岡崎子宮外妊娠訴訟の実相を考える

続報が出てきたので出直し戦をやります。参考資料は、

  1. マスコミ情報:子宮外妊娠見落とし訴訟
  2. 遺族関係者情報:IJ様のコメント
  3. 裁判記録閲覧情報:産科医療のこれからの岡崎市民子宮外妊娠訴訟 地裁資料閲覧してきました
マスコミ情報については既にリンクアウトしていますので、前回エントリーに主に頼ります。またそれぞれの情報の信憑性の基準は裁判記録閲覧情報を軸に考えたいと思います。


2007年10月3日水曜日・外来受診時

死亡女性(患者とします)は岡崎市民病院がまず初診ではなかった事がわかります。裁判記録より、

初診は平成19年8月
その時の主訴は不妊だが、他院への紹介状取りに来ず

どうも不妊で受診し、不妊治療を行う他院への紹介を行う話になった模様ですが、紹介状を取りに来ずそのままであったようです。でもって問題の10月3日になりますが、

12:40 外来診察
0経妊0経産 最終月経8/23→ 5週6日相当
基礎体温表はなし。

カルテ記載によると、

  • 子宮内に胎嚢らしきものあるがpseudo GSか?
  • 右卵管周囲にあやしいmassあり
  • 左卵巣正常
  • ダグラス窩にエコーフリースペース少量あり
    (1cm程度、右附属器周囲にはなし)
  • 出血や腹痛なし
 
子宮外妊娠の可能性と腹痛や出血時の説明あり。
「子宮外妊娠が否定できないので、
 出血や腹痛等があればいつでも早めの受診を」
と説明している。

この説明が裁判ではどう事実認定されたかと言うと、

流産の可能性のみカルテ記載にないが、

  • 正常妊娠の可能性(排卵が遅れた)
  • 流産の可能性
  • 子宮外妊娠の可能性と対処
についてこの時点で説明したものと裁判所は認定している。

エコー所見については実物が確認できなかったようですが、「右卵管周囲にあやしいmassあり」については、結果として卵管間質部への子宮外妊娠でしたから、これはエコーでは見えないそうです。「ダグラス窩にエコーフリースペース少量あり」について遺族関係者情報として、

ご遺族は女性患者が診察を受けた時の超音波画像を数名の専門医の方に見せたところ、ダグラスかに液体があり、腹腔内出血?している可能性があると言われたとも言っていました。

申し訳ありません。私では判らないのが本音です。その後は、

尿中hCGを測定に出したが、
3-4時間かかるために帰宅をさせた。
「何かあれば電話連絡を入れる」とその際説明している。

とりあえずですが、訴訟上はこの外来時については問題を認めていないぐらいの理解で良いのと、遺族関係者の情報にある程度の信用が置けるぐらいの傍証になると考えます。それより気になったのは受診時刻です。12:40に受診なんですが、裁判記録より、

その後、医師はほぼ休みなく外来を行い、
検査結果が異常でも知らせてくれるシステムがないため
時々、患者さんのカルテを見ながら診察をすすめていた。

この「ほぼ休みなく外来」は16:30まで続いていたとなっています。12:40からでも約4時間ですが、12:30なりから午後診が始まっているとは思えません。つまり朝9時なりからの外来が延々と16:30まで続いていたと言う事です。そうなると当日の外来担当医は朝9時から7時間半のマラソン外来をほぼ休みなく取っていた事になります。私のような町医者でも、昼休みを挟んでの「計」8時間とか9時間のマラソン外来はありますが、休みなしのマラソン外来はチトきついです。

当時の岡崎市民病院の産婦人科外来を知る者に聞くところでは「そうなる」となっていますし、昼食は弁当を外来で「5分で取るもの」と聞いていますし、事件当時もそうであったとの情報も得ています。もう少し言えば、繁忙を極める産科外来はそうなってしまうとの情報も聞きました。


2007年10月3日水曜日・夕〜夜

マスコミ情報には、

別の患者の緊急手術を担当

これが実際はどういう状況であったかです。裁判記録より、

その時双胎児間輸血症候群の搬送あり、
他の産婦人科医師はオペ中。

患者さんと連絡を取ることを考えたが、
もし来院してもらっても産婦人科
患者対応できる医師がいないために、
この搬送患者さんにかかりきりになってしまった。

げっ、twin to twinか・・・搬送されるぐらいですからゴチゴチの緊急と考えて良いと思います。「その時」はどうもマラソン外来の終了時に近かった様なのですが、他の産科医師は

現在の岡崎市民病院の産婦人科は確認する限り7人体制のようですが、当時は4人体制であったと裁判記録ではなっています。これも当時の情報を知る者からですが、もう少し多い(やはり7人ぐらい?)から何かの事情でストンと4人に減った時代がちょうどその頃であったとされます。そりゃ激務に輪をかけた状態だったと推測されます。

