第3部後日談編:ユッキーが見たもの

 さて今日から一週間の予定の撮影旅行。天気も良さそうだからチャチャっと済ますか。たく、ちゃらいアイドルの写真集なんてつまらんなぁ。それもいまどきのアイドルは団体さんばっかりやから手間がかかる。なんか修学旅行の写真を撮ってるようなもんやん。

    「シオリ先生。御面談の希望の方が」
    「断っといて、もうすぐ出発しないといけないし」
    「そうなんですが」
    「どうしたの」
    「実は・・・」
 事情を聞くと、昨日に電話で面談の問い合わせがあり、今日から取材旅行があるから無理である旨を伝えたそうだが、出発前にどうしてもって食い下がられたそうなんだ。それでも、お断りしたそうだが、早朝からずっとドアの前で待っていたようです。
    「ストーカーかよ。で、誰なん?」
    「それが、こういう方です」
 どれどれ、あれっ、これって木村さんの病院の事務長さんやん。どうしたんだろう。とにもかくにも会ってみることにしました。
    「・・・で、御用件は」
    「実は木村先生が御入院されていまして、宜しければ先生に一度お目にかかりたいとの事なんです」
    「えっ、悪いの」
    「いや、そうでもないのですが、ちょっとお話しできれば嬉しいとのことです。決して急ぎませんから、先生の御都合が付くときで結構と仰っていました」
 そんなもん自分で電話すりゃイイのに。えっと今週は無理で、その後も・・・いろいろ入ってるなぁ。
    「では来週末ぐらいでいかがですか」
    「ありがとうございます。木村先生も喜ばれると思います。お忙しいところ、御手間と御時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
 鄭重に頭を下げてドアから出ようとした時です。後姿ですが肩を震わしているのが見えます。
    「ここまでは、木村先生の使いとして、木村先生のお言葉、ご要望を正確にお伝えしました。ここからは、私の大きな独り言と思ってください」
 ん、なにが言いたいの。事務長さんは声を震わせながら、まるで泣き出すように、
    「どうかお願いです。今から行って頂けませんか。来週末では間に合わないかもしれないのです。木村先生に残されている時間はあとわずかなんです。これは病院職員一同からのお願いです。御無理を言っているのは百も承知ですが、なんとかならないでしょうか」
 一瞬、なにを言われているのか理解できませんでした。前に会った時にはあれだけ元気だった木村さんが末期状態だって。いったい何がどうなっているのか頭が混乱します。
    「お〜い、今日の撮影旅行は中止にするよ」
    「シオリ先生、でも」
    「一日ぐらい減ったって大丈夫。先方には適当にうまく誤魔化してといて、頼んだよ」
 院長の公用車ってやつで病院に向かう途中に事務長さんから話を聞きました。木村さんの奴、なんて意地っ張りなんだ。でもあの氷姫が菩薩様に変わったってどういうこと
    「実は木村先生は恋をなされました」
    「へぇ、あの氷姫がねぇ」
    「はい、それからすべてが変わられました」
    「相手は誰か知ってはる」
    「はい、山本先生かと」
    「じゃ、そっちを呼んだらいいじゃない」
    「それが・・・」
 絶句とはこのことです。とにもかくにも木村さんに会わないと、これ以上はわかりません。案内された病室を見ただけで、まず胸が一杯になりました。カズ君がいた病室なんです。でも今日はお見舞い。笑顔で病人を元気づけなきゃ。
    「ごめんねシオリ、無理言っちゃって。お仕事忙しいんでしょ。もっとゆっくりで良かったのに」
 これがあの氷姫。事務長さんが菩薩様と言ってたのはこれか。人ってこんな短期間にこれだけ変われるの。顔は木村さんなのは間違いないけど、こんなに可愛い人だったっけ。眩しいほどってよく言うけど、そんなレベルじゃいないわ、桁外れでも全然足りないよ。

 それと事務長さんが会ってるだけで癒されてしまうってこの感じなの。一緒に居るだけで心の穢れが洗い流されてしまう感じがする。それに、ここは病室のはずなのに、まるで春風の吹く高原とか、話に聞く浄土とか天国にいる気がホントにする。

