第3部後日談編:封印された記憶

 アメリカの撮影旅行は成功、我ながら良い写真が撮れました。今の成功も山本が助けてくれた部分は大きいの。生活も助けてくれたけど、写真もなんだ。写真ってシャッターを押せば誰でも撮れるだけに競争が激しくて、もちろんプロならはではの構図とか色出しもあるけど、それだけじゃ売れないんだ。私もプロとしての技術はあったと思ってたけど、本当に売れなかった。

 そしたら山本が言うんだよ、たしかに上手や『けど』って。私もプロやから『けど』に反応して、素人に何がわかるかって反発したけど、売れるプロはプラスアルファがあるっていわれて黙らざるを得なくなったの。そこで終ってたら今の私はなかったけど、私の写真をパラパラ見ながら『これがエエなぁ』って言うのよ。最初はなにを褒めてるのかわからなかったけど、山本の褒めた写真を並べていたらある事に気が付いたの。そこに答えがあったの。いわゆるプラスアルファってやつ。

 それを物にするのは大変やったけど、ちょうど身に付いた頃に高校の同窓会があったんだ。山本の奴は渋って欠席したけど私は出席したの。その時に、同窓生のツテで仕事が舞い込み、それがキッカケで個展を開くことになり、それが反響を呼んで後はトントン拍子。これは随分後に聞いたんやけど、あれだけ出席を嫌がってた山本が私に仕事が来るようにって同窓生に頼んでたの。絶対良い仕事をするからって。アイツは他人に物を頼む、とくに友達とか同窓生に頼むのは凄く嫌がるのも知ってたから、どれだけ驚き、感謝している事か。でもさぁ、全然そんなこと言わないし、聞いても『ボクはなんにもしてない』としか言わないし、触れられることさえ嫌がるんだ。

 私はね、山本をなんとかしてやりたいの。はっきり言えば、アロンアルファを使ってでもコトリちゃんとくっ付けてやりたいのよ。プロポーズまで漕ぎ着けたから安心していたんやけど、アイツの悪い持病が再発したみたいで悔しいったらありゃしない。ホンマにその時に相談してくれていたら、こんな事にさせなかったのに。済んでしまったことは仕方がないとして、どこから手を付けようかしらん。日本に帰ってからあれこれ考えてたけど、次の仕事もあるからここはコトリちゃんに電凸で正面突破をしてみよう。

