームにするからね」
 古城も最初は冗談としか思えなかったそうだが、竜胆監督が本当に就任して腰を抜かしたそうなんや。古城のその気持ちはオレにもよくわかる。こんなところで監督するような人じゃないんだ。もう古城だってやめる気なんてゼロやろ。

 春川の球も久しぶりに受けてみたけど、やっぱり肘の影響は大きいわ。あの頃の面影はすっかりなくなってしまってる。春川もピッチャーとしては敗戦処理クラスだと自嘲してた。ただ、古城一人じゃあまりにも手薄すぎるから、もうちょっと努力してみると言ってた。それにしても春川のあんな嬉しそうな顔、久しぶりに見た気がする。やっぱり野球がやりたかったんやろな。一緒にボール握れてホンマに良かったと思てる。


 春川にも相談したんやが、丸久工業戦は何があっても勝たなアカンて。ここで勝つためにはピッチャーがどうしてもカギになるんや。うちのバッティングじゃ、援護どころか点を取れるかどうかのレベルやからな。ただ春川も言うとった。古城と春川の二人じゃ絶対に無理って。そりゃ、あの守備やからな。いくら今から頑張っても、練習試合までには竜胆監督でもどうしようもあらへん。こんな状態でも勝たなアカンとしたらジョーカーが必要やねん。

 ほいでもってこの学校には、あのジョーカーがおるんや。なんとかアイツを引っ張り込めないかって。アイツは変わり者やけど春川と仲がエエし、フォア・シーズンズが軽音楽部ともめた時には、ロック研を作るのにすごく力を貸してくれてるんや。春川も頼みにいったそうだが、ダメだったそうなんだ。理由はオレにもわかるけど、今はリンドウが頑張ってる。でも、幼馴染のリンドウでも大苦戦中だよ。

 もう二週間ぐらいしかないねん。丸久工業との練習試合の意味はオレや春川だけでなく野球部全員が知ってる。これに勝たないとリンドウの甲子園への夢は閉ざされてまうかもしれへんねん。そんなん耐えられるか、我慢できるか。ゼロに近いところから、ここまで野球部を引っ張ってくれてるリンドウの甲子園の夢が、こんなところで終わってしまうなんてオレには許されへん。

 そのためにもアイツの力が喉から手が出るほど欲しい。アイツさえ来てくれれば、丸久工業どころか、SSU附属でも、極楽大附属でもなんとかなるかもしれないぐらいなんだ。がんばれリンドウ、いっつも、いっつも、リンドウにしか頼れへんのが情けないけど、なんとかアイツを野球部に引きずり込んでくれ。そしたら丸久工業にも勝って、みんなでリンドウを甲子園に連れてったる。春川も、夏海もそう願ってるんや。いや、キャプテンも含めて野球部全員がそう思てるで。