他の産婦人科医医師が行なっていたのが定期手術であるのか、それとも緊急手術であるのか不明ですが、この16:30頃の時点で手術で手が塞がっていたのなら、当日午後は担当医が1人で外来で頑張っていたのかもしれません。

私は小児科医なので横目で見るぐらいにしかしりませんが、緊急手術を行うのも一苦労が必要なはずです。手術室の手配(つうか交渉)、病室の確保ももちろんですが、twin to twinですから小児科医への連絡も必要です。小児科医にしてもNICUの手配があったりします。それと他の産婦人科医が手術中でいないわけですから、手術助手も他の外科系の医師に頼まないといけません(これは案外ラクとも聞きます)。麻酔科がどうだったのかは記録にはないようです。

もちろん救急車到着後に搬送患者の診察、手術の説明、さらには手術に必要な検査の手配・・・滅多に無いと言うより、産婦人科ではよくある事なので手慣れてはいたでしょうが、時間と手間がかかるのだけは間違いありません。当たり前ですが、かなりの神経は搬送患者に集められます。ドタバタと緊急手術に突き進み、

そのままオペ段取りして終わった時点で10時過ぎ。

一段落が着くには、手術後の家族への説明、術後の患者の容態の安定、生まれたbabyの様子の確認(小児科担当ですが、やはり気にはなると思います)などなどが終るぐらいの時です。これで朝9時から働き詰めで13時間の時点です、


hCG

この訴訟の問題の焦点の一つであるhCG定量値です。12:40から始まった診察時に検査のオーダーは出され、検査値を担当医が確認できたのは裁判記録には、

16:03 尿中hCG 25290mIU/mlの記載
この時点で子宮外妊娠の可能性を念頭においた。

ここも遺族関係者の

女性患者のhCG定量値は25000以上

これの正しさを裏付けます。ここは裁判記録にも明記していないのですが、担当医はhCG値を確認はしているのですが、ほぼ同時、もしくはその前ぐらいから緊急手術騒動に巻き込まれていたと考えられます。この日の緊急搬送は他院からの要請ですから、

  1. 搬送依頼が外来中の担当医に入る
  2. 搬送依頼の諾否を決める
  3. 搬送を受けた時点から緊急入院・緊急手術の手配が始まる
  4. その時点で残っている外来患者を大車輪で片付ける
集中力が2倍も3倍も必要な状態なんですが、担当医自体は朝からのマラソン外来の疲労は確実に出ていたと考えられます。その結果の判断として、緊急手術に段落ついた後に

「電話をかけるには非常識な時間である上に、
 今まで腹痛の連絡もないから明日連絡を入れよう」
と考え、 この日は連絡を入れなかった。

この判断は結果的に裏目に出る事になりますが、事実としてはそうなっています。


2007年10月4日木曜日・朝

まずマスコミ情報です。

翌4日朝に女性から腹痛を訴える電話があり、午前11時に来院することになった。

この記事では「朝に女性から腹痛を訴える電話」が何時なのか判然としません。漠然と早朝と考え、早朝なら当直時間帯であり対応したのは当直医ではないかとの見方がありました。ところがそうではなさそうで、遺族関係者の情報として、

  • 女性患者が朝病院に電話をかけた時は旦那様は仕事に出ており家にはいなかったそうで、女性患者が朝病院に電話をかけていたことは知らなかったようです。
  • 女性患者が朝(9時〜9時半?)腹痛を訴える電話をした時は、対応した看護士は「症状が強くなるようならば来て診察を受けてください。」と伝えて電話を切ったそうです。

どうも患者の夫が出勤するまでは腹痛はなかった気配があります。裁判記録ではどうなっているかです。

9:30頃 本人から「腹痛」の電話が入る。
外来看護主任が電話に対応。
カルテコピーはみたものの、hCG値は見なかったと。

       患 「腹痛がするんですが」
    Ns 「症状が出て、強くなるようなら受診を」
    患 「昨日受診したばかりでよくわからなかったから、
       今日受診しても同じですよね」
    Ns 「(カルテの子宮外妊娠の記載目に入る?)
       子宮外妊娠であれば手術する場合もあるし
       早めに受診してください」
    患 「もう少し様子を見ます」
    Ns 「何かあったら電話してください」

朝の患者からの腹痛電話は9時半であったと見て良さそうですし、対応として確かに強く受診を勧める内容とは受け取れない事もありません。この9時半の電話の後にどうなったかですが、遺族側関係者は、

遺族らは10時頃女性患者と電話で会話をしており、女性患者は「(病院ではなく)今から会社に行く」と言っていた

これを信じれば9時半に電話した後に腹痛は軽快傾向になり、受診ではなく出勤を選択した状況が窺えます。この電話については裁判記録にもあり、

前後して患者さんは実母と電話で話している。
その時間が10時頃で、
「病院にいく話は聞かなかった。
 痛みはあるけれど車なら会社にいける」
と話をしている。

では病院側がどうであったかです。裁判記録より、

その頃、担当医は外来クラークに患者さんに電話を
いれて来院してもらうように指示をしていた。
ちょうど電話があったころで、
「それなら先ほど電話があった人です」
と担当医に伝えた。

担当医はもう一度電話、すぐ受診するよう指示。
外来クラークは電話をし、通じた。
「11時が外来受付締切りなので、
 それまでに来院できますか?」
「大丈夫です」との返事あり。
(この頃の時間は9時40分以降10時くらい?)

