完全母乳栄養訴訟

10/26付産経記事より、

国推奨、母乳育児で脳障害 両親ら「家族の会」結成へ 宮崎

■「わが子と同じ事故あわぬよう」

 病院が完全母乳栄養法やカンガルーケアを優先して経過観察を怠った結果、新生児が脳障害を負うケースが相次ぐ中、国などに損害賠償を求める訴えを26日に起こす宮崎の女児(2)を含む子供6人の両親らが、来月末をめどに「家族の会」を結成することが分かった。両親らは「これから生まれてくる赤ちゃんには、わが子と同じ事故にあわせたくない」との思いで、再発防止を国などに働きかけていくという。

                   ◇

 宮崎の女児の両親が提訴する病院は、母乳育児を推進しており、赤ちゃんと母親2人きりで過ごさせる「母子同室」や、母乳のみを与える「完全母乳栄養法」、母子のスキンシップを重視する「カンガルーケア」に積極的に取り組んでいる。

 この女児も出生約1時間後からほとんどの時間を母親(35)と病室で寝かされた末、心肺停止となった。

 母親は女児に母乳を吸わせようと試みたが、ほとんど出なかった。帝王切開の鎮痛剤や出産の疲れ、高熱の影響で強い眠気にも襲われていたという。

 病室では女児の体温測定は行われず、赤ちゃんの呼吸の異常を感知する無呼吸アラームなども設置されていなかったという。女児が泣き止まないため、看護師が一時、新生児室に連れていったが、「手足が冷たいからあたためてあげてください」と母親にすぐに返されたという。

 両親は、安易な母乳育児推進に警告を発している久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)のホームページを見て、同様の事故で脳障害を負った子供たちが多数いることを知った。同医院や弁護士を通して「家族の会」の結成に動き出した。

 現在参加を予定しているのは宮崎の両親のほか、長崎、福岡、奈良、愛媛、神奈川の各県に住む計6家族。家族らは、厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」について、低血糖症(栄養不足)や低体温症に対するリスクの説明や安全対策が不十分だとして見直しを求めていく方針。

 宮崎の母親は「これを機に、安全なお産ができる病院が1つでも増え、同じ事故が繰り返されないでほしい」と訴える。

 家族の会を支援する日野佳弘弁護士(福岡県弁護士会)は「赤ちゃんの脳障害が、原因不明の乳幼児突然死症候群で片付けられているとみられるケースが全国に多数ある。そのうち相当数が栄養・体温管理を怠った末の事故ではないか」と話している。

亡くなられた新生児の御冥福をお祈りします。色々気になる点がある記事ですが、分けながら見てみます。

授乳・離乳の支援ガイド

記事の見出しにある

    国推奨、母乳育児
母乳育児って国推奨でしたっけ。母乳育児がかつての「うつぶせ寝」みたいにえらい推進されているのは知っていましたが、国が推奨しているのは恥ずかしながら存じませんでした。推進している根拠を記事で探すと、へぇ、そんなものがあるんだ! 探してみるとありました。H.19.3.14付「授乳・離乳の支援ガイド」です。授乳について延々とデータ関係が列挙されているのですが、結論部分である「授乳の支援に関する基本的考え方」のみ引用します。

 授乳は、赤ちやんが「飲みたいと要求」し、その「要求に応じて与える」という両者の関わりが促進されることによって、安定して進行していく。

 多くの親にとっては、初めての授乳、初めての育児といったようにすべてが初めての体験であり、それらに関する‘情報を得ていたとしても、すぐに思うように対応できるものではない。赤ちやんと関わりながら、さまざまな方法を繰り返し試しつつ、少しずつ'慣れていくことで、安心して対応できるようになる。そうした過程で生じてくる不安やトラブルに対して、適切な支援があれば、対応方法を理解し実践することができ、少しずつ自信がもてるようになってくる。

 特に、自分の子どもが生まれるまでに小さな子どもを抱いたり遊ばせたりする経験がない、身近に世間話や赤ちやんの話をしたりする人がいない親の割合が増加する現にあっては、育児支援の観点から、授乳の進行を適切に支援していくことは、母子・親子の健やかな関係づくりに極めて重要な役割を果たす。

 授乳の支援にあたっては、母乳や育児用ミルクといった乳汁の種類にかかわらず、母子の健康の維持とともに、健やかな母子・親子関係の形成を促し、育児に自信をもたせることを基本とする。また、妊娠中から退院後まで継続した支援、産科施設や小児科施設、保健所・市町村保健センター、保育所など地域のすべての保健医療従事者における支援に関する基本的情報の共有化、社会全体で支援を進める環境づくりが推進されることをねらいとする。

 母乳育児には、1.乳児に最適な成分組成で少ない代謝負担2.感染症の発症及び重症度の低下3.母子関係の良好な形成4.出産後の母体の回復の促進などの利点があげられる。近年、母乳栄養とその後の健康への影響との関連を検討した研究では、母乳栄養児の方が人工栄養児に比べ、肥満となるリスクが低い、収縮期血圧及び拡張期血圧ともにわずかに低いと推定された6)が心血管疾患による死亡リスクの検討では有意な結果はみられていない、2型糖尿病の発症の検討では小児及び成人での糖尿病の発症リスクが低いという報告がみられている。

