医学生の質は本当に下がったか?

モトネタは9/19付m3からで、

リンク先が読めない人は全文引用するにはチト長いので今日はゴメンナサイします。


統計的アプローチ その1

同じ母集団から同じ数の人数を上位から集めれば至極単純に母集団が大きいほど質は上り、小さいほど下がります。ここでの質とは漠然としていますが「優秀な医学生」とします。どう優秀かは論じると中途半端に長くなるのでとにかく「優秀な医学生」です。では実際にどれぐらいの変化があるかですが、人口動態統計より15-19歳人口の年次推移を見てみます。

学力低下がいつの時代に較べてかが書いていないのですが、たとえばこのグラフでピークの1990年に較べても医学生選抜のための母集団は4割程度減っています。念のために喩えを書いておくと上位から同じ10人を選ぶとしても100人から10人と、60人から10人であれば明らかに「優秀な医学生」の比率は落ちるであろうの考え方です。これが質の低下に連動していると結論付ければ一つのFAになります。

これは医学部に限った話ではなく、すべての大学に共通して起こる現象と言うか課題とは思います。それを踏まえた上で医学部だけとくに著明であるとしているかどうかは記事からは不明です。


統計的アプローチ その2

母集団の減少に比例して優秀な学生の比率が落ちるのは統計的必然ですが、これは医学生になる上位比率が昔も今も同じであるとの前提が必要です。優秀な学生の比率は下がっても選抜層がより上位にシフトすれば比率の低下をある程度代償する部分はあるはずです。上位比率はこれまた単純に偏差値で代用できると考えますが、非常に端的な数値を出しておきます。元ソースは大学受験.comからであえて下位10大学のデータを示します。

大学名 予備校偏差値
代々木ゼミ 河合塾 駿台
聖マリアンナ医大 61.0 62.5 56.0
川崎医大 63.0 62.5 54.0
岩手医大 61.0 65.0 56.0
獨協医大 62.0 65.0 55.0
帝京大 61.0 62.5 59.0
東海大 62.0 62.5 59.0
埼玉医大 64.0 65.0 55.0
金沢医大 64.0 65.0 57.0
福岡大 65.0 65.0 57.0
東京女子医大 65.0 59.0 62.7


駿台の偏差値が他の2校に較べて辛い印象ですが、とにかく驚きました。私が受験した頃がどれぐらいであったかですが、もう少し、いやかなり低かったと記憶しています。大雑把に言えば偏差値にして5ぐらいは確実に低かった気がします。誰か覚えている方がおられたら確実な情報が欲しいところですが、今日は私の記憶に頼ります。

非常に大雑把で申し訳ないのですがかつては底辺とも三流とも揶揄された私立医大への偏差値が55ぐらいだったのが、現在は60ぐらいになっていると考えられます。偏差値で55から60に上ると言うのは大変な事で、偏差値55なら上位30%ぐらいなら合格圏に入れますが、偏差値が60になれば半分の15%ぐらいになります。偏差値からするとかつては上位30%以上が母集団であったのが、現在は上位15%ぐらいに上っていると推察されます。

母集団の減少と選抜集団の上位シフトは非常にドンブリですが相殺される部分はありそうに思います。具体的にシミュレートしてみます。シミュレートの前提は母集団100人で考えてみます。

時代 母集団 入学可能圏
上位30% 上位15%
1990年頃 100人 30人 15人
2010年頃 60人 18人 9人


表にするほどのものではないのですが、1990年頃は上位30%の30人の中から医学生が選ばれていました。2010年頃の母集団が減った状態で上位30%とは18人になります。1990年頃の30人と2010年頃の18人は質的に同じとみなせます。ここで合格圏の上位シフトがあり2010年頃は18人の中のさらに上位9人の中から選ばれている事になります。あくまでも統計的のみの見方ですが下がっているというより上っているとも解釈可能です。

