24時間携帯電話拘束過労死訴訟ではないようです

今日の情報ソースは

この3つからの分析です。とりあえず時事記事と日経記事の比較対照表を作ります。

パート 時事 日経
タイトル ノキア日本法人社員の過労死認定=「24時間体制の勤務過重」―大阪地裁 「接待も業務」ノキア所長の過労死認定大阪地裁
リード部 携帯電話機メーカーの日本法人ノキア・ジャパン(東京)の大阪事務所長で、2005年にくも膜下出血で死亡した男性=当時(56)=の妻が国に労災認定を求めた訴訟で、大阪地裁の中村哲裁判長は26日、「24時間、携帯の電源をオンにする勤務体制を求められていた」などとして過労死と認め、遺族補償年金などの不支給処分を取り消した。 携帯電話端末大手「ノキア」日本法人の大阪事務所長だった男性(当時56)が接待中に<も膜下出血で死亡したのは過労が原因として、妻が労災認定を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は26日、過労死と認め、遺族補償年金などを不支給とした大阪中央労働基準監督署の処分を取り消した。
解説部 中村裁判長は、男性の死亡前1〜6カ月の時間外労働が1カ月当たり約63〜81時間だったと認定。「休暇中や就寝中を含め、顧客からの通信障害などの連絡に24時間いつでも対応しなければならない不規則な状態に置かれた」と指摘し、量的にも質的にも過重な勤務だったとして、業務起因性を認めた。  判決理由中村哲裁判長は、会社での会議後に行われた取引先の接待について、男性は酒が飲めないのに週5回ほど出ていたことや、費用が会社負担だったことを指摘。「技術的な議論が交わされており、業務の延長だった」と認定。時間外労働が1カ月当たり約63〜81時間だった上、「休暇中や就寝中も通信障害などの連絡に備え24時間携帯電話の電源を入れておく『24時間オンコール勤務』が求められ、業務が量的にも質的にも過重だった」と判断した。

判決によると、男性は2005年9月、出張先の東京で接待中にくも膜下出血を発症し、翌月死亡したが、労基署は労災と認めなかった。


亡くなられたノキア大阪事務所長と御冥福をお祈りします。さて違いがわかりますか? 記事が同じ事件を伝えているのは確認できると思います。またどちらも内容として、過労死として労災認定を認めた判決です。そこまでは同じなのですが、過労死いたる業務内容が時事と日経では少し違います。時事が報道した部分は非常にシンプルで、
  • 24時間、携帯の電源をオンにする勤務体制を求められていた
  • 休暇中や就寝中を含め、顧客からの通信障害などの連絡に24時間いつでも対応しなければならない不規則な状態に置かれた

こう書かれていれば、誰だって業務用の携帯電話で常にスタンバイしている事が過労死の原因と直感します。つうか他に読み取り様がありません。もちろん24時間携帯電話で拘束される状態はつらいものです。私の勤務時代はポケベルから携帯電話への移行期でしたが、完全な休暇を取った時にポケベルなり業務用の携帯をオフにした時の開放感はすばらしいものでした。

ですから業務用の携帯で24時間拘束される状態は過労死に至ると認定しても不思議は無いのですが、日経が伝える事情は少し異なります。日経も時事と同様に

  • 休暇中や就寝中を含め、顧客からの通信障害などの連絡に24時間いつでも対応しなければならない不規則な状態に置かれた
  • 休暇中や就寝中も通信障害などの連絡に備え24時間携帯電話の電源を入れておく『24時間オンコール勤務』が求められ、業務が量的にも質的にも過重だった

この部分は時事が伝える部分と類似しています。大きく違うのは、
    時間外労働が1カ月当たり約63〜81時間だった上
ここだけではわかり難いのですが、認定された時間外労働が「1カ月当たり約63〜81時間」であった上に、24時間携帯に拘束される事が過労死と認定できるです。わかりやすい様に言えば
  1. 時間外労働が「1カ月当たり約63〜81時間」と事実認定されたが、これでは過労死ラインを満たすとは言えない
  2. 認定された労働時間に24時間携帯拘束が合わせ業として組み合わさって労災認定された
曲解ではないかと言われそうですが、これのソースが冒頭部示した「情報源秘匿のソース」です。秘匿するほどの機密資料でもないのですが、この訴訟は労基署が労災を認定しなかった時点から労務法規関係者から注目されていたそうで、事実関係の勉強会が開催され、その時の資料に基くものぐらいに御理解下さい。怪しげなソースではないのですが、オリジナルの公開は現時点では控えた方が良さそうぐらいで宜しくお願いします。


