第3部後日談編:事故

    「ドッカーン」
 人生が終わる時には走馬灯のようにその一生が一瞬に見えるっていうけど、まさにそんな感じ。ふっとばされて着地するまでの間に全部見えた気がする。もっとも落ちてからは意識不明になって忘れちゃったけど。後から聞いた話だと、横から飛び出してきたクルマにスクーターごと吹っ飛ばされたみたい。つまりは交通事故。結構な重傷で一週間ぐらいは目を覚まさなかったようです。まるでミイラ男のように包帯でグルグル巻きにされてICUに入院中。
    「まだ生きとるか」
 この人が主治医。重症者にえらい口の利きようなんですが、私も
    「オマエの腕が悪いから痛くてしょうがないわ、ホンマに治しとんかいな」
    「そんだけ憎まれ口を叩けるんやったら順調やな。山本センセイ」
    「マジメにやってや、木村センセイ」
 その後に二人で口をそろえるように
    「だから『センセイ』はやめろって」
 目覚めた時に驚いたのですが主治医は木村先生こと木村由紀恵。奇しくも高校の同窓生。医者になったとは聞いてましたが、珍妙なところで再会です。たまたま担ぎ込まれた病院に勤務しており、これもたまたま当番医だったのでそのまま主治医になったようです。悪口を叩きあっていますが、腕はたしかのようで経過は順調です。専門が違うので『たぶん』ですが、
    「で、どうなん」
    「とりあえず動けるようになるまで三か月」
    「けっこうかかるな」
    「そこからリハビリ三か月」
    「ほんじゃ、半年か」
    「運が良ければな」
 運が悪けりゃどうなるんだって聞いたら、
    「そんなもん一生寝たきりに決まってるやんか。ウンコとションベン垂れ流しで一生終るんや。ハハハハ、ざまぁ見ろ」
 たく聞くんやなかった。
    「まあ、お前は悪運の塊みたいな奴やから、ひょっとしたら寝たきりにならへんかもしれんで」
    「後遺症は?」
    「ウチが主治医やで、運命と思って絶望に浸っとれ」
 横で看護師が笑いをこらえるのに必死なのが見えます。そう、毎度毎度この漫才をやってるわけです。まあ、口が悪いのは昔からですが、私にとっては高校時代に戻ったみたいで楽しい時間です。こんな時間でもないと、やってられないぐらい体が辛いのは本音です。こういう時にユッキーが主治医であったのを神に感謝しないといけません。

 そうそうユッキーとはアイツを高校時代に呼んでいた時のもの。私は『カズ坊』と呼ばれてました。二年と三年が一緒だったかな。年に何度か席替えがあるのですが、なぜかいつも隣か前後が続き、『お前らおかしいんちゃうか』ってからかわれた事もあります。まあ、どう見たって恋人同士には見えませんでしたから、それ以上の話にはなりませんでしたが。

    「今日はもう寝ときや」
    「おっ、優しいやん」
    「こんな楽しいオモチャが死んじまったらツマランからな」
    「それはお手柔らかに」
 彼女は白衣を翻しながら颯爽と去っていきました。ユッキーの性格は相変わらずなのは相変わらずなのですが、さすがに歳月が経っています。こういう状況だからそう見るのかもしれませんが、あのユッキーが色っぽくなってる気がします。あかん、相当弱ってるわ。

 さてユッキーも行っちゃったし寝るか。どうでもエエことですが、私の両親は大学在学中に相次いで亡くなってます。祖父母はもっと早かった。さらにさらに、私も一人っ子なのですが、両親も一人っ子同士の結婚。いわゆる叔父叔母はいません。さらに祖父母の兄弟になる大伯父とか大伯母は、葬式で見たことがあるような気もしますが、亡父母とあんまり仲が良くなかったようで疎遠もエエとこです。つうか今でも生きてるのかなぁ。

 それでも、それなりに遺産は残してくれたので、大学でも生活には困りませんでしたが、とにかく頼れる親戚ってのがいません。法事とかがラクチンと思っていましたが、自分自身がこういう状態になると正直困ります。事故処理の方は勤め先の事務が上手くやってくれたみたいですが、それ以外の身の回りの事に往生します。仕方がないのでユッキーに頼んだら、

    「ウチは忙しいんや。お前のお世話係なんてやる間なんか一秒もあるかい」
 てな切り返しを喰らいましたが、なにやら手を回してくれてなんとかなってるようです。もうちょっと口が良くなれば、一人ぐらい男も振り向いてくれるだろうに。アカン、もう起きてられへん。とにかくもうちょっと回復しないとユッキーと話すだけでも大変すぎる。とにかく先は長い。