SOTIをもう一度

moto様から頂いた情報ですが、先日私も取り上げた食物アレルギーに対する経口減感作療法がNHKスペシャル「アレルギーを治せ」に取り上げられるようです。NHKの紹介を引用しておきます。

ぜんそくに花粉症、アトピー性皮膚炎……。アレルギー疾患は“いったん発症すると治療が難しい病”とされてきた。ところがここ数年、アレルギー治療の常識は大きく変わりつつある。たとえば食物アレルギー。これまではアレルギーの原因となる食物を避ける方法がとられていたが、今、あえてその食物を食べる「免疫療法」が驚きの成果をあげている。

番組に登場するのは、生後まもなく卵アレルギーと診断され、今では卵が入った給食が出る日にはお弁当持参で通学するという7歳の男の子。免疫療法を実践する神奈川県立こども医療センターでの治療に密着し、食べられなかった卵が食べられるようになる過程を徹底取材。あわせて花粉症の治療現場でも使われ始めた免疫療法についても紹介する。さらに、国民の1割が悩むとされるアトピー性皮膚炎でも、発見が相次いでいる。アレルゲンとなる原因物質の影響だけでなく、“皮膚のバリア機能”の低下が発症を左右することがわかり、これまで混沌としてきた治療に、確かな道筋が描けるようなっている。

制作を担当するのは毎朝8時15分から放送している『あさイチ』のスタッフ。『あさイチ』で積み重ねてきた取材成果も交え、食物アレルギーからアトピー性皮膚炎まで、世界で研究が進むアレルギー治療の最前線をお伝えする。

これだけでNHKがどういう取り上げ方をするのか判断が難しいのですが、

  • NHKがSOTIを画期的治療として持ち上げすぎる可能性がある
  • NHKは冷静でも、これを視た人が過剰の期待を抱く可能性がある
もちろん「そうならない」もあるのですが、どちらかが起これば私のような町医者にも問合せがあるかもしれません。そこで聞きかじった知識をもう一度整理しておいて、問い合わせに備えておきたいと思います。つうても、私の知識は栗原先生の講演と、前にこの話題に関するエントリーを書いた時のコメントぐらいしかありません。

そこで私が理解した範囲をまず書いて、私が誤解している、解釈が誤っているところを御指摘頂ければ幸いです。


NHKの紹介を読む限りですが、取り上げる治療は特異的経口耐性誘導(Specific oral tolerance induction:SOTI)であるのは間違いないでしょう。これは先にお断りしておきますが、先日も御紹介した通り、SOTIの成果は素晴らしいものです。そこいらにある「奇跡の○○療法」とは別次元の治療法であり、今後の治療のトレンドとして高く評価され、応用も含めて拡大していくと見る医療関係者は増えています。私もその一人です。

また治療成果にも基いたアトピー性皮膚炎との関連性も、見方・考え方として広く採用されていく流れも出来るかと予測しています。そういう点の評価は先日も書かせていただきました。そういう評価をしている点を踏まえての御注意と思って頂ければ幸いです。私も専門家と言うほどには詳しくないので、当ブログのレギュラーコメンテーターの中でアトピー性皮膚炎(つうか脱ステロイド)の権威であるmoto様の、

これも参照にさせて頂きます。それと食物アレルギーやアトピー性皮膚炎に関する考え方は栗原先生の説に大方は基いていますから御了承下さい。


食物アレルギーとアトピー性皮膚炎は切り離して考えるべきである

切り離すと言っても、とくに小児の場合は複雑にもつれ合って存在し、切り離すにも切り離せない事が多いのですが、あくまでも病気を見る時の根本の考えた方として「切り離す」です。今日はある程度、話を単純化しているのでその点は御注意頂きたいのですが、

    従来・・・アレルギーが起こって(の結果)アトピーが起こる
    新説・・・アトピーの結果として食物アレルギーが起こる
卵(アレルギー)が先かニワトリ(アトピー)が先かみたいなお話ですが、従来は卵(アレルギー)が先が常識とされていたのが、そうでなくニワトリ(アトピー)が先であるの考えに基いているのがポイントです。従来説でもアトピーの原因は食べものとは限らないのですが、話を絞るために食物アレルギーに今日はさせて頂きます。

従来説では、とにかくアレルギーが先なので原因物質を特定し、これを除去する事が重要と考えられていました。アレルギーでは原因物質の摂取がアレルギー反応の増大をもたらしますから、とにかくアレルギーの燃料を絶ってしまおうです。この考えの中には、当然ですがアレルギー物質の摂取は経口からでも無条件で増悪因子になるも含まれています。

まあ、実際に食べたら見た目は悪くなるのですから、これにとくに異論が立てられる事もなかったとしても良いかと思います。


一方で新説はアトピーが先と考えます。従来説ではどこから原因物質が体内に摂取されてもアレルギー反応が起こる点では同じと考えましたが、新説ではルートを2つに分け、2つのルートのアレルギーに対する反応は別と考えます。2つのルートとは、

