入院中に全部思い出した。覚えているようで、そうでもないのが人間の記憶というけど、まさにそんな感じ。あのユッキーの事でもなんだなぁ。
ユッキーの高校時代のあだ名は氷姫だったんだけど、氷はその冷たいというか不愛想さから付いたのは間違いない。一方で姫はその美貌から付いてるんだ。これ以上は考えられない整った顔立ちで、古臭い言い方やけど『お人形さんみたい』がピッタリくる感じ。だから笑わん姫君とも呼ばれてたんだ。
シオも美人やったけど、シオの場合は燦々と輝く夏の太陽ってイメージで、夏の女神様とも呼ばれてた。まあ健康美人って言えば良いかな。ついでにいうとコトリちゃんは春爛漫の中を飛び回る蝶のような可憐さってところ。シオもコトリちゃんも陽のイメージなんだけど、氷姫を真冬の月とも呼ぶのもいた。口の悪い奴はシベリアの月とか、北極の月とも言ってたっけ。
ココロは綺麗かもしれないが見るには寒すぎる、もしくは物好きしか見れないってところ。完全に陰のイメージ。ごく一部では三大美人と呼ぶ奴もいたけど、陽の二人に較べると陰の氷姫は敬遠され切ってた。
そりゃ敬遠もされると思う。優等生の上に一切の無駄口を叩かない切り口上、さらにそれに対して有無を言わせない寒々しい雰囲気。それこそ入学以来、笑った顔を見た者がいないとまで言われてた。笑うどころか、感情が表情に出たのを見た者がいないというのもいた。
感情が出なかったは言い過ぎだと思うが、表情は氷のような無表情の時と、わずかに不機嫌そうな顔だけで、とくに不機嫌そうな顔を見た者はみんな震え上がったんだ。これはクラスメイトだけではなく、教師だってそうだった。そこにあのニコリともしない氷の美貌だったから、そりゃ怖い。みんなが氷姫の目を怖れたんだ。
氷姫の無表情の理由は友達になってから少しだけ話してくれた。複雑な家庭環境だったみたいで、簡単に言えば継母と上手くいってなかったみたい。それ以外も色々ありそうだったけど、ユッキーも言いたくなさそうだったからあんまり聞けなかった。とにかく寒々とした家だったのは間違いない。
クラスメイトになったのは二年の時。四月はどこでもそうだけど出席番号順で遠かったのだけど、五月の席替えの時にお隣。そりゃ怖かった。寒々としたオーラが隣に居てもヒシヒシと感じたぐらい。たしかに綺麗ではあったが、噂に聞く氷姫ってこんなに怖いんだと思ったもの。まあ、隣だから朝の挨拶ぐらいするのだけど、あの冷え切った目でジロリと睨まれて震え上がった記憶がある。
六月はうちの学校の慣例行事でキャンプ。進学校だったから息抜きみたいなものだったけど、とにかく二泊三日のキャンプなんだ。こういう時は班行動になるのだけど、これまた氷姫と同じ。正直なところ堪忍してくれと思ったのを覚えてる。
キャンプで一番盛り上がるのはスタンツ。漫才をするのだけは決まったのだが、誰がするかでもめたんだ。言いだしっぺだったので一人は私だったのだが、相方を誰にするかでなかなか決まらなかったんだ。そこで、どこでどう話しが転んだのか今でも不明なんだが、仰天したことに決まった相方がなんと氷姫。
一番可能性が低いというか、あり得ない選択と思ったよ。誰の陰謀かと恨んだもんだ。実は台本も書いてあって、相方は女性を想定してた。これも『たぶん』って相手も想定してたんだ。それが氷姫になってどんだけ困惑したことか。でも決まったものは仕方がないので
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「すみません。スタンツの練習をしたいのですが」
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「台本見せてくれる。明日までに覚えてくるから」
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「じゃあ、やるわよ」
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「はぁい、ユッキー様だよ。こら、カズ坊どうしたや、返事せんかい」
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「まだテンション足りない?」
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「ユッキーと呼んで良いのはカズ坊だけ、カズ坊と呼んで良いのはユッキー様だけよ」
みんなは覚え間違いしてるんだけど、次に氷姫がユッキー様になったのは夏休みも終る頃だった。とにかく数学・物理が苦手だった私は、宿題の問題集が解けずに悪戦苦闘してました。なんとかしようと図書館に集まった悪友連中もその点はまさにチョボチョボって有様です。まあ、後で聞いた話ですが、この年の宿題はとくに難度が高く、解けた生徒ほんの一握りだったといわれています。
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「そこの低能馬鹿のカズ坊。こんな便所虫でも解けるアホみたいな問題もわからへんのか」
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「ユッキー様、どうか哀れな便所虫に御恵みを」
「お前みたいな低能馬鹿になんで恵まにゃならんのだ」
「ではでは、哀れな子羊にどうか御恵みを」
「子羊なら丸焼きに決まってるやろ。あれは大好物じゃ」
夏休み明けから、私とユッキーの関係が微妙に変化することになります。基本は氷姫なのですが、氷姫に『ユッキー』と呼びかける奴が現れると、
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「ユッキーと呼んで良いのはカズ坊だけ、カズ坊と呼んで良いのはユッキー様だけよ」
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「カズ坊、おはよう」
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「なんでこのユッキー様につきまとうんや」
「なにいうてんのや、それはコッチのセリフや。今度こそピチピチのギャルとお近づきになれると思ったのに。この除虫菊女」
「なにを、このウンコたれ男」
「寝ションベン女」
結果的にお世話になっているのは間違いありませんから、誕生日とか、クリスマスにささやかなプレゼントをお礼の意味でしましたが、その場はユッキーで喜んでくれても、翌日には氷姫です。ユッキーが虫垂炎になって入院しときもそんな感じだったかな。
今から思えば不器用なりに好意を伝えようと懸命だった気がします。あれを好意と受け取るには、私はまだ幼すぎたってところでしょうか。当時は変な友達って感覚だけしかありませんでした。変はかわいそうですが、恋愛感情が生じにくい女友だちってところです。
でも今度の入院でユッキーのことがはっきり判った気がします。お世話になったというか命の恩人でもあるのですが、ユッキーを幸せにしたいと思う気持ちがどうしようもなくなりました。精一杯のサプライズを仕掛けてみましたが、喜んでくれたみたいです。あんだけ泣いたというか、ユッキーの涙を見たのは初めての気がします。
それと氷姫でもない、ユッキー様でもない、本当のユッキーを見たのも。いや本当のユッキーはもっと前から知っていた気がするんだ。いや絶対知っていた、他の誰もが知らなくても私はずっとずっと前から知っていたんだと思ってます。