この病院側の電話があったかなかったかについて、

  • 遺族側は10時の電話を根拠になかったと主張
  • 病院側はあったと主張
事実認定はあったとしているようです。たぶん理由としては、電話をかけた事を証言できる第3者である、看護師・クラークの証言を取ったためだと考えられます。病院ぐるみの隠蔽工作、捏造工作であるとの遺族側の主張は認められなかったとも見れます。ここも病院を知る者の情報として、電話をしたとされるクラークはベテランで、医師からすればある意味嫌味なぐらいしっかりされているとの事です。


2007年10月4日木曜日・11時

マスコミ記事にあった「11時」が妙に具体的な時刻であるために、どこから出た時刻かの謎はありましたが、これは病院からクラークが患者に電話し、受付が11時までである事を伝えたのに基づくと考えて良さそうです。ところが11時になっても受診しなかったのは事実です。これはマスコミ情報ですが、

女性が病院に来ないため、病院は何度も女性に電話したが通じず

これがいつ行われたかです。マスコミ情報での判断では11時の時点で子宮外妊娠による出血、さらにショック症状により電話にも出れない状態でなかったかの推測がなされたのですが、裁判記録より、

11時になっても患者は来院せず、
担当医は何度かクラークさんに尋ねている。

12時になっても来院せず、
12:20(この時間も正確ではない)-13:00に
携帯や自宅番号に5回以上電話を
入れたがつながらなかった。

病院からの電話は12時を過ぎてから、さらに言えばもう少し遅めの12:20〜13:00頃に行われたと事実認定されています。個人的に気になったので補足ですが、前日の担当医はこの日も外来担当であり、なおかつマラソン外来の気配を漂わせている感じがします。

それはともかく、11時には出血からショック状態であったかどうかですが、なんとも言えない状況であったようです。これは裁判記録からですが、

13:00頃 患者さん自宅電話より電話。

    患 「お腹が痛い 動けない」
    ク 「救急車を呼んでください!」
    患 「救急車を自分で呼ぶ自信がない」
    ク 「この電話で119かけてください!」
    患 「やってみます」
13:26 救急車の入電も来院もなく
外来主任助産師が手が空いたので救急隊要請。

13:40 救急隊現地到着。心肺停止状態。
シャワーを浴びたか着替えの途中で全裸で倒れていた。

13:00に患者が病院に電話をかけた時点では、シャワー中かシャワー後であった様子が確認できます。そうでもなければ真昼間に全裸でいる必然性が乏しくなります。そうなると13時の患者からの電話以前では、患者の容態はそれなりに安定していた可能性があります。少なくとも意識はハッキリしており、シャワーを浴びようとするぐらいの状態であったと言えます。

強い腹痛が起こったのはシャワー中かシャワー直後であり、病院には電話をかけたものの、その後にはショック状態に陥ったと考えるのが妥当となります。では13時以前の病院からの電話が通じなかった理由として考えられるのは、これは僻地の産科医様の見解ですが、

    あとの状況を見るとシャワーで聞こえなかったのかも
可能性はあると思います。


2007年10月4日木曜日の患者の動きを推測してみる

電話を中心に10月4日の動きをまとめて見ます。

時刻 状況 ソース
9時以前 患者の夫は腹痛を知らずに出勤した様子 遺族側関係者
9時半 患者が病院に腹痛電話
(応対したのは外来看護主任)
裁判記録、遺族側関係者
9時半〜10時 クラークから患者に電話 裁判記録
10時 患者が実母に電話 裁判記録、遺族側関係者
12時半〜13時 クラークが患者に電話(通じず) 裁判記録、マスコミ情報
13時 患者が病院に電話 裁判記録、マスコミ情報


これらの電話のうち遺族関係者の情報では、9時半の電話と、10時の電話と、13時の電話以外は原告側はなかったと主張されていたようですが、裁判所はあったと事実認定していますので、今日はすべてあったとの前提で考えてみます。

患者は会社員です。夫との出勤時間差はわかりませんが、この日は夫の方が先に出勤しているのはまず間違いありません。この時に既に腹痛があったか無かったかですが、あったと考えます。なければ夫を見送った後に続いて出勤するはずだからです。もちろん夫を見送った後に腹痛が出現したのかもしれませんが、ここはどちらであっても大きな差はありません。