    経皮感作・・・これはアレルギー反応の増悪方向に強力に働く
    経口感作・・・こちらはアレルギー反応を寛容に導く
もちろん実際に食べたらアトピーは悪くなるのですが、これは皮膚感作によるアレルギーの成立が既に出来上がっているため、経口摂取でもアレルギーが起こる段階にアレルギー症状が進行してしまっていると考えます。経口摂取による寛容作用を上回る状態ぐらいに考えて良いかと思います。

アトピーでは皮膚の防御機構が破壊されているのは確立されている所見ですが、アトピー状態の皮膚はより強い皮膚感作を惹起するために、二次的に食物アレルギーでさらにアトピーが増悪している状態だと言う事です。

もう少し言えば、アトピー状態の皮膚は非常に皮膚感作を起こしやすいものであり、さらにアトピーはアレルギー反応により、さらに皮膚症状を悪化させる特性をもつ疾患であるぐらいに言い換えても良いと思います。


新説に基づけば、二次的に起こっているアレルギー症状の治療は皮膚症状の増悪を防ぐには有用だが、大元のアトピーの治療は行っていないになると言えばよいのでしょうか。現実的にはアレルギー症状の治療も皮膚そのものに対する治療も、一体として行われるのですが、治療の根本的な考え方として、

  • アレルギー治療は増悪因子の抑制
  • アトピー治療は皮膚の防御機構の脆弱さの補強
この2つは分けて考えるべきものであるになります。ステロイドの話はmoto様のリンク先に譲ると言うか、書けば話が紛糾しかねませんので置いておきます。


何が言いたいかですが、この新説の根拠になっているのがSOTIによる治療成果です。経口減感作療法が有効であるのがある程度以上実証されているので、アトピーの見方・考え方を変えるべきであると言うのが、栗原先生から講演で聞いた食物アレルギーとアトピー性皮膚炎の新たな関係です。


経口摂取による寛容作用の考え方

ここについては、あくまでも私の解釈ですから御注意下さい。漠然とした言い方になりますが、アレルギーの強さは段階があります。この段階がIgEとイコールかどうかは置かせて頂きます。ある程度以上、強いアレルギー段階に達してしまうと、経口摂取でもアレルギー反応が生じると考えます。同時に寛容作用も起こるはずですが、それを上回るアレルギー反応が起こり、寛容作用を打ち消してしまうと言う事です。

アトピーの場合は経皮感作と言うルートからアレルギーを強い段階に押し上げてしまう事になりますが、ここら辺を独断でまとめると、

アレルギー状態 経口摂取の影響 アトピーの影響 トータル
寛容 < 増悪 増悪 増悪
寛容 ≒ 増悪 増悪 増悪
寛容 > 増悪 増悪 寛容 ≒ 増悪


えらい単純化していますが、少しだけ複雑にすれば経口摂取による寛容と増悪の関係は量にも依存している面はあり、これもイメージですが、アレルギーが強いほど少量から「寛容 < 増悪」になるとして良いかと考えます。

経口摂取により免疫寛容に誘導できるのは大原則として正しいとしても良いのですが、だから結論として「除去療法は間違い」とするのは早計です。アレルギーの程度が強ければ経口摂取による寛容作用より増悪作用が逆に強くなります。アレルギーの程度が強すぎるものは、少量で有効の程度がそれこそミクロの世界になります。

栗原先生の「むしろ食べさせるべき」は全体の結論では間違いではありませんが、ケース・バイ・ケースがテンコモリあり、二択で考える問題で無い点には注意が必要です。問題はどうやって「寛容 > 増悪」状態の食事量を判定するかです。


未知の部分

医療には未知の部分が多々あります。アレルギー領域もまた未知の部分が多い分野です。SOTIが実用的な治療法である事は現時点では信じても良いとは思っています。しかし現実としてはわからない領域がまだまだ広い治療法です。

上で定性的な寛容と増悪の関係を単純化して書きましたが、実際にはこれを定量化して計測する手段がありません。IgEにしても、栗原先生自ら「なるべく見ない様にしている」とまで仰っています。参考値の一つにはなりますが、これをアレルギーの強さとか、その改善具合に細かく用いるのは無理だと言う事です。そのために手探り部分が非常に多い治療になっています。

アレルギーの強さと経口量の関係もそうで、極論すれば食べてみなければわからないです。理論としてはアレルギー症状に応じた「寛容 > 増悪」状態が出現する量を与えれば良いのですが、具体的にそれを定める計算式なりが出てくる段階にはまだまだ達していません。もちろん経験則から導き出すのも手法としてありなのですが、これも標準療法とするにはまだまだ時間がかかります。