ただここも微妙な点は残りまして、母集団が小さくなると競争も減り、全体のレベルがダウンしているんじゃないかの見方も出てきます。つまり2010年頃の上位9人と1990年頃の上位30人を本当に上回っているかです。そこまで言われると私では見当もつきませんが、人として持っている資質は均等に出現するの前提からすれば今の方がむしろ質は上っている可能性はあります。


統計的アプローチ その3

ここで問題なのは医学生の質を何で以って比較しているかどうかです。m3記事からです。

全国医学部長病院長会議は9月19日の記者会見で、「医学生学力低下問題に関するアンケート調査結果2013年」を公表、2008年度の医学部の入学定員増を機に、留年者、休学者、退学者がいずれも増えており、多くの教員が医学生学力低下を実感している実態が明らかになった。

「留年者、休学者、退学者」が一つの目安のようですが、このうち留年者数は調査可能です。ソース元はe-statにある学校基本調査です。ここには御丁寧な事に学部毎の留年者数まで集計されています。e-statで遡れるのは1997年度までですが、16年前なら十分「昔」と出来るかと考えます。実際のところm3で意見を述べられている方も学生時代はともかく教官としては、それ以前について良く御存知の方は少ないかと考えるからです。では表を示します。

年度 在学生数 留年者数
合計 1留 2留 3留 4留以上
人数 留年率 人数 留年率 人数 留年率 人数 留年率 人数 留年率
1997 47,185 1,980 4.20 1,100 2.33 396 0.84 183 0.39 301 0.64
1998 47,442 2,003 4.22 1,196 2.52 389 0.82 180 0.38 238 0.50
1999 46,807 1707 3.65 950 2.03 397 0.85 160 0.34 200 0.43
2000 46,697 1,751 3.75 1,044 2.24 338 0.72 190 0.41 179 0.38
2001 46,655 1,879 4.03 1,105 2.37 414 0.89 162 0.35 198 0.42
2002 46,410 1,715 3.70 1,023 2.20 367 0.79 160 0.34 165 0.36
2003 46,258 1,645 3.56 1,034 2.24 322 0.70 140 0.30 149 0.32
2004 46,207 1,571 3.40 986 2.13 309 0.67 132 0.29 144 0.31
2005 46,256 1,652 3.57 1,022 2.21 328 0.71 145 0.31 157 0.34
2006 46,190 1,530 3.31 907 1.96 319 0.69 146 0.32 158 0.34
2007 46,248 1,413 3.06 801 1.73 323 0.70 134 0.29 155 0.34
2008 46,610 1,503 3.22 908 1.95 302 0.65 138 0.30 155 0.33
2009 47,496 1,455 3.06 899 1.89 305 0.64 116 0.24 135 0.28
2010 48,615 1,377 2.83 806 1.66 300 0.62 130 0.27 141 0.29
2011 49,693 1,341 2.70 811 1.63 266 0.54 131 0.26 133 0.27
2012 51,650 1,392 2.70 824 1.60 292 0.57 137 0.27 139 0.27

医学部定員増の影響で在学生数が増えていますから率でも計算しておきましたが、留年者は人数で約30%、留年率で約35%減少しています。他の表現としては16年前は100人に4人強の割合で留年者が存在していたものが、現在は120人(定員増のため)に3人弱です。さらに4留以上のヌシみたいな医学生も16年前の半分以下です。留年率をグラフにしておくと、
医学生の質が良くなっているの傍証は伝聞でも聞いたことがあります。あくまでも伝聞の1例報告ですが、最近の講義出席状況は非常に良いらしく、
    前に座るのが大変
こんな状態に陥るそうです。大学によって変わるでしょうが、私の頃にはポリクリの時に初めて教授の顔を見た(要するに講義なんて出席した事がない)とする豪の者が少なくありませんでした。ポリクリで初めてはさすがに豪快としても、片手ほどしか講義によっては出席していない医学生はさほど珍しいとは言えませんでした。その時代からすると真面目さは雲泥の差です。
どうも話に違和感を感じます
m3記事より、

