ヨットと冒険のお話

ブラインド・セイリング

盲眼の方がヨットをどうやって操作するのだろうは素朴な疑問でした。これについて日本視覚障害者セーリング協会てなものがあり、そこに、

ブラインドセーリングでは、ブラインドセーラーがヘルム(舵)とメインセール(大きい帆)を操作します。

視覚障害者には、ヨットのような大きな物を操ることが出来るのは想像を越えた喜びです。そしてその喜びは、晴眼者の方々の参加によって初めて実現するのです。

ブラインドセーリングでは、晴眼者の方々をサイテッドセーラーと呼んでいます。ブラインドセーラーとサイテッドセーラーは、ひとつのヨットに一緒に乗り、チームメイトとして対等の立場でセーリングを楽しむために、お互いになくてはならない存在です。

なるほどです。晴眼者とコンビを組んでヨットを操作するの理解で宜しいようです。喩えが適切ではないかもしれませんが、盲眼のマラソンランナーに伴走者が必要なのと同じように、ブラインド・セイリングにも晴眼者のパートナーが必要とされるぐらいの理解でも、そんなに的を外していないと考えます。どう考えたって出港、入港などは盲眼者には難しいと思われます。日本視覚障害セーリング協会には晴眼者のパートナーについて、

サイテッドセーラーの多くは経験者ですが、未経験の方でも構いません。入会されてからめきめき上達される方もいらっしゃいます。

サイテッドセーラーは晴眼者の方を指しますが、未経験でも良いと言うのはあくまでも、初心者でもチャレンジできると言う意味であり、難度の高い航海になるほど盲眼者も晴眼者もスキルと精神力が体力が求められるのは言うまでも無い事でしょう。


太平洋横断

私の世代なら堀江謙一氏をまず思い出します。堀江氏が世界で初めて(だったはず)太平洋単独横断航海に成功したのは1962年です。非常な話題になり映画にもなっています。その後は堀江氏だけではなく、幾多のヨットマン(ヨットウーマンも含みますが略します)が太平洋どころか世界一周まで行っています。そういうヨットマンの世界で太平洋横断の位置付けはどなっているだろうと言うところです。

私はヨットどころかフェリーに乗っても船酔いしやすい方ですから、ヨットの冒険と言われても実感を持って語れないのですが、月刊「舵」連載 Blue Water Storyの第4話 初めて知った海・太平洋にはこうあります。

世界一周航海の体験者から見れば、もしかすると太平洋横断は初心者コース、腕試しの航海かもしれません。

実際、私の場合で恐縮ですが、難易度に点をつけるとすれば、太平洋横断が1点、世界一周が3点、チリ多島海は5点、南極は10点、という感じでした。

太平洋横断は「初心者コース」としていますが、あくまではこれは、

    世界一周航海の体験者から見れば
こういう但し書きつきです。どう書けば良いのでしょうか、世界一周クラス(たぶん世界トップクラスでも良い気がします)を目指すのならまずクリアすべき関門ぐらいと受け取っています。そこまで目指さないヨットマンに取っては「生涯の夢」とか「終生の憧れ」ぐらいでもそうは間違いでないと思います。


太平洋の嵐

これも月刊「舵」連載 Blue Water Storyの第4話 初めて知った海・太平洋から引用します。

世界一周の第一歩、太平洋横断を始めて数日後、ぼくはバースの中で、のびていた。

頭はズキズキ、目はグルグル回り、食事もできずに一日が過ぎていく。日本で仲間と乗っていたときは、だれよりも船酔いに強いと、ぼくは評判だったのに。

出発前、航海記を何冊も読み、大洋航海経験者に会って話を聞き、海の厳しさは知っていた。波が大きいことも理解していた。決して楽な旅ではないとも、分かっていた。が、実際に体で知る海は、それとは比較にならない存在だった。

抗議があれば削除しますが、引用条件を満たせそうにない事は白状しておいて、もう少し引用します。

単独航海のため、睡眠中に船と衝突しないよう、交通量の多い大圏航路を避けて、北緯38度線上を真東に進み、北米サンフランシスコを目指していた。さらに南のコースをとれば、海が穏やかなのと引き替えに、航海距離は増加する。

