第3部後日談編:電話

プロローグ

 もてない男山本は、バーで独りわびしく飲んでいました。そこにつかつかと見知らぬ女性が近づき、親しげに声をかけてきます。どうにも見覚えのない女性でしたが、話してみると高校の同級生らしいことがわかってきます。

 その女性は山本の事をよく覚えているようで、当然ですが山本もその女性を知ってるつもりで話してきます。そのために山本はその女性が誰であるかを聞きそびれてしまいます。どうやらその女性は歴女である事がわかり、話題は歴史に流れていきます。その方が山本にとっても好都合だったからです。

 話題は一の谷の合戦の話に及びましたが、義経が逆落としを行った一の谷がどこであったかに話は進みます。山本は従来の通説に否定的な意見を持っており、これにその女性が興味を示すことになります。

 とりあえず通説の鉄拐山の麓の一の谷を否定するには、『見に行けばわかる』の山本の言葉にその女性は素早く反応し、日曜日に一緒に行く話になります。この女性を一目見た時から魅かれていた山本は、急展開に戸惑いながらハイキングに行くことになります。

 その後も一の谷の歴史ムックをするために、山本とその女性は定期的にバーで会うようになります。山本はそうやって話しているうちに、その女性が誰であるかを思い出すはずと高を括っていましたが、いつまで経っても思い出せません。一方で会えば、会うほどその女性に魅かれていき、どうしても誰であったかを知りたくなりました。

 その女性を知っている可能性のある知り合いとなると、小学校からの幼馴染の女友達ぐらいしか思いつきません。だいぶ疎遠になっているので、聞くのは躊躇われましたが、その女性が誰であるかを知りたいの願いの方が強く旧友に電話します。

 山本の漠然すぎる情報に旧友も苦労しましたが、ついに誰かがわかります。高校時代に天使とまで呼ばれたコトリこと小島知江でした。山本にとって高嶺の花過ぎて、ここまでどうしても結びつかなかったのです。その女性が天使のコトリと知った山本はさらに舞い上がります。舞い上がり過ぎて、ここまで思い出せなかったことまでコトリに話してしまいますが、それもコトリは笑って許します。

 コトリは歴史ムックにも熱中しますが、山本に評価してもらうこと、認めてもらうことに強いこだわりを示します。さらに高校時代にはクラスメートである以外に接触がほとんどなかったはずのコトリが、当時山本が血道を上げていたみいちゃんの件を始めとする様々なことまで知っているのに驚かされます。その理由がわからない山本は戸惑うばかりでした。

 山本は会えば会うほどコトリへの想いが強くなります。話の流れをつかんだ山本は、遠まわしながら交際を申し込みます。しかし、これはコトリに断られてしまいます。落ち込む山本でしたが、断った後のコトリの言葉に微妙な含みを感じ、バーでの歴史ムックは続くことになります。

 一の谷のムックもついに最終回を迎えます。山本は一抹でないどころの寂しさを抱えながらこれに臨みます。今夜が終われば、もうコトリに会えないかもしれない、たとえ別の話題で歴史ムックを続けても、歴史を話すだけのパートナー以上にはなれそうにないと。

 ムックが終わった後にコトリからの話が切り出されます。コトリは高校の歴史の班研究で山本と一緒であったことを話します。山本はそんな事があったのさえ忘れかけていましたが、コトリにとっては歴史の面白さを教えてもらい、自分が歴女になった大事な時間であったことを知ります。

 コトリの後悔は、その班研究の時に部活で十分には参加できなかった事にありました。これをどうしてもキチンとやり直したかったことを山本は知ります。それだけでなく、その班研究を他の誰でもなく山本とやりたかったと話します。

 さらにコトリは話を続けます。山本からのアプローチが嬉しかったこと、そのアプローチを断ったのは彼氏がいたこと、山本との歴史ムックへの熱中で彼氏との仲が悪くなったこと、その彼氏と別れたこと。コトリの話を聞きながらあまりの展開に山本は驚くのですが、コトリはこんな歴史の話をするのが長年の夢であったこと、そういう相手をどこかで探していたこと、そしてその相手は山本であった事がわかったと話します。

 コトリは二人分のチェリー・ブロッサムをオーダーします。このカクテルはバーのマスターと山本の間の願掛けカクテルで、もてない男山本に素敵な彼女が出来た時に祝杯を挙げる約束になっていました。コトリはそのことをマスターから聞き出しオーダーしていたのです。コトリの告白に驚く山本でしたが、喜んで祝杯をあげることになります。


