年料舂米の輸送コスト

計量単位の基礎知識

律令期の米はもみ殻どころか穂先を切り取った穎稲で課税され保存されています。この穎稲を計る単位が束で

    1束 = 穎稲1斗
こうなっています。これを脱穀したものが舂米になります。舂米は玄米も白米も含む定義になります。穎稲と舂米の関係は
    穎稲1斗 = 舂米5升
脱穀すると半分になります。もう一つのポイントは律令期の計量単位は現在の尺貫法の0.4掛けであった事です。簡単には、
    1斗 = 4升
これぐらいを基礎知識として解説しておきます。それとなんですが、延喜式には束単位と石単位が出て来ます。これをどう解釈するかが問題(つうか判らない)なのですが、今日は束単位で表示される時は穎稲で計算したもの、石単位で表示される時は舂米と見なす事にします。


年料舂米とは

これは延喜式を読みながらの推測ですが、保存時は穎稲、輸送時には舂米にしたんじゃないかと考えています。でもって律令期の税制は後世と違い米に対する税率は非常に低く、さらに米は中央ではなく地方の財源となっています。中央の財源は庸調の物品が主体になりますが、中央も米を食べますからそのために出来た制度が年料舂米ぐらいに考えています。後に中央は肥大し、本来は労役であった庸を物納にした庸米の比重が増え、さらに庸米が不足しだすと年料租舂米制度も出来ますが、もともとは年料舂米が中央の飯の種であったぐらいに理解しています。

その年料舂米ですが庸や調と違い輸送費が出ます。延喜式

右廿二國,各以正税舂運。白米送大炊寮,鄢米送省及内藏寮。其運送徭夫,竝給路粮

「其の運送徭夫に路糧を給す」と記されています。年料舂米国は指定であり、その旅程も延喜式で日数が定められています。ここから輸送コスト的なものが算出できるんじゃないかが今日のテーマです。


年料舂米国

年料舂米国と旅程を表にまとめてみます。

国名 旅程 年料舂米(石)
上り 下り 海路 舂米
伊勢 4 2 0 1070 30
尾張 7 4 0 1080 20
三河 11 6 0 700 0
近江 1 0.5 0 1750 30
美濃 4 2 0 1420 30
若狭 3 2 0 200 0
越前 7 4 6 704 20
加賀 12 6 8 455 20
丹波 1 0.5 0 520 26
丹後 7 4 0 500 0
但馬 7 4 0 500 0
因幡 12 6 0 400 0
播磨 5 3 8 1140 24
美作 7 4 0 1100 24
備前 8 4 9 1190 0
備中 9 5 12 106 0
備後 11 6 15 1196 0
安芸 14 7 18 600 0
紀伊 4 2 6 200 0
讃岐 16 8 14 1400 30
伊予 16 8 14 1400 20
土佐 35 18 25 400 0
このうち備中なんですが延喜式には

備中國。【大炊一百五石五斗九升,糯廿石。】

確かにこうなっているのですが近隣国と較べてエラい少ない気がします。年料租舂米では1000石の割り当てになっていますから、千の単位の書き落としの可能性も考えていますが、今日はそのままにしています。

もう一つ旅程の規定に陸路と海路があります。これもどう解釈するのかですが「どうも」選択の様です。つまり陸路を使った場合と海路を使った場合の表示みたいなもののようです。そういう解釈をしているペーパーどこかにあったのですが、ほいじゃ絶対に海路が必要な讃岐や伊予や土佐はどう解釈するんだの謎が出て来ます。実は延喜式の海路もボチボチ手を付けてはいるのですが、なかなか手ごわく未だにまとめ切れていません。そこで単純化してすべて陸路日程で今日は考える事にします。