    「・・・アメリカ行ってたんやてねぇ、フェースブック見てたよ」
    「ありがとう、エエ写真撮れたよ」
    「ほんまにいつも素敵な写真やわぁ」
 そろそろ本題に切り込もうとしたら、
    「みいちゃんとこに別れ話が出てるみたい」
    「ええっ、離婚するってこと」
    「そうなの。それで山本君にどうしても相談したいことがあるからっていうから教えてあげてん」
 ゲゲ、悪すぎる情報やん。
    「まさか、もう二人は会ったん」
    「うん先々週ぐらいに会ったはずよ」
    「コトリちゃん、あんたなんてことしてくれたの!」
 思わず怒鳴ってしまいました。
    「そんなに拙いことなの?」
    「拙いなんてもんやないよ」
    「なんで?」
 興奮をなんとか鎮めながら
    「みいちゃんと山本君の関係、聞いてなかったの」
    「聞いてたよ。高校の時に付き合ってたけど、手も握らなかったって言ってたよ」
 やっぱり山本はそう言ってたのか。そう言うはずやけど、本当のことはコトリちゃんは知らんよなぁ。
    「ちょっとちゃうねん。山本君は嘘は言ってるつもりはないと思ってるはずやけど、事実と違うんよ」
    「えっ、どういうこと」
 話したくないなぁ。でも話さないと前に進めないから、しょうがないか。
    「良く聞いてね。みいちゃんと山本君は付き合ってたの」
    「そう聞いてる。有名だったもんね」
    「二人の関係は卒業後も続いてたの」
    「えっ、卒業と同時に自然消滅って言ってたよ」
    「そうじゃないの、山本君は結婚を真剣に考えるところまで進んでたの」
 コトリちゃんは言葉をかみしめならが
    「じゃ、やっぱり私に嘘ついてたの。それとも照れ隠し」
    「ここがわかりにくいと思うけど。山本君にとって大恋愛だったの、いや、大恋愛過ぎたと思ってる」
    「それで?」
    「山本君は失恋のショックが大きかったの。大きすぎて、激しすぎたの」
    「うん」
    「だから記憶を封印して、自分に都合の良いものに作り替えちゃったの」
    「どういうこと」
    「みいちゃんとは高校生ぐらいにありがちの淡い純恋だったと思い込むようにしちゃったの」
    「そんなことできるの」
    「二年ぐらいかかったらしいわ。作り替えたついでに色んな記憶も封印しちゃったの」
    「だから私のことも忘れてたし、みいちゃんとの記憶も自分が作って信じ込んでいるものを話したってこと」
    「そうよ。山本君の記憶は自分で作って信じ込んでるのと、事実が適当に入り混じってるの」
    「でもさぁ、だからと言って二人が会ったらどこが拙いの?」
 困った。これはもっと言いたくなくないんだ。許せ山本。
    「山本君は一浪したよね」
    「でも頑張ったじゃない」
    「みいちゃん四年の時に山本君はまだ三年だし、卒業するだけでまだ三年間もあるの」
    「そりゃ、そうなるけど・・・」
    「先に卒業したみいちゃんは、トットと今の旦那と結婚しちゃったんだ」
    「そういえば、みいちゃんの結婚早かったもんね」
    「言い換えれば、山本君は捨てられたのよ」
 ホントに山本よ許してね。すべてはアンタのためんだから、
    「でも、それぐらいの事はよくあるし・・・」
    「そうよ、別にみいちゃんが悪いって話じゃないけど、私は今さら過ぎると思ってるの」
    「それはそうだけど・・・」
 やっと本題に戻れそう
    「聞いておきたいのやけど、コトリちゃんはどうなの?」
    「どうなのって言われても、嫌われちゃって連絡も取れないし」
    「何を嫌われたの?」
    「それがサッパリわからないのよ」
    「山本君に嫌わる前に最後に何かした?」
    「なにかって、えっと、えっと・・・・手紙出した」
    「どんな手紙」
    「ちょっと仕事が忙しくなるから、しばらく会えないってぐらいの内容よ」
    「なんで手紙にしたの?」
    「たまにはラブレターもイイかと思っただけよ」
 ああ、そういう理由だったのか。やっとわかった。
    「山本君はね、コトリちゃんの手紙をサヨナラと読んだからよ」
    「えっ、そんなこと書いてないもん。ただ仕事が本当に忙しくて・・・」
    「山本君は『しばらく会えない』を『二度と会いたくない』と読んだの」
    「そんな風に書いてないし、聞き直してくれたらイイやん」
    「山本君はそういう人間なのよ」
 コトリちゃんは黙り込んでしまいました。
    「山本君は優柔不断だったでしょ」
    「ちょっとイライラするぐらい」
    「ああなったのは、みいちゃんとの失恋からよ」
    「そうなの?」
    「みいちゃんの時の山本君は、そりゃ情熱的だったのよ。洟も引っかけられへんところから、何度も何度も一途に粘り強くアプローチして、みいちゃんの心をつかんだのよ」
    「そんな面もあったんだ」
    「別れる時も相当粘ったらしいの。でも最後は・・・ちょっと言えないわ」
 しばらく間を置いて
    「そんなことがあったんだ」
    「そうなのよ、みいちゃんに失恋してから、山本君は意識してないと思うけど、一種の女性恐怖症になったみたいなの。アプローチは情けないほど優柔不断で、別れる時は少しでも気配があれば瞬時に身を引いちゃうの」
    「でもあの手紙は誤解だって」
    「山本君は誤解かどうか確認して傷つくより、終りを選ぶの。それだけじゃないの、その失恋の記憶もみいちゃんとの時のように封印して、自分に都合のよい記憶に作り替えるのよ」
    「じゃ、私とのも?」
    「その作業に入っているはずよ」
 少し間をあけて
    「でも、私にプロポーズした時はそうじゃなかったやん」
    「そうなのよ。その話を聞いてすごくビックリしたもん。たぶん、みいちゃんを越える彼女だったからじゃないかと思ってるの。だから、やっとみいちゃんとの失恋の呪縛から解放されたと思っていたの」
    「そうなんだ」
    「でも最後の呪縛が残ってた」
    「じゃ、私はみいちゃんを越えてないの?」
    「違うと思う。みいちゃんとの別れはあまりに辛すぎて、これだけは誰にも越えられないものなのよ。一度だけ聞かせてもらった事があるけど、聞いてるだけで辛かったもん」
 あの時の山本の悲しそうな顔を見て、どんだけ聞きだしたことを後悔したことか。世の中には聞いてはならない事があるって、あの時に初めて思ったぐらい。
    「コトリちゃんが言う通り、みいちゃんが山本君を捨てて他の男と結婚したことは悪くないと思うよ。でも、最後の時の話は許せないの。許さなくたって別にどうってことはないけど、離婚してヨリを戻そうとするのは嫌なの」
    「なんとなくわかる」
    「私はね、今さらみいちゃんと引っ付くより、コトリちゃんと結ばれて欲しいの。みいちゃんじゃ山本君を幸せに出来ないのよ、コトリちゃんじゃなくちゃダメなのよ。だから聞きたいの、どうなのよコトリちゃん」
 コトリちゃんはじっと考えていたようですが、意を決したように
    「プロポーズ、凄い嬉しかった。今だって好き。私は今だって山本君の正式の婚約者なのよ。みいちゃんには渡さないよ。絶対に取り戻して、山本君を幸せにする」
 頑張ったぞ山本よ。少しぐらい褒めて欲しいぐらいやけど、まだまだこれは第一歩だ。