医療閑話・おたふくかぜが流行する予測

ムンプスが今年は流行しそうってな話を聞いたので、私の知識整理を兼ねてまとめてみます。


流行予測の「たぶん」大元

IDWRの2016年第1週(1月4日〜1月10日)通巻第18巻第1号感染症週報のものと見て良さそうです。ムンプスは全例報告になっていませんので、発生数は定点と呼ばれる医療機関からの報告になります。ですから定点あたり報告数と言うのは全国にある定点観測所1ヵ所あたりの週間の受診者数(報告数)です。この定点なんですが、感染症発生動向調査年別報告数一覧(定点把握)によると

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こうなっています。ムンプスの調査が行われているのは小児科定点だけのようで、基幹定点にはムンプスは含まれていません。これを基礎知識として一番わかりやすそうなグラフを引用すると、

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一番下の緑の折れ線が平均で、その上のオレンジが1SD、さらにその上の赤線が2SDになります。いずれも過去5年の平均に基づいています。ちょっと見落としそうになりますが、グラフ左端の青の棒グラフが今年の第1週のムンプス報告数になります。おおよそ赤線の2SDに近い1.20ぐらいである事が確認できます。赤線の2SDになるとどれぐらい増えるかと言うと平均の2倍ぐらいのようです。ムンプス患者の発生実数としてはNIDより

感染症法施行以降の1999年4月〜2000年12月の感染症発生動向調査から見ると、全国約3,000 の定点医療機関から、毎週1,100〜4,800人程度の報告があった。2000年末より、最近10年間の当該週に比べて定点当たり報告数がかなり多い状 態が続き、2001年の全国の定点からの患者報告総数は254,711人となり、過去10年間で最多であった。しかし、2002 年には182,635人(暫定データ)となり、減少がみられた。
 報告患者の年齢は4歳以下の占める割合が45 〜47%であり、0歳は少なく、年齢とともに増加し、4歳が最も多い。続いて5歳、3歳の順に多く、3〜6歳で約60%を占めている 2)。

ここでの実数は定点からの報告数になりますが2001年が非常に多かったとしています。年間報告数としては

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過去5年間の年間報告数の平均が9万5000人ぐらいですから、その倍の19万人ぐらいの流行になるとの予測も可能というわけです。19万人も多いと思われるかもしれませんが、この数は定点医療機関で報告された患者数のみです。たとえば定点ではないうちの診療所を受診した患者数は含まれないわけです。小児科を標榜する診療所(内科・小児科も含む)が2011年時点で約2万というデータもありますから、全国のムンプス患者は定点報告数の少なくとも2倍以上の50万人、いやもっと多くて200万人ぐらいと見ることも出来ると思います。あくまでも概算ですがムンプス罹患者数は平均で100万人ぐらいで、大流行となると200万人ぐらいになるってところです。


ムンプスの合併症として髄膜炎は有名ですが、あれは基本的に予後良好です。他に有名な合併症としてはムンプス難聴があります。これは難治性で一度罹ると治らないぐらいに聞いています。一方で頻度は非常に稀とされます。どれぐらい稀かなんですが、ある時に小児科開業医の寄り合い(正式には小児科医会)があり、そこでたまたまムンプス難聴の話題が出たことがあります。なにしろ開業医ですから、集まった小児科医のうち一番若いのが私というベテランぞろいの会でしたが、ムンプス難聴を診たことがあった医師は最長老の医師1人だけでした。

その時は「やっぱり少ないんだ!」と思っただけでしたが、どうもこの知識は怪しそうな研究が出ています。IASR Vol. 34 p. 227-228: 2013年8月号「小児科からみたムンプス難聴について」が一番参考になると思うので引用してみます。まず従来の定説の発生頻度ですが、

ムンプス後の難聴の発生頻度は、従来 1.5万人に1人程度の極めてまれなものとされていた。しかしこの根拠となる研究ではムンプス患者数を地域の人口の半数、あるいは地域の小学生総数の86%とした推計値を用いてムンプス難聴と診断された患者数の比率を計算したものであり、決して信頼に足るものではない。

時にあるのですが、定説の根拠を探ると「えらいあやふやな・・・」ってことが時にあるのですが、ムンプス難聴もそれに近いところがあるようです。で前向き調査をやり直したようです。

2004〜2006年の3年間、小児科診療所を中心とする40施設のグループ研究でムンプス難聴の前向き調査を行った。その結果、20歳以下のムンプス患者 7,400名中ムンプス難聴の発症が7名確認された(図1&表1)。発生頻度は 1,000例に1例(95%信頼区間:1/549 〜1/3,128)であった。

「図1」は参考になると思うので引用しておくと、

7833例を前向きに調査して7例のムンプス難聴を発見したので、発生頻度は従来の定説の1.5万人に1人の約15倍の1000人に1人の可能性があると結論しています。これは100万人のムンプス患者が発生すれば1000人、200万人なら2000人のムンプス難聴患者が発生することを意味します。


なぜ小児科医はムンプス難聴に気が付かないか?

IASRの研究より、

ムンプス難聴は多くが片側性で、健側の耳が聴覚を補うとされており、確かに小児では片側ろうであっても本人も周囲も発症に気づいていないことが珍しくない。

たしかに。そりゃ、小児科医が普通に診察しただけじゃそう簡単には気が付きません。とくに乳幼児ならなおさらです。つうか聞こえの問題なら小児科より耳鼻咽喉科を受診する事が多いとするのが自然です。ベテランクラスの小児科開業医でも経験が少ないのはこの理由のためで、診ることが少ないので1.5万人に1人の稀な合併症を信じる根拠となっていたのかもしれません。これは耳鼻咽喉科の意見としてありましたが、後年になってやっと難聴に気が付いて受診しても、これがムンプスによるものかどうかの判断は当然として難しく、突発性難聴とか、原因不明の難聴として片付けられている部分は多いのではないかの意見に私は同意します。

とにもかくにも、罹ったら最悪1/1000の確率でムンプス難聴が起こりますし難治性です。ですから、一番有効な予防方法はムンプスにならない事になります。つまりはワクチンを接種しておこうです。ワクチンの効果は諸外国の例はタンマリあるのですがわが国でもNIDに、

流行性耳下腺炎は我が国でも毎年地域的な流行がみられており、1989 年の流行までは3〜4年周期で増減が見られていたが、同年のMMR ワクチンの導入により、1991年にはサーベイランスが始まって以来の低い流行状況となった。その後緩やかに患者報告数が増加し、1993年にMMRワク チンが中止されたこともあって、1994年以降再び3〜4 年周期での患者増加が見られるようになっている。

MMRがわが国のワクチン行政のトラウマになっている点は今日は置いときますが、接種期間中は患者減少に効果はあったとなっています。ムンプス接種はMMRのトラウマから未だに公費接種化していませんが、ムンプス接種は今でも普通に可能です。ただ気になる情報がありまして、当地ではそんな気配は感じないのですが地域によってはムンプスワクチンが不足気味のお話があるようです。

これも定番のお話で、とにかくワクチン生産はコチコチの計画生産です。平年より少し需要が増えただけで供給はすぐに逼迫します。極端なのが成人の麻疹や風疹流行があったときで、瞬く間にワクチンは愚か、検査も出来なくなります。どれぐらいの人がムンプス流行の話を聞いて動いたのか不明ですが、ほんの少し動いただけでも地域によっては払底していると言われたら可能性は十分にあるところです。それでもお勧めしておきます。なにしろ一生残る後遺症ですから。