    「案外元気そうで安心したよ」
    「いいのよ、私は医者だから自分の事はよくわかってるから」
    「・・・」
 胸が詰まって次の言葉出ません。
    「ちょっとだけ話し相手になってくれてもイイかなぁ」
    「もちろんよ。そのために来たんだから」
    「本当に無理言ってゴメンネ」
 本当はカズ君のことを聞きたいんだけど、ちょっと聞きにくい。
    「カズ坊の状態は本当に悪かったの」
 その時の話は知ってる。まさに獅子奮迅の活躍で死の淵からカズ君を助けてくれたんだ。
    「私、精一杯がんばったけど、それでも無理だったんだ」
 でも助けたやん。
    「もうダメだと思った時に神様にお願いしたの。私の命と引き換えに助けて下さいって」
 それも聞いてる。
    「そして願いがかなったの。だから私がここにいるの」
 それは、それはそうかもしれないけど、言ったからって、死ぬもんじゃないよ普通は、
    「でも神様は優しくて、もうちょっとだけ時間をくれたの。カズ坊との幸せな時間を。ちょっと贅沢だったかなぁ。だから、もう何もいらない」
    「ちょっとユッキー・・・」
 しまったユッキーと呼んじゃった。
    「もうユッキーでいいよ。私は氷姫じゃなくて、カズ坊のための本当のユッキーになれたんだ」
 これで泣くなというのは無理です。淡々と話すユッキーが本当に幸せそうです。
    「でもね、なにもいらないと思ったんだけど、一つだけ心配が残ってるの。私って友達いないから、頼める人がいないの。だからシオリに無理して来てもらったの」
 なんでも言って、ユッキーの最後の願いじゃないの、
    「カズ坊のことをお願い。きっと落ち込むと思うから、出来れば相談相手になって欲しいの。もしシオリさえ嫌じゃなければ、カズ坊の恋人になってくれたら嬉しい。そこまではちょっと無理だったら、できれば誰か良い人を紹介してあげて。どうかなぁ」
 もう我慢できません。
    「どうしてカズ君を呼ばないの」
    「あら、シオリはカズ坊のことをカズ君って呼ぶんだ」
 あら、やっちゃった。もうイイか。
    「そうよ私はカズ君って呼ぶの。ユッキーがカズ坊と呼ぶのと同じ」
    「そうなんだ、だったらちょうど良いじゃない」
 なにが『ちょうど良い』よ。カズ君はすべてユッキーのものよ。そうじゃない、あれだけ想い続けてやっと結ばれたんじゃない。それをまるでモノでも渡すように扱って良いはずないやん。ふと見るとユッキーが私をじっと見ています。
    「あれっ、そっか、なるほど、そういうことか。たしかにどっちがイイかなぁ。私はシオリが良いと思うけど」
 いったい何を言ってるの。
    「うんうん、シオリもそれじゃ辛いかもね。でも必ずしもそうなるとは限らないみたいだし、あははは、カズ坊は幸せ者ね。こんなにみんなに想ってもらってるのなら、きっと大丈夫だわ。ちょっと安心した。これで私も心配せずに済みそう」
 だから、ユッキーは何を言ってるの。
    「ゴメンネ、ちょっと疲れちゃったから寝させて。今日は来てくれて本当にありがとう」
 結局カズ君となぜ会わないのかの理由を聞かせてもらえませんでした。これが事務長の言う菩薩様の力で、ユッキーの前に立つと何も言わせてもらえなくなるってことでしょうか。それだけでなく自分も何か変わったのを強く感じます。それも嫌な変化ではなく、好ましい変化です。事務長は職員の誰もが、そういう影響を受けていると話してました。私も例外ではないようです。

 それとユッキーから確実に何かを託された実感があります。もちろん話の中でもカズ君の恋人になってくれと言われていますが、それ以上の何かの気がしてなりません。どういえば良いかわからないのですが、単に恋人になる以上の重い役目を託されたとしか感じられないのです。

 それと事務長は、ユッキーは今ではなんでも御見通しにできるとも話していましたが、最後のところがそうだったのかもしれません。ユッキーには見えていたとしか思えませんが、私の他に見えていた女性は誰だったのでしょうか。

 コトリちゃん、みいちゃん、それとも別の人。知りたかったのですが、ユッキーの体調は私と会った日を境にさらに悪化し、生きている姿を二度と見ることはできませんでした。どうもあの日に間に合うように会いに行けたのも、ユッキーの意志が働いていたとしか思えませんでした。