 恋人同士になった山本とコトリですが、歴史ムックを重ねていきます。そしてコトリからの提案で桶狭間の合戦が次のテーマになります。コトリからテーマを提案する時は準備OKのサインで、山本も気合を入れてムックを進めていきます。ムックの方は白熱していったのですが、山本はコトリの態度になんともいえない違和感を感じ始めます。なにかコトリに悪いことでもしたのかと思い、聞いてみてもコトリからは何も悪いことなんてされていないしか言われません。

 そんな時にコトリのことを聞いた旧友から電話があります。天使のコトリと付き合ってることを冷やかされますが、そこで重大な情報を知らされます。コトリの元彼が復縁攻勢をかけているです。それがコトリの態度の違和感の原因とわかりましたが、元彼が誰であるかを聞いて山本は驚きます。

 元彼は高校時代の学校のヒーローであり、アイドルみたいな存在だったのです。山本にすれば、よくあの元彼から自分にコトリが乗り換えたのか信じられないぐらいの相手です。元彼への劣等感を覚えざるを得ない山本に、旧友はそれでも今の本命は山本であるからと励まします。同時にちゃんとアクションを起こさないと奪われてしまうとアドバイスします。アクションの内容を山本は尋ねますが、旧友はそんなもの男ならわかるはずだし、女の自分に言わせるものでないとしか教えてくれませんでした。

 やがてコトリの態度の変化は目に見えてわかるようになります。そんなコトリにいつ別れ話を切り出せられるかビクビクと怯える山本でしたが、なにがあってもコトリだけは譲れないの決意だけは変わらず、旧友の言うアクションが何かを必死になって考えます。

 ついに秘策を思いついた山本はコトリをハイキングに誘います。このハイキングが桶狭間ムックの最終回になります。ムックも終り、ランチも食べ終わった後に山本は最後の勝負に出ます。

 チェリー・ブロッサムの乾杯の真の意味は、彼女が出来たからだけではなく、結婚しても良いぐらい素敵な彼女が出来た時の祝杯だと告げます。いつもと違う山本の言葉と態度にコトリも、静かに話を聞きます。そしてこの日のために密かに準備していた婚約指輪を捧げ、決死の覚悟でプロポーズを敢行します。返事を待つ山本にコトリはNOを告げます。ダメだったかと落胆する山本でしたが、コトリの言葉は続きます。

 コトリは元彼との二股状況になっており、プロポーズを受けられるような女ではないと山本に話します。元彼の話だけは知っていた山本は、その話を知った上でのプロポーズであることを話し、それでもコトリを愛してるから結婚して欲しいと、最後の気力を振り絞って熱弁します。これに感激したコトリは山本の胸に飛び込み、二人は初めての口づけを交わすことになります。

 プロポーズの後に旧友から電話があり、山本がコトリにプロポーズしたことに驚きます。旧友はコトリが山本に不満と物足りなさを抱いていた原因として、優柔不断の山本が付き合ってるにも関わらず、抱くのは愚かキスさえもしてくれない点であったことを話します。旧友が考えていたアクションは、とりあえずキスでもしてあげろの意味だったのですが、それがいきなりプロポーズだったので驚いたのです。

 自分の勘違いに驚く山本でしたが、結果オーライであった事を素直に喜びます。結果としてあの天使のコトリが自分の婚約者になっているのです。婚約者になった山本とコトリは、バーで二杯目のチェリー・ブロッサムの祝杯を挙げることになります。

 そんな二人の後日談です。


電話
    「どうなってるのよ」
 電話をかけてきたのは旧友ですが、開口一番いきなりの怒声はないじゃろ。親しき仲にも礼儀ありやで、
    「『どうなってる』って何の話やねん」
    「何の話も、こんな話もアンタの結婚の話よ」
 コトリちゃんとのことか、
    「ああ、アレ。なくなった」
    「ええっ。どういうことよ!」
 べつに複雑な話じゃなくて、コトリちゃんに嫌われて振られただけのお話です。
    「・・・そういうことやねん」
    「アンタなぁ、ホンマにそれでエエの?」
    「エエも悪いもあらへん。嫌われてまで縋りつく気はないからオワリやん」
    「コトリちゃんからの連絡は?」
    「LINEが何個か入っていたけど、さすがに読む気もせえへんかったからLINEごと消去して拒否にした」
    「・・・・・」
 旧友が絶句してしまったので
    「悪いけどこの話はあんまりしたくないんや。ほんじゃな」
 コトリちゃんに突然嫌われた理由は不明ですが、理由はともかく嫌われた事実が厳然として存在する訳で、私を嫌う相手をどうにかする気は毛頭ありません。まあまあ未練はテンコモリありますが、終わったものは仕方がありません。幸か不幸かこういう経験は何度かありますから、対処法は知っています。と言ってもひたすら時間が傷口を癒してくれるのを待つだけですが、辛いんですよねぇ。