第3部後日談編:ユッキー様の美学

 もう二週間ぐらいかな。さすがにユッキーは名医や、後遺症はほとんど残りそうにないわ。これはこれで感謝せなあかん。後は落ちた体力の回復やけど、一朝一夕にはいかへんなぁ。ほんまユッキーには世話になった、冗談抜きでユッキーがいなかったらと思うとゾッとする。

 やっぱりエエ加減嫁さん欲しいなぁ。それしか家族作る方法ないもんな。とにかくこういう時に困る。もちろんこういう時のために結婚するんやないけど、そろそろ一人じゃシンドクなってきた。そう思わせるほど今回の事故は骨身に堪えたわ。ホンマに骨もいっぱい折れたけど。

 とはいうものの一人じゃ結婚できへんから相手がいるんやけど、誰かおらへんかな。こういう時に世話好きの親戚でもいたら、ベッドサイドにお見合い写真を積み上げてくれるんやろけど、おらんもんはしょうがない。そうなると自分で探すになるけど、こっちは労多くして功少なしってやつで、これまでの人生で嫌って程、無駄な努力って学習したからなぁ。

 他に手段としては友達の紹介。この手もよくあるんやけど、さすがにこの歳になって合コンどうやろ。つうか合コン嫌いやからなぁ。好き嫌いを言ってられへんけど、どうしよ。まあ理想を言い始めたらキリないし、妥協も必要やけど。妥協ってどこまでどうすりゃ、エエんやろ。つうか妥協って、そもそも相手がいて、なんとなく不足な気がするけど、そこを妥協するんじゃなかったっけ。今はそもそも以前の状態やもんな。

    「生きとるか」
    「ピンピンしとるわ」
    「もうすぐ放り出したるわ」
    「こっちから出て行ったるわ」
 ユッキーのお出ましです。軽い挨拶代りですし、この程度で驚く職員はこの病院には既に存在しません。長かったけどユッキーとの漫才も、もうすぐ終わりが来ると思うと寂しい感じがします。ん、ん、そういえば高校卒業の時もこんな感じだったような。
    「なんとなく思い出すねん」
    「健忘症バリバリのお前でも覚えてることあるんか」
    「アホ抜かせ、健忘症なら昔のことほど覚えてるもんやんか」
    「出生直後の記憶とか」
    「そこまで誰が覚えとるかい」
 漫才は楽しいのですが、話が進みにくいのが難点です。
    「いやな。もうすぐ退院になるんやけど、またユッキーと会えなくなると思うと、高校卒業の時の事を思い出してもてん」
    「ああ、そういうことか、なんとなく似てる気がウチもする」
    「学校なんかとくにそうやねんけど、毎日一緒にいるのが当たり前だったのが、ある日を境に下手すりゃ二度と会えへん訳やんか」
    「カズ坊がそんなにセンチやったとは知らんかったわ」
    「ユッキーにはそんな感情無いんかいな」
    「ウチはなぁ・・・ゴメン、今日は忙しいねん」
 どうしたんだろう。ここのところのユッキーの調子が変やねん。憎まれ口のユッキー節は相変わらずやねんけど、テンションが妙に低い。つうか、ボクが真底弱っている時に較べると明らかにパワーが落ちてる気がする。まあ、退院と卒業は似てるけどちょっと違うやろ。ユッキーもボクも独身やねんから、会う気さえあればいつでも会えるやん。エエ歳した大人やねんから飯を食おうが、酒を飲みに行こうがエエようなもんやんか。

 まさかユッキーの奴、ボクと病院で会えなくなるのが寂しいんやろか。アイツに限ってそんなことはないと思うけどなぁ。だって卒業式の時だって

    「ほんじゃな、生きてりゃまた会えるわ」
 それだけやったやん。後は振り返らずもせずに行ってもたやん。さすがにあの日は、それまでユッキーにあれこれしてもらった事への感謝の言葉を並べようと用意していたのに、ちょっと言いかけたらアレやもん。ちょっと茫然としてもたわ。今度はあんな失敗せんようにしょ。ちゃんとユッキーに感謝の言葉を伝えないと。そや、ついでに高校時代の感謝の言葉も付け加えとこ。こんな機会は二度とないかもしれへんから。

 そうやなユッキーもあっと驚くサプライズ返しや。シオの見舞いの時の報復の意味もあるからな。あの一週間で死ぬかと思た。


 アカン、カズ坊の顔見たら最近すぐに胸が一杯になってまう。もうすぐやもんな。にしてもカズ坊の奴、選りによって卒業の時の話を持ち出しやがって卑怯だぞ。あんときゃ、本当に悲しかったんやから。そのうえにや、柄にもなく感謝の言葉みたいなものを言い出しかけて、もうたまらんかった。そんなもん聞かされたら、ワンワン泣き出すに決まってるやん。そんな顔をこのユッキー様が見せられるはずがないやろ。

 アイツに聞かれたら困るけど、振り返らんかったんはもう涙でグシャグシャやってん。このユッキー様がだぞ。辛うじて後ろ向いて見せないようにするのが精一杯やった。う〜む、これこそ美学だ.

 いかんいかん、美学に酔っていたって始まらない。しっかしシオリは余計な置き土産を残しやがって。このユッキー様だって心の整理をするのはラクじゃないんだぞ。あの低能馬鹿の事でもや。そのうえなんやねん。シオリの奴、あれっきり見舞いに来やがらへんやん。お蔭でずっとあのクソ野郎の相手をせにゃならんかやないか。

 はあはあはあ、もうやめよう。ちょっと素直になろう。ユッキー様モードをこんだけ続けるとさすがに息切れた。高校以来やもんな。その上で五か月以上も毎日やってたからヘバるのは当たり前やろ。こんなに続けたのは初めてじゃないかなぁ、さすがに歳だ、若くない。

 でもこれだけは見せたくないなぁ。氷姫モードでも、ユッキー様モードでもない最後の地の部分。でもどうしても出そうになってまう。でもこれを見せたら、ウチがウチでなくなってしまう。たぶんシオリはそれを見せろと言ってるんやと思うが、ウチは氷姫で、ユッキー様やぞ。

 でも見せるなら最後のチャンスと言うシオリの言葉が胃に重たい。やっぱり昼の焼肉定食の後にケーキを三つも食べたのが拙かったか。とりあえず胃薬飲んどこ。いかん、いかん弱気になったらアカン。後たった二週間ぐらいやん。根性でユッキー様モードで乗り切ってまお。だってさ、だってさ、これはアイツが私のためにわざわざ作ってくれた大事な大事なモードやん。ポンと肩叩いて

    「二度と来るな」
 って、笑顔で見送ろう。それがユッキー様の美学やろ。アイツにはユッキー様だけ見てもろたら満足や。それがユッキー・カズ坊の夫婦漫才やん。そう心の夫婦なんや、ユッキー様はそれだけ生きていくんだよ。卒業の時にそう決めたんや。たぶんこれが生涯最後のユッキー様モードやろな。たぶん、いや間違いなく最後のユッキー様や。この世の見納めに、カズ坊よしっかり瞼に焼き付けおいてくれ。それぐらい頼むわ。忘れんといてな・・・お願い。