ぼくは船酔いで衰弱した体を起こすと、揺れる窓から外を眺めた。いたるところに、波頭が本物の山々のように盛り上がり、まるで山脈の中にいるようだ。

大波がデッキに崩れるたび、スライドハッチの左右の隙間から、海水がキャビンに吹き出てくる。炊事のためジンバルの灯油バーナーに鍋をのせ、わずか五分の一まで水を入れても、たちまち揺れてこぼれてしまうのだ。

ふと、キャビンの数か所につけた自動車用コンパスに目を向けると、<青海>はなぜか数十度もコースを外れていた。

ぼくは急いでスライドハッチを開けると、「落ちるなよ、落ちたら死ぬぞ」と自分自身に叫びながら、しぶきの降るデッキに歩み出た。

舵の故障に備え、予備ラダーは3枚用意し、ウィンド・ヴェインの風力版と水中翼も充分なスペアを持っている。が、船尾のウィンド・ヴェインを調べてみると、安全ジョイントが壊れていた。波がスターンをたたくたび、激しいブローチングを繰り返し、水流が音をたてて船尾を横切っている。これにやられたのに違いない。

揺れるキャビンで重い万力を取り出すと、ステンレスパイプを金ノコで切断し、キサゲ工具と平ヤスリで強めのジョイントを作って取りつけた。

それにしても、これまで日曜や休日に走った海は、本物の海とは関係ない場所だったのか? 陸の近くは、海ではなくて磯だったのか? ぼくはやはり、海を少しも知っていなかった。

世界一周クラスには初心者と言ってもこの程度の凄まじさであるのが良く実感できます。もう少し引用しておくと、

本当につらかったのは、私の場合、船酔と嵐に対する恐怖感でした。

日本でヨットに乗っていたとき、船酔などしませんでした。いや、本当は少し船酔したのですが、わざと平気な顔をしていたのです。そして実際、ヨット仲間の友人たちと比べれば、確かに船酔には強いほうでした。

ところがどうでしょう。陸を離れて太平洋に出ると、船酔で寝込んでばかりです。風が強まって帆が破れそうになっても、帆を縮める気力もないし、もちろん食事の用意をする元気もありません。こんな事ではだめだと思うのですが、どうしても気力が湧いてこないのです。

そして、嵐が怖くてたまりませんでした。まるで嵐の影におびえて暮らすようでした。いつ、次の嵐が来るのか、そればかりを気にしていたのです。

こんな事で、本当に太平洋を渡ることができるのでしょうか? 自分には、その能力があるのでしょうか? 先は全く見えませんでした。

淡々と書かれてはいますが、嵐と船酔い体験は筆舌を尽くし難いものだった様子が窺えます。それと当たり前ですが、これを書かれた方は準備を十分に行われたのはもちろんでしょうが、太平洋ぐらいは横断できるの自信はあったはずです。なければ船出などしないでしょう。そういう自信さえ萎えさせるほど太平洋の洗礼は手荒いものであるぐらいはわかります。


現代でも冒険者はおられます。のぢぎく県ならかの故植村直己氏が有名です。ちなみに堀江氏も、のぢぎく県在住です。のぢぎく県である事はどうでもよいのですが、冒険とは文字通り「危険を敢えて冒す」ものです。しかし真の冒険者は決して無謀な冒険は行いません。十分にリスクを推し量り、可能な限りの安全の確保を行います。違うのはリスクのレベルと思っています。

リスクの見込みが違った時にも日常世界なら命まで奪われる事はそうはないと思っています。それ相応の手痛い被害を蒙っても、命まではそうは賭けないぐらいとすれば宜しいでしょうか。言葉の上では「命懸け」であっても、実際には命までには十分なマージンを取っているぐらいです。ところが真の冒険者はリスクが見込みを越えた時に文字通りに命を賭けるとすれば良いと思っています。

