ある医療機関が集約した昔話

実話ですがある程度ぼかしていますから、そこは宜しく。


第一部

昔々と言っても昭和40年代、それも前半頃のお話です。あることころに3人の産婦人科開業医がおりました。時代が時代ですからそれぞれに繁盛していました。住所が近く、同門でもあったので仲がよく、ウマも合っていました。そんな3人のうち1人がある提案をしました。

    3人バラバラでやるより一つにまとまらないか?
当時的には「これからの経営スタイル」と喧伝されてもいたそうです。狙いは、
  1. 1人でやるより3人の方がラク
  2. 余力が出来れば婦人科手術も手が出せる
当時も産婦人科は忙しく、また産科だけでなく婦人科手術も手がけたいの魅力もあり、協議を重ねた結果、それぞれの診療所を引き払い、病院建てる事になりました。もともと繁盛していた診療所ですから資金も調達でき、小さいながらも立派な病院がたちました。


第二部

新病院にはそれぞれの診療のスタッフが集まり、診療所時代の名声もあり、まずは順調な船出になったそうです。ところが日が経つに連れて3人の関係は微妙な物に変化して行ったようです。3人はそれぞれに技量に自信があっただけではなく、経営方針にも、スタッフの扱いについても自信を持っていました。そりゃ診療所時代は繁盛していたからです。

それぞれが自分流の主導権争いを行うようになっていったです。最初は些細な事がキッカケだったようですが、仲の良かった3人はやがて口もロクロク利かない関係に変わって行きました。とはいえ、3人の関係はスクエアです。何を決めるにも3人の同意が必要になります。そこで事務長が3人の調整に奔走する事になります。

事務長が奔走する時代も間もなく終わりを迎えます。3人がそういう関係だったのを利用して、定番中の定番の使い込みを行い発覚する事になります。当然懲戒解雇になったのですが、同時に3人の調整役を失う事になります。後任の事務長では3人の調整はもはや難しく、まるで1つの病院の中に3軒の診療所があるような状態に陥っていきます。

旧診療所系列ごとの派閥が形成され、院内の空気は沈滞する事になります。こういう状態では患者も減りだし、経営は速やかに傾いていきます。数字で判っていても3人が何も決められない状態のため打開策も打ち出しようがないドン詰まりに陥ります。


第三部

話は実は第二部で終わりです。普通はそのまま潰れます。第三部はなぜか潰れなかったお話です。どうにもならない状態にまで追い込まれたとき、理事長(3人の中では一番年長でリーダー格)が決断します。今のままでは遠からず倒産に至るのは残りの2人も知っていますから、必死になって2人を説き伏せ起死回生の打開策を提案します。

打開策とは経営手腕に優れた医師を招聘し、この人物に実質的に経営の決定権を委ねようです。これまで対立関係にあった3人も、このままでは負債を抱えて共倒れは目に見えていますから、理事長の提案にやがて同意します。

この招聘医師が辣腕と言うか豪腕を絵に描いた様な人物で、私も経歴を聞いて、よくまあ、あんな貧弱な病院の建て直しに協力したもんだと思っています。招聘医師もある意味立志伝中の人物で、小さな診療所から出発し、1000床を超える大病院を2つばかり作るに至った人物です。当時は当然ですがその病院グループの創立者であり理事長でもあったわけです。招聘医師はそれを投げ打って小病院再建に身を投じてくれたわけです。

招聘医師は3診療所系列のわだかまりを速やかに解消(凄かったそうです)し、積極的(・・・つうか聞いただけでベタベタの代物です)な集患作戦を展開します。それまでは産婦人科単科病院でしたが、これからは内科も必要と自ら内科を作り上げます。でもってこの内科がビックリするぐらい繁盛したそうです。

招聘医師の技量は正直なところ三流です。だってもともと産婦人科医であったのが内科をやってるからです。ただ流行医に必要な重要なエッセンスを持っていました。芸術的な口八丁です。患者は招聘医師に心酔し、まるでカルト教団の様であったとも言われています。招聘医師は、常に病床の状況を把握しており、産婦人科入院が減ってくると信者患者を入院させ、病床が足りなくなってくると退院させると言う芸当をサラサラとこなす事になります。

結果として常に満床に近い状態を維持し、経営を速やかに建て直していきます。10年足らずの間に病院の増築まで漕ぎ着けています。土壇場からの逆転劇と言って良いかと思います。


第四部

順風満帆と思われた再建劇ですが、招聘医師の急死によって再び暗転します。内科の後継医は技量としては亡くなった招聘医師を遥かに上回りましたが、言ったら悪いですが、心酔的な人気を集め、病床コントロールが出来る能力はありませんでした。つうか、そんな芸当は招聘医師しか出来ない芸当だったとするのが妥当です。

しかし経営再建の一つのカギが内科を使った病床コントロールであったため、残された3人と後継内科医は激しい対立劇を展開し、やがて辞職に至ります。以後も同じような要求を3人から行われ、これが出来ない点で内科医の後継に苦しみ、相次ぐ交代劇のゴタゴタで繁盛していたはずの内科外来もやせ細り、内科病棟はいつしか閑古鳥が啼くようになります。産科自体も少子化の影響と、近隣産科医療機関の豪華路線、または不妊外来路線に乗り遅れ、ジリ貧状態に陥ります。