もう一つの問題点は、SOTIが成功した様にも見えても、これがアレルギー症状が消失したのか、それとも経口寛容作用で症状を抑制しているだけかの判別方法も確立していません。そのため現在は維持療法を続けられているようです。維持療法とは、食事的に除去から解放された段階になっても、継続的に一定の原因食品を経口摂取し、寛容作用を送り続けると言う事です。

維持療法を行うのは良いのですが、この維持療法がどの程度行っていればOKなのかが、これも手探り中の状態です。現在の食物アレルギーに対する状態を有効に計測する方法が確立していないので、同じ維持療法を行っても有効な場合とそうでない場合が確実に出ています。

さらにもう一つの問題点は、SOTIにしろ維持療法にしろまだまだ標準化できない部分が多すぎて、どこでも実施可能とは言えない点です。SOTI中でも、最悪アナフィラキシー・ショックを起こす危険性があり、維持療法中でも同様です。


個人的な期待

このSOTIですが、手法として2週間程度の短期入院で行うrapid SOTIの他に、もっと時間をかけて外来で行うslow SOTiもあります。現在はrapid SOTIが中心に行われているようですが、あくまでも私の「勘」に過ぎませんが、手法としてはslow SOTIの方がより効果的じゃないかと考えています。

理由としては、アレルギーを寛容化させるのがSOTIの狙いのはずです。ある食事量で「寛容 > 増悪」の関係が成立しているのであれば、この段階を長く続ければ続けるほどアレルギーの寛容化が進むんじゃないかと言う事です。もう少し言えば、寛容効果により「寛容 > 増悪」が「寛容 >> 増悪」にさらに進んでくれる期待です。

rapid SOTIでは可能な限り早く次のステップに進みますが、早く進むのとユックリ進むのであれば、ユックリの方が寛容効果をしっかり植えつけてくれるんじゃないかの机上の期待です。

ちょっとわかり難いかもしれませんが、「寛容 > 増悪」続くとアレルギーへの寛容がドンドン進んでいく期待があります。シンプルに言えば同じ状態を3日で終えるより、1週間とか2週間、もっと言えば1ヶ月単位で続けていた方が寛容作用が強くなるとの考えです。ある量の摂取量で十分な時間の寛容効果を与えておけば、理屈では次のステップにより安全に進めるんじゃないかとも考えます。

slow SOTIであれば外来でも出来ると言う目論見があると言われればそれまでですが、時間はかかっても安全性と、治療効果が高ければ有用な治療法になります。これもまた、ランダム・スタディなりをこれから積み上げないといけない課題でしょうから、これからの治療・研究成果に期待したいところです。


もう一度注意しておきますが、slow SOTIへの期待は私の思いつきレベルのお話です。前に講演で聞いた限りでは、slow SOTIは数例程度の実施に留まっているようです。また症例が少ないため、slow SOTIとrapid SOTIの効果の比較までは栗原先生も言及されていませんでした。

どちらにしてもSOTIを行える施設は限定的であり、私も神奈川こども医療センター以外でどれほど行なわれているかは存じません。そもそもSOTI自体を知らない医師もおられると思いますから、NHKを見て「うちの子にもここでSOTIをやってくれ」と言われても開業医レベルでは到底無理ですし、病院であっても必ずしも出来るものではありません。

私個人としてはslow SOTI的な方法を念頭に置きながら治療を模索中ですが、現実はそう理論通りに進んでくれないので、難しいものだと感じています。


異論の紹介

これはmoto様の指摘です。

詳しくはリンク先をお読み下さい。私はSOTIに対し冒頭の方にも書いた通り素晴らしい実績と基本的には評価しています。そりゃ、あれだけの実績を見せられたら、そう思ってしまうのは致し方ないところです。ただし医療に限らずですが、そうは旨い話は転がっていないと言うのがあります。当初「画期的」ともてはやされた治療法が、年月と共に変わる事はよくあります。

ものによっては後から判明した事実により、その治療法自体が衰亡してしまったり、当初と違った位置付けになったりする事も珍しい話ではありません。広く適用する事によって初めて判る事、また治療経過を長く観察する事によって評価が変わる事が多いと言う事です。

あえてSOTIの現時点での違和感は成果が素晴らし過ぎると言う点です。アレルギー領域も医療では難解な分野であり、これまで幾多の治療アプローチが行われていますが、これほど劇的な成果は個人的には記憶にありません。それぐらい素晴らしい発見の可能性もある一方で、この先にガラッと評価が変わる危うさも感じています。

変わる方の可能性として挙げさせて頂いたのが、moto様の見解です。moto様とてSOTIを頭から否定している訳ではなく、あくまでも「こういう観点はどうか?」の指摘と私は考えています。moto様の主張を解説しろとの声も聞こえそうですが、正直なところ、そこまで論じるほどアレルギーの知識は深くないので、リンクの紹介に留めさせて頂きます。