訴訟の最大の争点はまず日経記事が伝える

    会社での会議後に行われた取引先の接待について、男性は酒が飲めないのに週5回ほど出ていたことや、費用が会社負担だったことを指摘。「技術的な議論が交わされており、業務の延長だった」と認定
これであったとされます。これが業務であるか業務でないかの争いが天王山だったそうです。様々な攻防があったそうですが、費用が会社負担であった事が決め手になり、業務終了後から連日夜10時を回ったとされる接待はすべて業務と認定されたようです。酒が飲めるか飲めないかが判断のと要素としてどれだけの影響があったかまで不明ですが、死亡した所長は飲めないのでシラフですから、ある時点からは酩酊して仕事でなかったの主張は却下されたのかもしれません。

しかしこの接待時間を時間外勤務と認定してもまだ「1カ月当たり約63〜81時間」です。過労死の目安基準は発症前1ヶ月間に月100時間を超える時間外労働、または発症前2〜6ヶ月間を平均して月80時間を超える時間外労働となっています。つまり過労死基準に少し足りないです。この辺の労働裁判の実情なんて知る由もありませんし、過労死基準を1分でも下回ったら免責かについては存じません。

裁判所の判断ですから、裁量もあるでしょうが、大雑把に言えばまだ10時間程度足りない事にはなります。そこでもう一つの主張であった24時間携帯拘束も事実認定し、過労死ラインの不足分をを補うのに足る過酷な労働環境であるとしたのが判決の実態です。ですから決して24時間携帯拘束が過労死の理由としてメインの判決結果でなかった事になります。

そうそう所長ともあろうものが、そこまで携帯に拘束される事が苦痛であったかですが、所長が拘束されたのは一般利用客へのクレーム対応ではありませんでした。ノキアが売っていたのはもちろん携帯電話ですが、これを当時導入したばかりの電話会社の技術トラブルへの対応だったそうです。所長は技術畑あがりだったようで、売り込みの陣頭指揮をされていたそうです。

売り込み先と言うか、納入先と言うか、開拓したばかりのお得意先の技術トラブルであったので、売り込みのために所長が自ら出て行く必要があったとされます。もちろん記事にある接待も同様です。


では時事は完全に24時間携帯拘束を理由の記事にし、日経もかなり24時間携帯拘束に引きずられた記事になったかです。これは完全に私の憶測ですが、過労死ライン以下の時間外労働の過労死の先例を裁判官が作りたくなかったためと推理します。わかりにくい言い回しですが、事実認定できる時間外労働はあくまでも「1カ月当たり約63〜81時間」です。

そこに言わば10〜20時間程度の見なし時間外労働を24時間携帯拘束で作り出しています。そういう見なし時間の事実認定の理由を判決文では長々と言うか、メイン的に書き記したと考えます。理由を明らかにする必要性からです。あくまでも推測ですが、かなり細かいところまで言及した上での事実認定であったと思われます。

一方で天王山の接待時間はシラフで費用会社持ちだったので、判決文としては較べるとアッサリしていた可能性はあります。これを読んだ時事の記者は24時間携帯拘束が判決のすべてと考え、日経記者もこちらがポイントの印象を強く持ったのだと推測します。

先ほど過労死ラインを下回った過労死認定を裁判官は避けたとしましたが、一方で24時間携帯拘束を過労死の補足条件に入れたのは別の意味で新たな判断例になるかもしれません。ここについては判決文を読んでませんし、これまでもあったかどうかまで私では調べようがありませんが、先例の意識があったから詳細な判決文を残したとのかもしれません。

今日はキモになるソースが「取材源の秘匿」状態になっている事を深くお詫びして、終わりにさせて頂きます。