多くの教員が医学生学力低下を実感している実態が明らかになった

でもってどんな実態かもm3記事より、

  1. ただし、4年生が受ける共用試験(OSCEとCBT)の平均点、最低点には変化はなく
  2. そのほか教員への調査では、一般問題と臨床実地問題の合格基準が相対評価であり、国試の合格率は約90%に設定されているため、最低合格ラインが上がり、「国試は資格試験ではなく、競争試験になっている」との指摘も出ている。

とくに2つ目はチョット待ったと感じます。国試の難度については去年まで准教授をされていた信頼できる人物より

    難度は間違い無く上っている
こういう情報を頂いています。難度が上った国試の正答率が上り、留年率も下がっていると言う事は医学生の質が素直に上っていると取るべしではないでしょうか。つうかデータとして記事と言うか全国医学部長病院長会議が示しているものは非常に断片的かつ曖昧なものです。

  • 留年は1年、2年生に多い。2012年度の1年生は9023人。留年等がゼロであれば、2013年度の2年生は9023人のはずだが、実際には9725人。700人以上は2年生の時点で留年していることが分かる。
  • 経年データがある53大学(国立30校、公立2校、私立21校)に限ると、2年生の留年者は、2008年度321人、2012年度472人で、有意に増加(P=0.0037)。50大学のデータでは、2012年度の2年生の休学者115人でトレンド検定で有意な増加傾向が認められ、2年生の退学者は46人だった。

大学も言うまでもなく学校であり、学校は学生を管理します。ある年のある学年に何人の学生が在籍し、それが誰であり、さらにどんな成績を残しているかは基本中の基本かと存じます。その中に休学とか、留年も当然のように含まれます。なけりゃ嘘です。「経年データ」の有無としていますが、ほんじゃ53大学以外はたかが2008年度程度のデータさえ保管していないなんて信じられません。だいたい学校基本調査で毎年データを文科省に提出しているわけであり、e-statで調べても1997年度まで遡れます。それが何故にここまで曖昧なものに終始しているかです。

休学者数は学部別まで公表はされていませんが学校基本調査の元データにはしっかり残されていると私は考えます。こういうデータは必要な研究には利用できるはずですし、たかが80大学しかないのですから、調査表のコピーからでもデータの再現は十分に可能なはずです。コピーが拙けりゃ、自分で作成すれば良いだけです。元データは大学自身が記入し報告しているからです。一方で妙に力説しているのは感情論と言うか精神論が主体でたとえば、

医学部長らの自由意見では、学力低下の詳細として、(1)基礎学力の低下、(2)社会規範の欠如(遅刻、欠席、教員の指示に従わない、授業態度不良、呼び出しに応じない、など)、(3)メンタルな問題を抱える、(4)モチベーションが低い、などが挙がった

これなんかも、そんな医学生を殆んど見つけられない時代なんて「あんた知っているのか?」と問いたいぐらいです。m3の見出しの「医学生学力低下が顕著」ですが、学力低下を強調するなら対照とする時期が必要です。私は今に対しては「昔」が対象として挙げられると考え、出来るだけ古いデータを掘り起こしましたが、どうも対照時期はそんな昔ではないようです。どうにも「ここ数年」どころか「去年と較べて」ぐらいの気がしてなりません。


狙いは別の気がしています

これもm3記事からですが、

  • 2013年度までの間に1416人の入学定員増を図っているが、実際の医師免許取得者は、定員増分ほどには増加が見込めない状況になっている。
  • 同会議相談役で、千葉大学医学部教授の中谷晴昭氏は、「留年させることは、医学教育に投入されている税金を無駄にすることにもなる。しかし、不適格な学生を進級させて、医師にしていいのか、という思いはある」と、対応の難しさを語る。

これだけからの推測と言うより推理みたいなものですが、全国医学部長病院長会議には政府ないし厚労省から厳命を突きつけられている可能性を考えています。現在の医療界の大きな課題は医師不足です。それも地方の医師が不足しているとするのが政治課題でもあります。そのために医学部定員増と地方括り付のための特別枠入試を推進しています。この課題のために