危険を敢えて冒すために命を文字通りに賭けているのが冒険者だと思っています。ではでは、故植村直己氏クラスが冒したリスクじゃないと冒険とは呼ばないかと言えば少し違うと思っています。同じリスクであっても経験・技術・体力が変われば当然違ってきます。同じ事に挑戦しても無謀に近い冒険になる者から、少々は危険は伴うまで変わると言う事です。


ヨットによる太平洋横断は世界一周レベルのヨットマンになって初めて「初心者コース」になるぐらいで、サンデー・セイリングに毛が生えたレベルのヨットマンには非常にハードルの高い冒険と私は思います。堀江氏の時代より様々な航海用機器が進歩しているとしても、ヨットマンならカネと時間さえあれば誰でも臨めるものとは到底思えません。

やるからには入念過ぎるほどの準備と、心構えが必要と思います。心構えにはリスクに対する臆病さも必要と思います。たとえば船体に少しでも不備があるようなら、出発を遅らせてでも修理に万全を期すと言うのもあると思います。テスト航海とは太平洋横断に備えて、可能な限りの準備をさらに整える場であるはずだからです。

出発を遅らせたりすると冒険にはカネがかかりますから、手痛い出費がさらに重なり遂には冒険自体の企画がボツになる可能性も生じるかもしれません。しかしそれでも敢えて遅らせるのが真の冒険者の勇気だと思っています。命を賭けるとはそこまでの慎重さと臆病さも求められるはずだと思っています。本当の勇気とはそんなものだと思います。

本当の勇気とは準備が整い機会をとらえれば躊躇無く出発できるものであり、単なる臆病者は万全の準備があってもなおも出発を躊躇う者とすれば良いでしょうか。準備に某かの不備があるにも関らず、構わず突っ込む者は単なる「匹夫の勇」であり、本当の勇気とは質が違うものとされています。


冒険者への憧れと嫉妬

ここで思い返したのですが冒険とはやはり「敢えて危険を冒す」事です。日常生活から離れて敢えて冒険に身を投じるには「匹夫の勇」が必要じゃなかろうかです。真の冒険者の入念な準備や綿密な計算も、匹夫の勇で冒険に乗り出し痛い目に遭いながら身につけたものと考える方が良い気もします。つまり冒険は冒険者を育てるでも良いですし、冒険は人を真の冒険者にするでも良いと思います。

匹夫の勇がなければ冒険に乗り出す事はできず、匹夫の勇で冒険を経験する事により冒険に魅せられていくぐらいのところです。それぐらい冒険は人を魅了するものがあると思います。高名な冒険者は一つの冒険が成功すると、もっと難度の高い冒険を目指します。また冒険に失敗しても、手痛い失敗を糧にして再挑戦の意欲を燃やします。それこそ命ある限りです。だから遂には命を落とす事さえあるわけです。

冒険が偉業となるか無謀と見なされるかは冷酷ですが結果で問われます。成功であれば冒険者は称えられ、失敗すれば無謀の酷評を受けます。それだけ極端な差が出るのは、密かに冒険に憧れる者が多いからだと思っています。冒険に憧れても飛び込むほどの匹夫の勇は無く、実際に冒険に飛び込んだ者が羨ましくて仕方がない心理の裏返しの気もします。

今回のチャレンジは無残な失敗に終わり、その結果で冷評されていますが、冒険者には命ある限り再挑戦の機会も与えられているとも言えます。今回失敗しても次で成功すれば挽回は十分に可能です。ひょっとしたらそういうプラス評価的な面も人が冒険に魅了される原因の一つかもしれません。日常社会はどちらかと言うと細々したマイナス評価の世界ですから、全然違う価値観の世界に飛び込める羨望です。

今回の2人も冒険に魅了され真の冒険者の道を歩んで行かれるのでしょうか。それとも「もうコリゴリ」として引っ込まれてしまうのでしょうか。どっちでも構いません。どちらであっても日常生活にしがみつき、冒険には到底乗り出せない人間は認めてしまうからです。冒険の世界を知らない人間は、最後のところが永遠に理解できないと思うからです。