自浄作用の難しさ

犯罪的であっても犯罪では無い(法的に取り締まるのが難しい)存在と言うか、はっきり言って人物は、業界での自浄作用をマスコミ的には求められます。これはマスコミでなくとも業界に所属している人間にとっては傍迷惑な存在であるだけでなく、しょせん「同類」として同じ業界人であるから同じような人物であろうと見なされる屈辱を味合わなければならない事があります。弁護士のようにギルド的な組織があればまだしもですが、そうでない業界はこの自浄作用が非常に難しい側面があります。

具体的に医療界で例を挙げながら説明していくと、

こういう趣旨の放言をなされている医師がおられます。この放言も単発ならまだしも連発です。もちろんこれだけでなく、あえて紹介はしませんが、幾多の放言で医療関係者の眉を顰めさせている著名なヘイトスピーカーでもあります。とくに今回の「ピカの毒はうつる」は「はだしのゲンでもそうなっている」の目を覆うような根拠で放言を繰り返されておられます。医師として医療関係者として「なんとかならないか」と思っているのは私だけではないと思っています。

このヘイトスピーカー医師(ヘイト医師と略させて頂きます)はこれまでも数々の放言に対してテンコモリの反論が寄せられております。それでも意気軒昂で放言を繰り返されておられますから、この程度の意見交換でなんとか納める手法は無理だと判断しても良さそうです。また放言自体は言論の自由表現の自由で認められていますから、具体的な犯罪行為でもないかぎり法的手段もありません。


そうなると鉾先は医師ですから医師会、学会に向いてきます。とくにヘイト医師は熊本の内科開業医ですから地元の医師会でなんとかならないかの批判ぐらいは出てきて当然かと思います。ただし医師会についてはかなり無力です。私も医師会員ですからわかりますが、医師会は所属会員が医師として相応しくない行動を行なった時に会則に則って処分を下す事は可能です。

そうなった時にまず問題になるのはヘイト医師の放言が処分に値するかどうかです。いや十分に値するとは思いはしますが、地元医師会は一面として顔馴染みの親睦会的性格もあります。処分を下すとなると、とくにその時の担当理事と被処分者の間で感情的な問題が生じます。言うても近所づきあいさえあるかもしれませんから、あんまり波風を立てたくない感情は確実にあります。

それを乗り越えて処分となっても、医師会が出来るのは最大で除名、以下は程度に応じた戒告とか注意処分です。医師会が戒告以下の処分を行ったところで現実的には、

  1. ヘイト医師に処分の文書が郵送される(下手すりゃFax)
  2. ヘイト医師に処分歴がつき医師会理事等の選出時や、各種表彰の時に処分歴を考慮される
実質的にそれだけです。理事なんて免除してくれれば嬉しいタイプ(私もそうですが・・・)であればむしろウェルカムですし、表彰と言っても永年表彰タイプが多いですから、処分に関係なくさして欲しくない人にとってはどうでも良い代物です。

ではでは除名になればどうかです。これは少しは影響があるかもしれません。と言うのも自治体によりますが、自治体から医師会が受託した事業と言うのがあります。これは医師会が受託しているので医師会員でないと実質的に参加出来ません。たとえば各種検診事業とか、公費の予防接種とかです。これが経営上で大きなウエイトを占めていれば「チト痛い」です。

調べてみるとヘイト医師は少なくとも公費接種は扱っているみたいですから少しは痛いかもしれません。ただなんですが、ここも微妙な問題で、地域柄もありますが医師会に入っていないからと言って拒否した時に、面と向かって抗議されるとチトチト微妙な問題になります。昔と違い、それだけで門前払いにするのは難しい時代になっています。医師会除名を理由にそういう事業から締め出したりすると、今度はヘイトパワーをそちらに向けられる事も十分にありえることです。下手すると除名処分も含めて訴訟沙汰に巻き込まれかねません。

まあ、法的な犯罪行為ではありませんから最初は戒告以下の注意処分が行われのが筋でしょう。なんだかんだと言っても除名は重いですから、まず戒告以下の処分、それも場合によっては医師会規則の処分の前段階ぐらいの「ちょっと注意を求める」ぐらいから始まるのが穏当なところです。ヘイトスピーク自体はこれが具体的な名誉毀損とか信用毀損に該当しない限り法的な規制はなかったはずで、医師会の処分理由としては「医師としての品位を損なう」ぐらいしかなりません。

