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「カランカラン」
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「当時は美味しいウイスキーがあんまりなかったのもあるのですけどね」
彼女が誰だったか思い出せない状態が続いていますが、とりあえずスタイルはスリムです。スリムといってもガリではなく、見事に引き締まって贅肉がないぐらいと言えば良いでしょうか。元運動部だからなのもあるかもしれませんが、聞くとランニングに凝っているそうで、近々フル・マラソンにも挑戦したいなんて言ってましたから納得です。道理で鉄拐山のハイキングでもスタスタ私についてこれたのが良くわかりました。というか、体力的には彼女の方がどう考えても上なので私に合わせてくれたのかな。
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「高校の時からスタイル変わってないなぁ」
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「ちょっと太った時期もあったんやけど、走り始めてマシになってん」
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「山本君だって変わってないやん」
「そうかなぁ」
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「彼女いるんだ」
「いないよ。とうの昔に逃げられた」
「じゃ、今は空いてるの」
「今どころかずっと空室ありって看板かけてるよ」
「独りで飲んでたもんね」
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「お待たせしました」
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「源平合戦の背景に食い物があったん知ってる」
「養和の飢饉やね」
「あれは一一八〇年の日照りのために一一八一年に凄いことになったんやけど、一一八〇年は頼朝と義仲が挙兵した年なんや」
「石橋山ね」
「養和の飢饉は西国に重く、東国が比較的軽かったとなってるんやけど、一一八〇年中に大雑把には関東は頼朝、北陸は義仲が押さえてしまうんよ」
「押さえたらどうなるの」
「頼朝と義仲は朝敵になるから税金が入って来なくなる。さらに税金だけではなく食糧も入って来なくなり京都は飢えることになるんだ」
「税金は貴族の給料でもあるもんね、荘園からも入らなくなるし。そんなところに富士川の合戦と倶利伽羅峠の合戦のための兵糧調達が行われたらさらに飢えるよね」
「義仲が上洛するんやけど、これで状況がさらに悪化するんだ」
「そっかぁ、今度は平家が西国を押さえて朝敵になっちゃうんだ」
「義仲が都で不評だった原因は他にもあるやろけど、税金問題を解決できなかったからやと思てるねん。義仲が京都にいると頼朝も平家も朝敵になるからね」
「そこで後白河法皇が寿永二年一〇月宣旨をだすわけね」
「義仲も上洛してから順調に平家を西国から駆逐していたら良かったんやけど、そうならへんかったから後白河法皇は頼朝か平家の選択を迫られたわけね」
「迫られたというか、最初から選択は頼朝しかなかったと思うわ。だって後白河法皇は平家を毛嫌いしてたもん」
彼女が寿永二年一〇月の宣旨を知っていたのにはちょっと驚きました。これは頼朝が鎌倉幕府を開く原動力になったともされていますが、頼朝はともかく後白河法皇にはそんな気はなかったぐらいに解釈しています。後白河法皇の狙いとしては、
- 頼朝から東国の税収を確保する
- 義仲を追っ払って北陸の税収を確保する
- 平家を追っ払い西国の税収を確保する
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「寿永二年一〇月宣旨なんてよく知ってたねぇ」
「それぐらい常識やん、って言いたいけど勉強してん。山本君と歴史の話するんやったら、これぐらいはやっとかないとアカンもん」
「そうかな」
「そうよ、覚えてるもん」
しかしも、まさか向こうが覚えていて、こっちが覚えていない状況でこんな関係が始まるなんて夢にも思いませんでした。それでも、まあいいか。こんな素敵な女性と一緒にお酒を飲めて、そのうえ歴史談義を楽しめるなんて夢のような時間です。下手に突っついて終ったらもったいなさすぎます。楽しければ今は満足です。焦らない、焦らない。