第3部後日談編:みいちゃんの10年

    「あれが失敗になるとは、人生はわかんないものね」
 あの時は正しい選択だと確信していたの。エリートで、将来有望で、実家はお金持ちで、そのうえ優しくて、ハンサムで。そりゃ和雄君も優しかったけど、もっと大人の包容力があったと思ったの。力強く抱きしめられた時に『私はこの人を待っていた』と思ったのよね。だから和雄君を無理やり切っちゃったの。あんまり縋り付いて来るもんだから最後は
    「アンタなんて単なる遊び相手の一人なんだからツケ上がるんじゃないよ。勘違いして恋人面されるのはもうウンザリなのよ。アンタは私の結婚まで邪魔するストーカーなの。死ぬまで二度とそのブサイクな顔を私に見せないで、ヘドが出るから」
 ちょっとキツかったなぁ。さすがにこれでお別れにしたなんて友達には言えないから、『山本君は優柔不断だから・・・』ってことにしといた。それでもこれで正解と思ってたわ。とにかくにもこの人と結ばれるのが私の運命だって。和雄君には悪いと思ったけど、まだ若かったから新しい彼女を見つければ、そのうち忘れてくれるって。とにかくこの人に夢中だったの。そのためには和雄君がいたら邪魔だったの。

 無事結婚できたんだけど、そこからは地獄だった。東京の豪邸で姑と同居になったんだけど、とにかく厳しい人だった。どこかの旧家の出身だったと聞いたことがあるけど『家風』ってのを徹底的に叩き込まれる毎日だったわ。箸の上げ下ろしなんて初級レベルで、今思い出してもウンザリするぐらい。もちろん噂に聞いていた姑の嫁イジメってのもとりあえずフルコース。

 じゃ、旦那が庇ってくれるかというとマザコンだったんだ。これが判った時は自分の選択を天を見上げて後悔したわ。コチコチって程じゃなかったのが救いだったけど、最後は姑の味方になるんだよ。それでもすぐに離婚にならなかったのは、旦那の海外異動があったから。つまりは姑から離れられたんだ。その時は、これでなんとかなるって思ったの。それで、しばらくは良かったんだけど、次に起こった問題は子どもが出来なかったの。これは姑からも旦那からも結構責められた。『この家を潰す気か』って。そんなこと言われても出来ないものは仕方がないし、どうしようもないやん。

 日本に帰った後もラッキーなことに東京の本社勤務じゃなくて、大阪支社だったんだけど、旦那が女を作り始めたの。ある時にバレて責めたてたら、『お前が跡継ぎを生まないからだ』って平然と言われちゃった。外に女を作るのは東京本社勤務になって姑と同居となってからも同じで、さすがに姑に訴えたら『子無し嫁が何を言う』と冷たく言われただけ。離婚して当然の状態だったんだけど、なぜかしなかったのよね。どうも最初に○○家の嫁って叩き込まれた洗脳があったみたい。

 転機が訪れたのは姑の死。まあ、それでも旦那は夜な夜な愛人宅を泊り歩いて、殆ど帰って来ないのは同じだったけど、姑という重石が無くなったんで時間が出来たんだ。旦那が帰って来ない専業主婦だから朝から晩までとにかく時間があったんだ。この時間が洗脳を解かしてくれたみたい。


 そんな時に思い出したのが和雄君。結局、私の恋愛歴って旦那と和雄君の二人しかいないからね。和雄君は善人だったけどパッとしなかったの。パッとどころか、はっきり言わなくてもダサイ奴で最初は嫌で嫌で仕方がなかったのよ。何度も手ひどく追っ払ったつもりだったけど、それでもニコニコ近づこうとするの。本当に鬱陶しかった。私には坂元君ぐらいじゃないとね。でもね坂元君はシオリちゃんにさらわれちゃったんだ。あれは本当に悔しかった。

 坂元君の代わりじゃないよ、だいたい比較するのがそもそも大間違いだからね。ただちょっと失恋気分だったのと、和雄君があまりにも熱心だったから出来心で条件出してみたんだ。