除名みたいな大きな処分に至るには、前段階として繰り返し行われた「注意的な処分」にも関らず、これを一向に聞き入れないの累積的な積み重ねの結果でしか難しいです。さらに現実的なお話をすれば、どんな処分を行うにしても被処分者の弁明であるとか主張を必ず聴取します。その弁明や主張に対しても丁寧に反論する必要があり、それをやる過程でネット上でヘイト医師が暴露するのは必至です。問題が妙な方向で火がつけば、田舎の医師会レベルでの対応が難しくなります。

ほいでは学会はどうかです。ヘイト医師は日本内科学会、臨床血液学会、日本東洋医学学会に所属されています。ここも持っている権限はせいぜい除名です。学会が除名に伴って行える最大の懲罰は認定医なり、専門医なり、指導医の資格の没収になります。これはこれで一見大きそうですが、ヘイト医師は開業医です。またHPを調べても高らかに専門医資格を謳っているわけではありません。つまり痛くも痒くもないわけです。もちろん除名なんて重い処分をいきなり下せないのは医師会と同様です。


自浄作用と言っても具体的にはこんなものです。制裁とは、それを行う事で大きな代償を支払わす事で成り立っています。冒頭に挙げた弁護士会なら除名されたら弁護士業務そのものが出来なくなります。だからこそ自浄作用を発揮できる余地があるわけですが、医師会や学会と言っても任意の組織に過ぎず、除名処分を行っても払わす代償のモトが乏しい事になります。

現実に医師会に加入せずに開業している医師なんてたくさんいます。さすがに学会は入っているかもしれませんが、医師のアクテビティによりますが、一般に開業医は勤務医より学会活動は低調です。除名を喰らっても「会費が浮いた」ぐらいの人もいるわけです。少々知恵を絞って、自浄作用を放言抑制に働かそうと思っても実質的に無力です。これはnichioka様からのアドバイスですが、

自浄=排除と捉えてしまうと、もしそれが実行されると、かなり危険なことにもなりかねないので、同業者だけでなく、多くの関係者が激しく批判していること、そのことをきっちり示しておくのが、肝要だと思いますね。

誠に御意です。排除のような強権はたとえあったとしても極めて抑制的に使われるべきであり、それを有している弁護士会も「甘い」との批判を時に浴びながらも非常に謙抑的に運用されていると仄聞します。そもそも同業者であると言うだけで持っているとも限らないです。つうかそんな強権を持っているギルド的業界の方が遥かに少ないと思います。

医師会や学会もそんなギルド的組織ではありません。医療での強権を有する医道審議会も具体的な刑事や民事の処分を根拠としない限りは、基本的には謙抑的としても良いかと思っています。であれば放言が自由に行われるのと同時に、それに対する批判も自由に行われる事が自浄と捉えるべきになりそうです。批判がなければ容認と受け取られ、それこそ同じ業界だから「同じ穴のムジナ」と見なされるかもしれないからです。

そういう点で見ればツイッターであれ、これをまとめたtogetterであれ、繰り返し強い批判が行われている事が自浄作用の証と見るべきかもしれません。そう考えると健全な自浄作用は働いているのかもしれません。もう一歩進めて考えると、放言が勘違い、思い違いレベルであれば批判が起こる事によって当人は自覚し放言を控えるはずだと言えます。

ところが今日問題にしたヘイト医師に限らず、他の問題発言をネットで繰り返す医師、さらに医師以外で同様の行為を繰り返す人物は、批判を無視して繰り返すという点で自然に確信犯的なヘイトスピーカーないしはその類似の人物であると見なせるのかもしれません。ここも批判があったからではなく、批判の内容が正当性をもつかどうかは言うまでもありません。手間ヒマがかかりますが、言論の自由表現の自由を認めた上での自浄作用とはそんなものになると考えた方が良いと言う事のようです。


たぶん自浄作用としては、個人レベルでは放言に対する批判を冷静に行う事になりそうです。焦点は医道審議会までは遠いとしても、医師会・学会レベルで何らかの意思表示が行なわれるかどうかでしょうか。ここは個人と違い組織ですから、安易にやれば言論弾圧の批判がカウンターで返ってくる懸念があります。処分が議論の俎上になっても、どの程度のヘイトスピーチが今後の処分基準になるかの議論は必至でしょうから、なかなか動き難い気がしています。