訴訟は藤田保健衛生大病院で57歳の女性に対して行なわれた未破裂脳動脈瘤の手術に対してのもです。マスコミ情報しかありませんから、例によって例の通り詳細は不明です。辛うじて事実らしきものと推測できるのが裁判長の判決文です。これとてほんの一部の紹介に過ぎず、本当に判決のキモなのかそうでないかの見極めも難しいところです。
訴訟になるぐらいですから、手術は成功しなかった、ハッキリ言えば失敗したのは間違いない事実として良いでしょう。被害にあわれた患者には本当に申し訳ないと思いますが、残念ながら未破裂脳動脈瘤の手術は100%安全確実の手術とは言えません。これは未破裂脳動脈瘤だけではなく、他のすべての手術でもそうですし、町医者が風邪薬を出すまで共通している事です。
問題は失敗の原因が明らかな過失によるものなのか、それとも確率論的に不可避のものであるかの判断です。確率論的に不可避のものも否定するのであれば、医療は既に成立しません。だからどういう判断になっているか注目されるわけです。現時点で報道されている注意責任義務は2点です。
- カテ操作
- 手術方法の選択の説明
今日参考にしたマスコミ情報は、
以上6紙情報から2点について考えます。6紙の該当部分を列挙します。
マスコミ | 報道内容 |
共同 | ワイヤの先端部が動脈瘤の壁に穴を開けた可能性が極めて高いと指摘し「カテーテルを通るワイヤが進みすぎないようにするための措置が不正確だった」として、執刀医の過失を認めた。 |
中日 | 担当医師が慎重に器具を扱わなかった「注意義務違反」を認定 |
時事 | カテーテルの先端部から突き出た金属製ワイヤが動脈瘤を傷つけたと指摘 |
朝日 | 「医師が慎重にワイヤを操作していれば動脈瘤は破られず、後遺障害が残らなかった可能性が高い」と指摘 |
日経 | 動脈瘤を塞ぐために血管内に入れた金属製ワイヤの先端がカテーテルからはみ出していたため「動脈瘤を中から押した可能性が高い」と指摘 |
タブ | カテーテル操作の過失も認めた。 |
もちろん私は未破裂脳動脈瘤のコイル塞栓術なんてやった事はもちろん、見た事さえありません。ですからこの部分に関しては正直なところよく判りません。結果としては未破裂脳動脈瘤が破裂しているのですが、報道されている判決文を読む限り、破裂の理由はカテ操作であると事実認定している事だけは間違いないようです。カテ操作もガイドワイヤーが脳動脈瘤を突き破ったです。
ガイドワイヤーが脳動脈瘤を突き破るには、当たり前ですがカテより先にガイドワイヤーが出ている必要があります。つうか、ガイドワイヤーとはカテに先行して進むものであり、ガイドワイヤーが先に脳動脈瘤内に入り、そこからカテが追っかけて入るものです。そうしないとカテ単独では脳動脈瘤に入らないだけでなく、そもそも脳動脈瘤に行き着きません。
ガイドワイヤーは金属製であるのは判決文が指摘している通りですが、カテから出ている部分の先端は、丸く曲がる様になっています。これは先端が突き刺さらないためです。そういう突き刺さらない構造になっているはずのガイドワイヤーの尖端が脳動脈瘤を突き破ったと事実認定しているぐらいの理解で良いのでしょうか。
つまり「突き刺さるはずのないものが突き刺さった」のだから「これはカテ操作が全面的に悪かった」です。ここもよく判らないのですが、脳外科手術はビデオ記録を残しているケースが多いと聞きます。それを確認した上での判断だったのでしょうか。
ゴメンナサイ、この点についての手技的見解はとりあえずBugsy様にお願いします。もちろん他の専門家の方にもお願いします。情報がこれだけしかないので、雲をつかむような話なのは申し訳ありませんが、私ではもっと無理があります。
ここも6紙を列挙します。
マスコミ | 報道内容 |
共同 | 執刀医が手術前の説明で、別の治療法である開頭手術について、技術的に比較的容易であり、選択する患者が多いという利点を十分に説明しなかった点も認めた |
中日 | 女性のような動脈瘤であれば「カテーテルを使った手術より、頭蓋骨を開け、クリップで血管の膨らみを止める手術の方が、リスクは高くなかった」と述べた。女性らが手術を選択するために必要な情報提供を怠ったとも指摘した。 |
時事 | 別の選択肢だった開頭手術の利点を十分に伝えなかった説明義務違反も認定した |
朝日 | 医師がほかの有効な手術方法と比較できるだけの説明を十分にしなかったと結論づけた |
日経 | 別の方法の手術があった点についても「利点の説明が不十分だった」と認定。的確な手術時の処理や事前の説明があれば「後遺症が残らなかった高度の蓋然性がある」と結論づけた |
タブ | 判決は、手術で採用される開頭式とカテーテル式とを比べ「開頭式は簡単で危険性も高くない」と指摘。しかし「担当医師は、危険性は同じ程度との説明しかしなかった」と認定し「説明を尽くせば原告は開頭式を選び、障害を負わなかった可能性が高い」との判断を示した。カテーテル操作の過失も認めた。 |
