注目して良さそうな裁判

特定社労士しのづか 「労働問題の視点」より、

これをソース元にさせて頂きます。孫引きなんですが2011.3.23付日経新聞より、

月に最大200時間の残業を認めた労使間協定と、それを受理した労働基準監督署の対応は違法だとして、過労自殺した男性(当時24)の遺族が22日、国と会社に約1億3千万円の賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。原告側弁護士によると、民間企業での過労自殺を巡って国の行政責任を問う訴訟は初という。

訴状によると、男性は2007年にプラント補修大手の新興プランテックに入社し、補修工事の監督などを担当。同社は組合と「納期が切迫すれば時間外労働を月200時間まで延長できる」との協定を結んでおり、男性は08年7月には残業時間が月218時間に達し、同8月に精神障害を発症。同11月に自殺した。千葉労基署は10年9月に労災認定した。

労働基準法は時間外労働を延長する場合、労使間協定を労基署に届け出ることを義務付けている。延長は原則月45時間までだが、建設業など一部業種には上限を設けない例外規定がある。

原告側の川人博弁護士は「月200時間という残業協定は異常で、例外規定自体も違法の疑いが強い。事後に労災を認めてお金を払えばいいという問題ではない」と主張。会社側に是正を求めないまま協定を受理した労基署の責任を問うとともに、訴訟を通じて労働行政の改善を求める考えを強調した。

いつかは出そうな訴訟でしたが、まずおさらいをします。


普通の限度

厚労省の時間外労働の限度に関する基準のパンフレットみたいな物のようです。ここには、

時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号)36協定において定める労働時間の延長の限度等に関する基準です。労使は、36協定の内容がこの基準に適合したものとなるようにしなければなりません。(労働基準法第36条第3項)

平成10年労働省告示第154号には

第3条 

 労使当事者は、時間外労働協定において一定期間についての延長時間を定めるに当たっては、当該一定期間についての延長時間は、別表第1の上欄に掲げる期間の区分に応じ、それぞれ同表の下欄に掲げる限度時間を超えないものとしなければならない。ただし、あらかじめ、限度時間以内の時間の一定期間についての延長時間を定め、かつ、限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない特別の事情が生じたときに限り、一定期間についての延長時間を定めた当該一定期間ごとに、労使当事者間において定める手続を経て、限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる旨を定める場合は、この限りでない。

いちおう限度時間の表を作っておくと、

期間 限度時間
1週間 15時間
2週間 27時間
4週間 43時間
1ヶ月 45時間
2ヵ月 81時間
3ヶ月 120時間
1年間 360時間


延長限度の例外については三六協定の基礎知識-10のポイントから、

延長限度基準には、つぎの例外取扱いがあること。

(1)適用除外

1.建設の事業、2.自動車の運転業務、3.新技術等の研究開発業務、4.季節的要因により業務量の変動が著しい業務等であって指定されたもの=6業務(H11.1.29基発第44号にて指定済み、なお、4.の業務は1年間についての限度時間は適用されます。)

(2)特別条項付き36協定

「限度時間を超えて延長しなければならない特別の事情が生じたとき」への対応として、36協定の「特別枠」を設けておく仕組みであり、特別条項には4つの条件=1.原則の延長時間、2.具体的な特別の事情、3.労使協議の手続、4.特別事情による延長時間の限度、を記載することが必要です。なお、特別延長時間とその限度回数(この回数は特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないこと)の記載を要します。前記の労使協議の内容は記録に残すことを要しますが、労基署への届出は必要ありません。

2.有害業務における延長時間の制限(第36条1項但書)

「坑内労働その他省令で定める健康に有害な業務」(10種類=則18条)については、1日2時間が延長の上限とされています。法定労働時間に加えて、1日2時間の意味であり、通常の場合は1日、8時間+2時間=10時間まで労働させることができます。(変形労働時間制においては、当該特定された1日の変形法定労働時間から2時間までとなります。)

なお、 休日労働の場合も、1日10時間までに制限を受けることに注意を要します。また、有害業務に従事する時間が10時間までの意味であり、有害業務以外の業務従事時間は除いて判断します。(S41.9.19基発第997号)有害業務について、1日2時間を超える36協定を結んでも、その部分は無効となります。

特別条項付き36協定についての厚労省パンフの説明を一部引用しておきます。

一定期間における延長時間は、1 か月4時間とする。ただし、通常の生産量を大幅に超える受注が集中し、特に納期がひっ迫したときは、労使の協議を経て、6 回を限度として、1か月60時間までこれを延長することができる。なお、延長時間が1か月45時間を超えた場合の割増賃金率は30%とする。

これだけ読めば日経記事にある

    同社は組合と「納期が切迫すれば時間外労働を月200時間まで延長できる」との協定を結んでおり
こんな36協定など結べそうな気がしないのですが、現実に結ばれているのは既に周知の事実です。それもコソッとどころか新聞記事に堂々と年間1440時間と特別協定360時間なんてものが出るからです。


