バッタもん日記様の
ここから議論は展開するのですが、私も教養はあった方が良く、広い方が好ましいと思っています。ちきりん氏は実用性に重点を置かれているようなので、その視点で考えてみます。日本の産業構造は古典的な分類では第三次産業にシフトしています。たしか第三次産業も細分化されて第六次ぐらいまであった気がしますが、平たく言うと営業系のお仕事が増えているぐらいの理解でもそんなに的外れでもないと思っています。営業で大事なのは客とのコミュニケーション能力です。セールスなんてなればモロです。セールスと言ってもピンキリなんですが、仕事の話だけしか出来ないセールスマンはイマイチと思っています。是非はともかくたとえば接待系の業務。接待される側はこの時にずっと仕事の話しかされなかったら、はっきり言ってウンザリです。次に接待どころか、セールスさえ受ける気がなくなります。コミュニケーションには雑談能力が必要です。それも営業をかける側へのコミュニケーション能力です。ここも平たく言えば、相手が好む話題に「乗れる」事が求められます。でもって、相手がどんな話題を好むかはそれこそ千差万別です。この時に十分な知識とまで言いませんが、基礎的な知識が無いと話の盛り上げようがありません。たぶん理想は
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それそこ知っているが不十分
もうちょっと違ったもので、なおかつ人生で非常に重要な時間として好きな異性との会話があります。これも営業と類似していまして、相手を喜ばす会話能力が必要です。相手が好きと言う感情は問答無用の前提条件ですから、「高嶺の花」と思っても突進していくのが恋です。ですから相手がどんなジャンルの話題が好きであっても受けて立つ必要があります。この時も口を開けば仕事の話しか出来ず、相手の話を「まったく」受けられないような人物は、
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つまらない人
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いろいろ教えてくれる人
今日のお話は某所の議論を踏まえているのですが、実用一点張りの知識習得に否定的なのは共通していましたが、スタンスが関西人系と関東人系では微妙に違いました。関東人は教養の広さを、そうですね、トンデモ科学のリテラシーとか、詐欺商法の防御策として必要の観点から論じる人が目立ちました。大雑把にいえば、広い意味での実用主義です。ほいじゃ、関西人はどうかと言うと、そういう点もあるのは認めても、重視するのはチト違います。ひたすら、
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会話の面白さ
そういうボケやツッコミをやるために相手の知識量・教養量を常に計りながら会話をしているのが関西人であり、会話の中に常に細かいボケとツッコミが織りなされるのが関西人の会話でありコミュニケーションとしても良いかと思います。この時に実用一点張りの狭い知識しかない奴はボケにもツッコミにも無反応な「オモロない奴」の烙印を速やかに押されます。「ノリが悪い」「つまらん奴」の評価が付くのは関西で暮らしていく上で大きなデメリットです。一方で関東人とはちょっと視点が違うんだと感じた次第です。これも受け売りですが人生の会話の9割以上は無駄話とも言われています。その無駄話が少しでもオモロい方が人生は豊かになると言うところでしょうか。こんな具合に展開して丸く収まりそうだったのですが、最後の最後に、
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それは関西系の考え方だね