一番重たかったのは増築費用であったようで、バブル期に増築したため建設費用も金利も高く、あくまでも繁盛している状態が前提の拡大路線でしたから、再び経営は傾いていきます。その頃には3人の対立関係も、1人、また1人と病に倒れ、自然解消していましたが、そういう状況を打開する案を誰も持っていなかったです。あるのは故招聘医師の手法論だけで、この成功体験をなんとか復活させようとのみ足掻いてたてなところです。

この状況を打破したのはまたぞろ外部招聘です。再び経営手腕に優れた医師の招聘に踏み切ったです。


感想

今日のお話は医療業界特有のものではなく、どの業界でも良く起こる話の医療版に過ぎません。もう少し話を広げるとあらゆる組織に共通しているところがあると思っています。そもそも独力で小なりと言えども組織を起すような人間はそれだけの魅力とバイタリティを持っています。なけりゃ組織なんて起こしません。ビジネス上の組織の一類型はリーダーに付き従った構成員ぐらいでも間違いではないと思っています。

組織が生き抜くのに必要な条件は、決断力と実行力です。ある問題に直面した時に対処法が必要なのですが、問題が複雑なほど様々な対処法が浮かんできます。つうか検討段階では万全の解決法なんて知る由もなく、さらに言えば万全の解決法なんてそもそも無い事の方が一般的と思っています。いずれかの対策を取ればどこかが不利益を蒙るのは不可避ぐらいでしょうか。そんな錯綜する議論の中でどれかを選ぶのがリーダーの決断力です。リーダーが決断しても異論はどうしても残ります。残る異論をねじ伏せて選んだ対処法に驀進するのが実行力です。

そういう状況で重要なのは、やはり組織内序列と思っています。序列上位の者の判断を序列下位の者が従う一種の強制力です。ましてや序列最上位の者の決断はある種の絶対性をもっていないといけないです。こう書くとワンマン・オーナーみたいな形態が理想としている様に思われるかもしれませんが、チト違うと思っています。

ワンマンであっても構想力に秀でていればそれで良いのですが、1人の人間の能力には限界があります。ワンマンであっても聞く耳は必要だと思っています。部下に自由に意見を出させる度量が必要と考えます。自由に意見を出させる状況を作った上に、そこから選ぶのはリーダーの仕事と言う感じです。その次に大事なのは、リーダーが選んだ決断に部下は議論を捨てて付いていく姿勢でしょうか。平たく言えば、

    船の船頭は1人でなければならない
船頭が複数いれば、いずれかの船頭が異論を唱えれば物事は決まらなくなります。

ここで船頭の決断が誤っていたらどうなるかですが、その時は運命共同体になるのが組織かと思っています。組織のサバイバルにゼロ・リスクはなく、直面する問題が大きいほどリスクが大きくなります。どう言えば良いのでしょうか、そもそもの状況が放置すればジリ貧でやがて自滅、賭けに出れば助かる事もあり、逆にドカ貧で吹っ飛ぶぐらいの決断です。生き残るためにはドカ貧リスクを冒さざるを得ないぐらいのところです。リーダーはだから常に運命共同体を背負う責任があり、責任の重さからその決断もまた重いぐらいのところです。


歴史上でも二頭体制、三頭体制が政治上の都合で形作られることもありますが、長続きした事例を殆んど存じません。一時的には妥協が成立しても通常はそのうちの誰かが覇権を握るための前段階に過ぎない事が殆んどです。長続きしたように見える複数体制は、表向きは複数でもリーダー間に実質的な序列があり、並列に見えても序列体制である事が殆んどだと思っています。逆にあくまでもスクエアで押し切って壊滅した例がアテネの衆愚制と思っています。

史上で有能なリーダーが並列した稀な例として春秋期の鄭の子産と子皮の関係はあります。子皮は有能な実力者でしたが、子産の能力が巨大である事を知り、子産が自由に能力を発揮できる場を作る事に尽力します。おそらく子皮でも十分に鄭を治める能力があったにも関らず、自分が一歩引く事により子産に自由に能力を発揮させた関係と言えば良いでしょうか。ですからこれも並列と言うより、序列上位のものが実質として下位に回ったと言える気がしています。

歴史の教訓は小さな経営体でもあてはまります。並び立つリーダーによる集団指導体制はまず成功しないです。私に言わせれば並び立つ能力のあるリーダーが並立する事自体に無理があり、そういう場合はどちらかのリーダーが組織を離れるべきと思っています。並び立つリーダーが協調しているうちは良いですが、一旦対立関係に陥れば誰もそれを仲介できなくならからです。リーダーになるような人物とはそんなものだと思っています。


実はこれを前置きにして中小医療機関の集約論に進む予定でしたが、これがまた煩雑なので今日は控えさせて頂きます。考えるべきエッセンスが多すぎて、今日ここまで書いた分の数倍は必要そうです。結論的には机上で考えるほど容易ではなく、集約のために阿鼻叫喚の状況を強制され、それを潜り抜けないと難しそうぐらいです。他人事ではないのですが、身近過ぎて書くにかけないぐらいです。