解釈のアドバイス下さい

ここは法務業の末席様のアドバイスが欲しいところですが、私の感触としては平成10年労働省告示第154号3条の但し書きにありそうな気がしています。

    ただし、あらかじめ、限度時間以内の時間の一定期間についての延長時間を定め、かつ、限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない特別の事情が生じたときに限り、一定期間についての延長時間を定めた当該一定期間ごとに、労使当事者間において定める手続を経て、限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる旨を定める場合は、この限りでない。
行政文とか法律文の読み方はそれ用の知識が必要なんですが、但し書きを素人が素直に読むと限度時間を超えるケースとは上記した特別延長のような例外的なケースを指す様に思います。そのためにわざわざ作ってあると思うのですが、現実の運用を見るとどうもそうではなさそうで、もっともっともっと広義に解釈すると理解した方が良さそうです。つまり特別延長も36協定の結び方の選択枝の一つに過ぎず、もっとも重視されるのは文末の、
    この限りでない
ここにある様な気がしています。この一文で労使さえ合意すれば36協定の限度時間はその気があれば青天井になるんじゃなかろうかです。そうでも考えないと年間1000時間を越えるような36協定が平然と公式に存在する理由が私には理解できません。つまりは但し書きにより限度時間はザルになっているぐらいです。私が注目したところが原因なのかどうかは不明としても、現実がザルなのは極めて明瞭です。


届出と認可

条文系のネタをしばしば扱うので泥縄式に知識が入るのですが、届出とは法律解釈的には書類等の不備さえなければ、これを行政サイドは拒否できないというのが原則だそうです。そうとも言い切れないなんて感触を時に持ちますが、その辺は運用のお話です。一方で認可となると、届出を受け取った上で許可するのは検討の結果みたいな感じと解釈しています。

36協定は届出であるため、書類等に不備が無ければ労基署は受け取りを拒否できない事になります。具体的には三六協定の基礎知識-10のポイントより、

  1. 36協定は、締結のみならず、所轄労働基準監督署長への届出が効力発生要件とされています。
  2. 届出は、法令様式(通常、様式第9号)によることが必要です。この場合、協定書そのものの提出は必要ありませんが事業場に保存を要します(S53.11.20基発第642号)。なお、法令様式第9号を協定書として利用することは可能であり、この場合は、同様式の当事者欄に双方の捺印等を行ないます。
  3. 届出が形式上の要件を具備している限り、届出の履行がなされたと解されます(但し、実質を欠き違法な36協定が有効になるものではありません)。
  4. 所轄労働基準監督署長には、届け出られた36協定について、必要な助言指導を行なう権限が付与されています(第36条4項)。

たぶんなんですが冒頭の日経記事で訴訟として争われているのは、

    但し、実質を欠き違法な36協定が有効になるものではありません
ここについて争われているんじゃなかろうかです。厚労省にとって過労死問題は大きなものでしょうし、過労死防止の対策を幾つも打ち出しています。wikipeiaからですが、

『脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について』(平成13年12月12日付け基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達)による。同通達は「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」とした。

一般的に月に80時間なんてのが広まっていますが、それが労基局の過労死基準であるのなら、それを上回る36協定を届出であるとは言え受理してしまうのは問題がありすぎるのではないかぐらいでしょうか。実際にそんな36協定の下で働き死亡し労災認定を受けた人が出ているのだから、これはおかしすぎるの訴えぐらいの解釈です。

既に結審となり年内には判決が出る見込みだそうです。届出だから労基署にとって無問題として門前払いにするのか、何か踏み込んだ判断を示すのかは注目しておいても良い気がします。あえて労働者にとって甘い方の予測をすれば、届出の受理自体は合法的として認めても、「必要な助言指導」の不徹底ぐらいに注文を付けるぐらいはあり得るかもしれません。


でもこの世はもっとブラック

多くの人が知っていますが、月200時間であれ、年間1440時間(+360時間)であれ、働いた分だけ時間外手当を支払う企業は「マシ」とされる実態もまたあるのが実情です。実態としてはどこにもカウントされないサービス残業がテンコモリある企業が山ほどあるのはあえて指摘する様なレベルでさえありません。ですから36協定を普通の限度時間なり特別協定の範囲内に書類上押し込んだら、今度は36協定分以上は根こそぎサービス残業に転嫁されるだけの見方もあるぐらいです。

日本の過労死対策は残業時間の制限より、まともに残業代を払わせる段階ぐらいで、それさえなかなか難しいのが実情としても良さそうです。本当にまともに払えば、残業代より人手を増やそうの動きになるとの期待ぐらいでしょうか。もっともそんな事をすれば、最高裁で不受理になり直近に確定した極類似訴訟をあえて控訴する元運輸官僚知事とか、そういう実態を良く知っているのに「残業特区」を作るのに熱心な元弁護士知事とかおられますから、まだまだ大変そうに思っています。