病院への電話がなぜに9時半であったのかですが、勤め人なら体調不良の時にまずどうするかを考えると筋が通ります。要はその日をどうするかです。休むのか、遅刻にするかです。これへの会社への連絡をまず行うとするのが自然です。つまり9時過ぎに会社に連絡を入れ、それから9時半に病院に電話を入れたです。

9時半の外来看護主任との電話、さらにクラークからの電話を受けた後の判断は10時の実母との電話でわかります。病院を受診せずに出勤するです。腹痛はこの時点で増強するのではなく軽減していたと考えるのが妥当と思われます。ただしすぐに出勤していないのは事実です。そうなると患者から会社への連絡内容は、

    腹痛があれば連絡する様に病院で言われたので、病院と相談してから午後から出勤します。もし受診が必要なら1日休まないといけないので、またその時に連絡します。
この程度の内容ではなかったかと推測します。単純に受診のために「今日も休む」ではなかったので、仕事のやり繰りを含めて電話が少々長くなった可能性を考えます。もう少し言えば最悪手術の可能性も含めての説明だったかもしれません。ここも推測になりますが、病院との電話が終り次第「遅れて出勤する」にならなかったのは、業務の関係で遅刻より半休の方が都合が良かったのかもしれません。

10時の電話の後ですが、次に判っているのは12時半頃からシャワーを浴びていたと事だけです。ただここが少々微妙な時間帯で、このシャワーが

  • 出勤のためか
  • 受診のためか
午後出勤のためと考えると少々時刻が遅すぎるです。ここも午後勤務が13時半なり14時の可能性も無いとは言えませんが、通常は13時が多いからです。では受診のためかですが、そうであれば会社にもう一報入れると考えるのが妥当です。会社への電話と言うのがどこにも記録に出ていないので不明ですが、まったく無しと言うのは不自然です。9時なりからの電話はしたと思いますが、その後は連絡は無かったんじゃないかと推測します。

9時半に病院に電話があったのは被告側も原告側も認めており、ニュアンスはともかく内容もほぼ一致しています。10時の時点では出社の意向を示していますから、午前中の時点は午後出勤で考え、会社への連絡は行なわなかったと見ます。

問題のシャワーなんですが、とりあえずシャワーを浴びるぐらいの余裕があったとは受け取れます。ここで腹痛が増強してきて受診の判断に傾いたのなら、やはり会社にまず連絡を入れるのが自然のような気がします。「やはり今日は休む」とです。そうなるとシャワー時刻の謎は残りますが、シャワーは出社のために浴びていた可能性が強そうな気がします。

いずれにしても9時半の電話から13時までの間に、患者の腹痛がどんな状態であったか、患者どう考えておられたかは永遠の謎です。謹んで御冥福をお祈りします。


注意責任義務違反

まずマスコミ情報です。

中日 判決は、妻が翌朝、腹痛を訴えて病院に電話してきた点を挙げ「子宮外妊娠や出血などによる危険性を伝えて再受診させ、迅速に手術や治療をするべきだった」と判断した。
朝日 判決は、最初に腹痛を訴える電話があった時点で、女性は危険な状態だったと指摘。子宮外妊娠の可能性が高いことや危険性を具体的に伝え、できるだけ早く来院するよう勧める責任があったと結論づけた。
時事 堀内裁判長は「尿検査の結果や腹痛の訴えを踏まえれば、医師には女性に子宮外妊娠の可能性が高いことを伝える義務があった」と指摘。その上で「早急な受診や治療の必要性を十分に説明しておらず、医師の措置は不適切だった」と結論付けた。
日経 堀内裁判長は「危険性を説明して速やかに受診するよう指導する義務があった。適切な処置をしていれば、救命できた可能性が高い」として病院側の過失を認めた。


各紙の伝える情報は具体的にはどこになるかですが、裁判記録より、










争点 裁判所判断
外来受診時
  1. 外妊 確定診断の可否
  2. 入院管理下におかなかった過失の有無
  3. 説明義務違反の有無
いずれも裁判所は説明義務違反等認めていない
尿中hCG値判明時 
  1. 子宮外妊娠確定の有無
  2. 連絡を取り再受診を促さなかった過失の有無
時間が遅くなった・症状がない等過失認定せず
翌日早い時点で再受診を促さなかった過失の有無 クラークに電話を入れさせたことで正確に情報が伝わらなかった可能性あり、医師の説明義務違反。
電話を受けた外来主任助産師の過失の有無 外来主任助産師の判断ではなく、医師にかわり説明すべきだったので医師の説明義務違反。


これについての感想は様々でしょうが、訴訟は二審に進んでいます。