第3部後日談編:コトリの部屋にて〜コトリの休日

コトリの部屋にて

 あぁ、今日も忙しかった。ここのところ出張やら、休日出勤やら、研修会やらでゆっくりできませんでした。やっと明日はまともな休日、ちょっと気分転換したいなぁ。こういう時に山本君がいたら、あっちこっち連れて行ってくれるのに。本当に私と終っちゃったのかなぁ。

 それにしてもシオリちゃんの話には圧倒されちゃった。私って山本君のことをなんにも知らなかったんだって。優しくて歴史好きでも十分だったけど、すっごい恋愛遍歴もってたんだ。みいちゃんだってそうだし、あのシオリちゃんもだよ。私はみいちゃんより、シオリちゃんが山本君を好きで付き合ってたって話の方が百倍ビックリしたもん。シオリちゃんって高校のダントツのトップアイドルやん。

 たしかに私のことを天使と呼んでた男子もいたけど、シオリちゃんになると女神様だもんね。顔は言うまでもないけど、スタイルも抜群で女の私でも見惚れそうになるぐらいだもん。女優さんでもあそこまでの美人はいないんじゃないかなぁ。山本君も好きだったんだろうな。でもなんで二年も一緒に住んでなかなか手を出さへんかったんやろ。好みじゃなかったのかな。いや、そんなはずはないと思う。シオリちゃんの美しさは好みの問題なんて超越してるもん。山本君のわかんないところやな。

 もっと気になったのはシオリちゃんが今でも山本君を好きだってこと。それだけは間違いなく言えるわ。あれって好きなんてもんじゃないね。心の底から惚れてるって感じよ。みいちゃんもそうだけど、なんで山本君にあそこまで入れ込めるんだろう。そりゃ、他人のことは言えないかもしれないけど、そこまでイイ男なのかな。でもみいちゃんはともかく、シオリちゃんまでだから、きっと私のまだ知らない魅力があるのかもしれないね。

 そういえばカズ君だったっけ。いいなぁ、私もそう呼ぼう。だってプロポーズまで受けているのに未だに山本君はないもんね。シオリちゃんに悪いけど私もカズ君と呼ぶことにする。だって私は正式の婚約者だもん。その婚約者やけど。本当にまだ婚約者なのかなぁ。でもこの指輪は夢じゃないし、どうみても本気過ぎる指輪だもん。シオリちゃんに見せたらビックリしてたもんね。私だってもらった時は指輪の値打ちどころじゃなかったけど、後でちょっと調べて驚いたもん。完全に特注で間違いないよ。いくらしたんだろう。

 それにしてもシオリちゃんはなんとかするって言ってくれたけど、あれから連絡ないなぁ。シオリちゃんも忙しそうだし。また外国への撮影旅行でも行ってるかもしれないね。まさか焼け木杭に火が付いたとか。それでも仕方がないかもしれない。山本君じゃなかった、カズ君の話をする時の目はゾクッとするほど輝いてた。いやメラメラと燃えてたもん。

 私、これからどうしたらイイんだろう。なんとなく、みいちゃんだけには渡したくないわ。シオリちゃんならどうだろ。私がシオリちゃんほどカズ君を思っているかどうかと言われると自信なくなっちゃうの。そりゃカズ君はイイ人よ。それだけは間違いないわ。優しいし、親切だし、私のことを大切にしてくれてたのはわかってる。職業だって医者だから親にだって堂々と紹介できるやん。結婚相手として玉の輿って言う人もいるけど、実際そうかもしれないと思うもん。

 でもね、カズ君に、みいちゃんどころか、シオリちゃんみたいなライバルがいるとはまさか思わなかった。なんとなく私よりシオリちゃんの方がイイ気がするの。振られて何年も、何年もしても待ち続け、あれだけ想い続けるなんて私には想像できないもん。こればっかりは二年も一緒に暮らしたシオリちゃんだからわかる事がきっとあるんだろうなぁ。それだったら、私も結婚して一緒に住めばわかるんだろうか。そうだったら、やっぱり渡したくないなぁ。知ってみたいもん。

 もう寝よう。ここのところ、時間があると同じ事を考えてる気がする。明日はせっかくのお休みなのに、やっぱりカズ君のいない休日はつまらない。


コトリの休日

 天気も良いし、家に籠っていても仕方がないからちょっとお出かけ。ただ選んでしまったのは鉢伏山。ここはカズ君と最初にハイキングに行った山。今日はあの時の服装と全く同じ、ハイキングに行くなら山ガールスタイルをばっちり決めようと張り切ってそろえたっけ。カズ君が目を丸くしていたのを覚えてる。

 カズ君はと言うとダランとしたジーパンにブカブカのシャツ。カズ君はホントにオシャレのセンスがないの。あの日の服装もよくよくパーツを見ると決して安物じゃないの。私より高いもんじゃないかと思うぐらいだけど、トータルしたら、どうしたらこうなるかわからないぐらいダサイの。逆の意味で天才かもしれない。付き合ってからだいぶアドバイスしてマシになったけど、どう頑張っても最後のところが映えないのよね。たぶん体にピッタリした服が好きでないのが原因だと思うんだけど、どうしても嫌がっちゃうの。嫌がるもんだからそこが締まらないのじゃないかと思ってる。