輸送モデル

wikipedia

馬を用いて輸送する場合には1頭あたり3俵を運ぶと決められていたことが判明している。

律令期の1俵は5斗ですから馬1頭に付き15斗になります。これに馬丁が1人附くのを基本モデルとします。こう考えた時に問題は馬丁と馬の食糧をどうするんだの問題が出ますが、馬は路傍の草を食べ、馬丁は自分の食糧を背負ったと仮定します。そうでもしないと米が運べないからです。


路糧

これが私の探す限り見つけられません。そこで諸國運漕雜物功賃を参考にします。ここには1駄ごとの雑物輸送の功賃が出ています。この功賃なのですが、原則は上り旅程1日あたり3束となっています。私も確認しましたがおおよそ、そうなっているところが多いです。路糧の支給も全日程ではなく上り日程だけの可能性も出てくると言うところです。それと諸國運漕雜物功賃は路糧ではないと考えます。たとえばですが因幡からの上り旅程は12日で功賃は36束(延喜式でもそうなってます)になります。輸送モデルでは1セットで15斗運べますが、功賃の36束は舂米換算で18斗になり運べば運ぶほど中央の米が逆に減ってしまう計算になります。つまりは、

    路糧食 ≠ 功賃
こうなる訳です。他に参考になるデータは、

右運漕,功賃並依前件。其路粮者各准程給,上人日米二升、鹽二勺,下人減半。

こちらの可能性が高い気がします。路糧とは1日あたり米2升、塩2勺ではなかったかです。この1日あたり米2升と言うのは軍防令をムックした時の兵士1人当たりの1日分の糒の量と同じです。どうも延喜式ではそういう計算になっている気がします。では陸路でコストを試算してみます。

国名 旅程 年料舂米(石) 発生コスト試算(米のみ) 差引米量(石)
上り 下り 舂米 総輸送量 必要セット 上りのみ 全旅程 上りのみ支給 全日程支給
伊勢 4 2 1070 30 1100 733 59 88 1041 1012
尾張 7 4 1080 20 1100 733 103 161 997 939
三河 11 6 700 0 700 467 103 159 597 541
近江 1 0.5 1750 30 1780 1187 24 36 1756 1744
美濃 4 2 1420 30 1450 967 77 116 1373 1334
若狭 3 2 200 0 200 133 8 13 192 187
越前 7 4 704 20 724 483 68 106 656 618
加賀 12 6 455 20 475 317 76 114 399 361
丹波 1 0.5 520 26 546 364 7 11 539 535
丹後 7 4 500 0 500 333 47 73 453 427
但馬 7 4 500 0 500 333 47 73 453 427
因幡 12 6 400 0 400 267 64 96 336 304
播磨 5 3 1140 24 1164 776 78 124 1086 1040
美作 7 4 1100 24 1124 749 105 165 1019 959
備前 8 4 1190 0 1190 793 127 190 1063 1000
備中 9 5 106 0 106 71 13 20 93 86
備後 11 6 1196 0 1196 797 175 271 1021 925
安芸 14 7 600 0 600 400 112 168 488 432
紀伊 4 2 200 0 200 133 11 16 189 184
讃岐 16 8 1400 30 1430 953 305 458 1125 972
伊予 16 8 1400 20 1420 947 303 454 1117 966
土佐 35 18 400 0 400 267 187 283 213 117
最後のコストのところをトータルで表すと
総輸送量 上り支給 コスト率
18305 2096 11.5%
全支給 コスト率
3196 17.5%
今回は海路のコスト試算が間に合わなかったのですが、とくに瀬戸内沿岸諸国はもっとコストの削減は可能と予想しています。でもって最大の謎は年料舂米国に何故に土佐が入っているんだろうです。高知県は今でさえ関西からでも遠い県です。陸路はトンデモありませんが、海路も外洋を通るため難度の高いところです。それでも年料舂米国に指定され年料租舂米国にも指定されています。まあ直線距離で近いと言えばそれまでですが、それなら淡路はともかく阿波が入っていないのはどういう理由だろうと感じた次第です。