    「医者になれるなら、考えてやっても良いよ」
 そしたら本気で医学部目指しやがんの。でも、その点だけちょっと評価して付き合ってはやったんだ。もちろん手も握らせるつもりもなかったよ。その先は医学部合格したら考えてやるって。まあ、あの成績じゃ絶対無理と高を括っていたんだけどね。

 ところが現役は無理だったけど、一浪して合格したのは本当にビックリした。その時に少し考え直したの。やっぱり医者ってイイやん。ダサイのを埋め合わせるぐらいの価値があるんじゃないかって。やっぱりさぁ、医学生の彼氏がいれば自慢できるしさ、見せさえしなければみんなは羨ましがるだろうって。そうやってOK出してやったら和雄君、飛び上って喜んでた。そりゃ、高校の時から夢中だったから当然と思うけど。そこからは私をまるでお姫様の様に扱ってくれたの。悪い気はしなかったよ。うん、正直に言うと気分良かった。

 でもね、私が卒業しても和雄君はまだ三年やん。卒業までまだ三年もかかって、そこから一人前になるまで長いのよね。そこまで待つのは気が重いのが本音だったの。そこに今の旦那が現れたわけよ。考えるまでもなかったわ、あんなダサイのを待つより、そっちを選ぶのが当然じゃない。誰だってそうするに決まってるやん。

 でも旦那との結婚は失敗になっちゃったから、和雄君のことを考え直しても良い気になったの。十年経ったから和雄君も一人前の医者になってるやん。それに和雄君なら、あの頃のように私をお姫様扱いして大事にしてくれるに違いないって。別れの時の言葉はちょっと酷かったけど、あれぐらいなら和雄君ならきっと許してくれるはずだよ。だってさぁ、この私の方からわざわざ頼んであげるんだから、和雄君だって大喜びするに決まってるの。

 でもさぁ、さすがに気にはなったんだぁ。でも会うのをOKしてくれたから心配はなくなっちゃった。だって会うというのは『根に持っていない』って事しかあり得ないもの。実際に会っても、あの時のことなんて話題にすらならかったわ。たぶんだけど、そもそもあの時の事なんて、和雄君にとっては大したものじゃなかったと思うの。よく考えなくと、この私に怒りを向けるはずがないもんね。むしろ話題に出して、機嫌を損ねることの方を怖がったんじゃないかしら。

 ただちょっと意外だったのは即答でOKしてくれなかったこと。絶対に小躍りして喜ぶはずだと思っていたのにガッカリしちゃった。でもね、すぐ理由はわかったの。まだ離婚してないから、今の時点でOKしたら私の不貞になるのを心配したんだって。離婚調停に不利にならないようにOKしなかったんだわ。

 だからね、絶対に和雄君はOKするよ。他の返事は和雄君には存在しないわ。和雄君はねぇ、私しか見れないの。それを知ってるから。なんかコトリちゃんと婚約まで行ってたみたいだけど振ってるでしょう。あれはね、私以外の女じゃダメってことなのよ。和雄君が愛せるのは私だけってこと。

 そうそう、不妊症は笑ったけど旦那が種無しだったから。あんだけ愛人を作っても子どもが出来なかったので検査したらわかったの。私? 私は問題なしよ。さすがに私が不妊症だったらちょっとだけ格好悪いやん。それでも和雄君なら気にもしないと思うけど、まあ不妊症じゃない方が良いもんね。

 もちろん和雄君も幸せになれるよ。だってこの私と結婚だから天にぐらい昇って当然でしょ。なぜか旦那が渋ってるから長引いているけど、この離婚調停が終わったら早く返事をもらおう。もらうまでもなくOKなのはわかってるけどね。

 あの旦那のせいで十年間無駄にしたけど、その分を和雄君に早く埋めてもらわなくっちゃ。そうしてもらわないと私の人生台無しじゃない。和雄君はね、もともと私の物なの。私を幸せにするためだけに生まれて来てるの。その役目をやらしてあげるんだから感謝してもらわなくっちゃ。