 じゃスタイルはどうかというと、案外なのよね。そりゃ、さすがに細マッチョとは間違ってもよう言わへんけど、腹は締まってるし基本的に筋肉質なんだ。あんだけピッタリした服を嫌がるから体もブヨブヨかと思ってたら、見てみたら意外だったのを覚えてる。

 体力もあるんだ。私もマラソンやってるから自信があったんだけど、やっぱり平地と山道はちょっと勝手が違ったの。使う筋肉が違うからと思うんやけど、カズ君さっさと登っちゃうんだ。ついてくのに途中から必死になったのを覚えてる。ちょっと休もうって言ったら、そこからカズ君たら急にこまめに休憩とるようになったんだ。それも息を切らしながらよ。でもカズ君が本当は苦しくなかったのはすぐにわかったの。だって汗かいてないんだもん。なのにさ、

    「いやぁ、コトリちゃんにエエとこ見せようと思って無理したらへばっちゃった」
 そんなとこまで気をつかっちゃうんだ。カズ君はいつもそうだった。どんな時でも先回りして気を使って、私が喜んでくれそうなサプライズをしてくれるんだ。でもそうじゃないかっていうと
    「タマタマだよ」
 ウソばっかり。これは悪いと思ったけど、カズ君の部屋に行った時に、こっそりカズ君のパソコンを覗いたことがあるの。そこで私のフォルダーを見つけちゃったの。そこにはね、私を喜ばせる計画がいっぱい書いてあったの。今ままでのもあったし、これからのもあったわ。時間がなかったのでチラッと見ただけだけどビックリした。でも大事にしてくれるってこういうことかと思ってジーンときちゃった。

 ふう、やっと山頂。あの時はここから展望台でランチにしたっけ。それから旗振山の方に行ったんだけど、その前に私がリフトに乗りたかったって言ったら、後日にキッチリまた連れてってくれたよね。私があれしたい、これしたいって言ったら、なんとかしてくれたよね。それも全部だよ、全部。してくれなかった事を思い出せないもん。

 今日はリフトも展望台も行かない。あそこはカズ君とだけしかもう行きたくないし、行ったら思い出に押し潰されそうになるもん。なのに私はなんで鉢伏山に登ってるのかなぁ。もう下りよう。下り道は義経道。人通りが少ないなぁ。あん時もこんなに少なかったっけ。あん時はカズ君がいたから全然気にならなかったのに今日は凄い気になるよ。こんなに寂しい道じゃなかったはずなのに、カズ君と歩いた時にはあんなにワクワクしたのに。

 やっと安徳宮。傍らに皇女和宮銅像があるんだけど、何気なく由来をカズ君に聞いた時にこれもビックリ仰天させられたのを覚えてる。だってさ、あの時は一の谷合戦の話のために登ったんだよ。それなのにこの像を誰がいつ頃作らせて、誰が作者で、全部で五体あって、その行方がそれぞれどうなってって、サラサラ出てくるんだよ。まるで誰でも知ってる話みたいにさ。なのに、

    「タマタマ調べたことがあるから」
 そんなことはないのは後でよくわかったもん。どこに行って、何を聞いても、いつもサラサラと出てくるんだよ。あん時に思ったんだ、これはハイキングじゃなくてフィールドワークだって。そう、カズ君が教授で私が学生って感じ。私も社内では歴女で通ってたけど、カズ君の歴史知識はレベルが違ったわ。カズ君の話についていくのに必死だった。でも楽しかった。歴史の本当の楽しみ方を手取り、足取り教えてくれたもん。おかげで社内の歴女仲間の会話が急に幼稚に思えちゃったの、歴史好きのおじさん連中もね。あんな時間を永遠にカズ君と楽しめると思ったのに。

 さすがにお腹も減ったから”toothtooth”でお茶にしようっと。レスカでケーキセット。やだ、あの時と同じ注文しちゃった。でも今日は一人。どうして一人なの、どうしてカズ君はいないの。今日だってヒョットしたらカズ君が来てるかと思ったんだよ。さすがにバーで会うのは気まず過ぎるから、この太陽の下で『偶然』会えないかと思っちゃったの。でも来てるわけないよね。

 でもやっとシオリちゃんがカズ君の事を、あんなに想い続けている理由が少しだけわかった気がする。カズ君のあの気づかいを同じ屋根の下で二年間も受け続けたら誰だって好きになるよ。抱きたいはずなのに二年も我慢して待ってくれたら誰でも感動するよ。カズ君が優柔不断だって、そりゃそうかもしれないけど、あそこまでいくと格が違うよ。

 やっぱり私、何があっても取り戻したい。みいちゃんにも、シオリちゃんにも譲らない。だってだって私は、カズ君に選んでもらった唯一人の婚約者だもん。ちょっとファイトが湧いてきた気がする。またあの時間をカズ君と過ごすんだ。あの時間を誰にも渡したくない。