  1. 卒業者を少しでも増やしたい(≒医師を増やしたい)
  2. 特別枠入試の医学生による質の低下を表面化させてはならない
この課題の指標はおそらく「前年度比」だろうと考えています。これについてこれまでは何とかクリアしてきたんじゃないかと見ます。ところが今年は若干なりとも悪化を示したと見ます。とくになにを指摘されたかと言うと、

2008年度の入学定員(7793人)は、2007年度(7625人)と比べて168人増加。留年生等の数がほとんど変わらなければ、2013年度の6年生は、2012年度と比べて168人程度増えるはずだが、実際には8010人で、2012年度の6年生8036人と比べ、26人減少している。4年生、5年生でも同様の傾向が見られる。

定員増加年度の入学者が卒業年度を迎えているにも関らず、卒業生数に定員増加の効果が認められない事です。余ほど手厳しい指摘があったんじゃなかろうかです。指摘があればなんらかの釈明を行なう必要があります。釈明の方向性として考えられるのは、

  1. 全体のデータとしては「かつて」より改善しており、現状としてこれ以上の改善は難しい段階にあるとする
  2. 誰かが悪いとして責任回避に努める
選んだのは厳命した方の姿勢の厳しさに怖気づいたのか責任回避に走ったと見ます。責任回避となればスケープゴートが必要ですが、もっとも文句が出にくい医学生を選んだとするのが妥当な気がします。ここで2つ目の厳命が浮上します。特別枠問題です。これはこれで「おそらく」アンタッチャブルになっていると考えます。これに触れると逆鱗を喰らいます。そこでミソもクソも一緒くだにして「医学生全体の質」としてスケープゴートにしてしまったんじゃなかろうかです。最終的に
    医学生の質が低下しているのが諸悪の根源
こうにさえしておけば、医学生自体からは抗議が出る可能性は低く、実態を知らないその他大勢は「そうだ、そうだ」で責任問題はウヤムヤになるぐらいは意図としてありそうな気がしました。


もう少し考えてみる

m3記事からですが、

同会議の顧問で、北里大学名誉教授の吉村博邦氏は、「学力以外にも、社会性の乏しい学生や、精神的な問題を抱えた学生などが増えていることも指摘されている。今後、少子化の進展により、医学部入学の門戸はさらに広がることが予測される。これ以上の医学部定員増あるいは医学部新設は、医学生の資質の一層の低下を招く恐れがあり、教員の負担増も強く懸念される」と述べ、今後の入学定員増をけん制した。

結局言いたいのはここのためじゃないかと感じてなりません。医学部定員の増加は教員の負担に直結します。これも現場を良く知らないので推測ですが、定員増の一方で教員側の体制は定員増の前とさして変わっていない可能性です。少なくとも定員増に比例した教員側の体制強化はなされていない可能性です。その上でさらなる定員増さえ行われかねない情勢さえあり、

    こりゃ、かなわん
この思いが記者発表に込められているんじゃなかろうかです。m3記事は
    今後の入学定員増をけん制した
こうまとめていますが、定員増体制は現在の医療情勢から不可避である事は判っていると考えられます。そうなると真の狙いは定員増反対でなく、教員増の要求と考えるのが妥当な気がします。定員増に対する教員増の要求自体は正当と思いますがわざわざ、こんな強い表現を使った理由は2つある気がします。まず1つ目は普通に定員増に見合うだけの教員増を要求しても反応が鈍い可能性です。世の中そんなもので、教員増がなくとも結果が同じなら「増やす必要は無い」とされてしまう事はままあります。そのためにあえて過剰な表現を用いる交渉術です。よくある手です。もう1つ考えられるのは、単純に定員増に比例した教員増では「とうてい足りない」のアピールです。これも増員要求の交渉術と見えないこともありません。

もっとも教員不足が実態的に本当にそうなのか、もし不足していたとして、具体的にどれほどの要求が行なわれているかについては全くの不明です。これがある程度当たっていれば、交渉のダシにされた医学生がチト可哀そうな気がしています。