これも未破裂脳動脈瘤の発生場所、大きさ等が不明のため選択の是非についての判断が難しすぎるところです。マスコミ情報を読む限り、未破裂脳動脈瘤の発生場所は開頭術でもカテでもどちらもアプローチできるところにあったように思えます。私の未破裂脳動脈瘤治療の知識は防衛医大コイル塞栓術訴訟から進歩していないので、その点を大いに差し引いて欲しいのですが、未破裂脳動脈瘤に対する基本的な対処の選択は、
- 脳動脈りゅうは,放置しておいても6割は破裂しないので,治療をしなくても生活を続けることはできるが,4割は今後20年の間に破裂するおそれがあること
- 治療するとすれば,開頭手術とコイルそく栓術の2通りの方法があること
- 開頭手術では95%が完治するが,5%は後遺症の残る可能性があること
- コイルそく栓術では,後になってコイルが患部から出てきて脳こうそくを起こす可能性があること
防衛医大の事件は1995年に起こったもので、今回は2006年です。10年経てば治療も変わるのですが、大筋はそれほど変わっていないと思っています。変わっていたらコメント下さい。まず患者は脳動脈瘤の手術について合意したと考えられます。もちろん部位、大きさにより経過観察では危険性が高いの判断もあったのかもしれません。
マスコミ情報の判決文から推測すると、開頭術でもカテでもアプローチできる場所にあったらしいは言えます。両方が選べる時の現在の判断がどうなっているかですが、これは脳動脈治療のいまから引用して見ます。
未破裂脳動脈瘤に関しては、血管内治療(コイル塞栓術)と開頭手術(クリッピング術)を比較した多施設共同無作為臨床試験はまだ実施されていません。過去治療例の分析研究によると血管内治療は開頭手術(クリッピング術)と比べて、リスクの減少・入院期間・回復期間の短縮が認められていることが分かっています。研究からは以下のことが示されています。
もう一つ紹介しておきます。千葉大脳神経外科の未破裂脳動脈瘤に対する血管内治療からです。少しだけ編集して紹介しておきますが、
開頭術のデメリット | コイル塞栓術のメリット |
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コイル塞栓術のデメリット | |
一長一短があるとしながらも、
最近の報告では、むしろ開頭クリッピング術よりも血管内治療のほうが優れている場合もあると考えられています。
千葉大脳外科の見解も慎重ではありますが、開頭術とカテ治療のどちらが優位であるかについて明言はしていません。これは私の感想ですが、破裂動脈瘤に対する2002年のISAT報告が流れの裏にありそうな気がします。つまり破裂動脈瘤に対して有効であるなら、未破裂動脈瘤に対しても同様に有効ではないかです。2002年のISATの破裂動脈瘤に対する調査結果は脳動脈治療のいまより、
脳動脈瘤治療におけるクリッピング術と血管内治療の比較研究の多くは、最近まで小規模か過去の症例記録の解析に依存した過去治療例の分析でした。その中で、唯一「ISAT: International Subarachnoid Aneurysm Trial 」だけが臨床試験で最良とされる多施設共同の治療時無作為ふりわけ臨床試験方法で、破裂脳動脈瘤治療における開頭手術(クリッピング術)と血管内治療を比較しています1。
この試験の結果をみると、開頭手術(クリッピング術)と血管内治療のどちらでも治療可能と判断された患者さんグループにおいては、術後 1 年時の生活が自立している患者さんの割合に関して、血管内治療の方が開頭手術(クリッピング術)に比べて顕著に良好な結果を示しました。 1 年時の死亡または介護を要するほどの重い後遺症の出現する相対リスクに関しても、開頭手術(クリッピング術)と比べると、血管内治療によって治療された患者さんではリスクが 22.6 %低い結果でした。
試験の結果が非常に説得力があるため、試験を実施していた委員会は本来 2,500 例登録予定のところ 2,143 例を登録した時点で試験を中断しました。試験のため開頭手術(クリッピング術)の患者さんをふりわけるのはもはや倫理的ではないと決定したためです。
私はこの意見が主流であるのか異端であるのかの知見を持ちません。たった2つの引用で判断するのは危険かもしれませんが、「どうも」開頭術とカテでどちらが優位かは言い切れない問題の様に感じています。今日は「教えて君」状態なのが恥しい限りですが、Bugsy様を始めとする専門家の御意見を是非拝聴したいと思います。
たまたまかもしれませんが、昨日紹介した岡崎子宮外妊娠訴訟とこの訴訟は同じ裁判官によって判決が下されています。これは「そうである」の事実のみ指摘させて頂きます。