 母乳育児については、妊娠中から「母乳で育てたい」と思う割合が96%に達していることから、それをスムーズに行うことのできる環境(支援)を提供することが重要である。その支援の目標は、単に母乳栄養率の向上や乳房管理の向上のみを目指すものではない。

 一方、母親の感染症や薬の使用、赤ちやんの状態、母乳の分泌状態等により母乳が与えられない場合や育児用ミルクを使用する場合がある。そうした場合にも、授乳を通して健やかな母子・親子関係づくりが進むよう、母親の心の状態等に十分に配慮した支援を行う。また、近年、低出生体重児の割合などが増加しており、授乳にあたって個別の配慮が必要なケースへのきめ細かな支援も重要である。

記事と言うか被害者の会は

    低血糖症(栄養不足)や低体温症に対するリスクの説明や安全対策が不十分
不十分と言われればそうかもしれませんが、「授乳・離乳の支援ガイド」は授乳に関しては大筋で母乳推進を謳っているだけで、どう読んでも授乳のきめ細やかなマニュアルではありません。新生児期の低体温症や低血糖の管理は守備範囲外に感じるのですが、読み方が異なればそうなるようです。

ただなんですが、ガイドは全体を通して母乳育児が絶対善であり、例外的なケースにミルク栄養を認める方針と読めなくもありません。それとこのガイドは厚労省御謹製であり、さらに母乳推進派は分娩現場で妙に声が大きいのはあります。国が勧めるは言い換えると「国が奨励」にもなり、このガイドを絶対の原典として完全母乳を進める拠り所にしているは言えるかと思います。

さらにさらになんですが、一部にミルク栄養を可とする文章は残っているのは、引用文章の青字部分に示しましたが、その前の統計部分は「いかに母乳育児が普及しているか」の姿勢でまとめられています。ここも母乳育児を推進していないところは問題であるみたいな表現に読めないこともありません。完全母乳育児のメリットは強調してあっても、そのデメリットは殆んど書かれていないの解釈は必ずしも誤っていないとは思います。


久保田産婦人科麻酔科医院

これも気になるのは

    両親は、安易な母乳育児推進に警告を発している久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)のホームページを見て
こうなると読んでみないと致し方ありません。どうもなんですが一つは2001.9.22第16回日本母乳哺育学会「完全母乳栄養の抱える問題点」のように思えます。これも全部引用するとキリが無いので、発表者が青字・赤字で強調しているところのみ適当に引用します。

  • 発達障害の原因の一部に新生児早期の低血糖症/重症黄疸などがあるが、超早期経口栄養法はそれらのリスクを大幅に減少させた。完全母乳栄養の児は出生直後から数日間は栄養不足であり重症黄疸などの危険性が高い。
  • 新生児の黄疸の強さは出生直後の児の摂取カロリー量に反比例することがわかりました。栄養不足で黄疸が強くなる理由として、児の飢餓状態が胎児赤血球の破壊を促進し肝でのビリルビン代謝を障害する、と推察されます。
  • 消化器能の改善は超早期経口栄養法を可能にし、その結果、低血糖症の防止、血中遊離脂肪酸の早期減少、胎便排泄促進、重症黄疸の激減、出生後の体重減少率の低下が達成されました。
  • 周産期医学の進歩にもかかわらず脳性麻痺や視聴覚障害などの発達障害児の発生が減少せず、むしろ増加傾向にあります。それらの原因の一部に新生児早期の重症黄疸や低血糖症などがありますが、超早期経口栄養法はそれらのリスクを大幅に低下させました。
  • 哺育の原点は、どうすれば完全母乳の為になるかではなく、どうすれば赤ちゃんの為になるか、を考えることではないでしょうか。大人には、病気にならないようにする予防医学がありますが、赤ちゃんにも、重症黄疸や低血糖症などの異常が起きないようにする、予防医学の導入が必要と考えます。

だから

 分娩直後の児はインファント・ウォーマー上で簡単な清拭後、あらかじめ32℃〜34℃に暖めておいた保育器に2時間収容します。生後1時間目にビタミンK2シロップを混ぜた糖水10ml/Kgを与え、以後は約3時間毎に直母させ、母乳分泌が十分となるまでの期間、不足分を人工乳で追加哺乳しました。

こうした方が成績が良かったぞの報告です。カンガルーケアについてもこういう考え方ですから当然否定的であり、カンガルーケアをやって体温を落としたり、完全母乳にこだわって初期哺乳を遅らせるような手法を否定しています。その辺も興味のある方は読まれればと思います。もうひとつ付け加えれば、厚労省が「授乳・離乳の支援ガイド」の基本にしているWHO/ユニセフの「母乳育児を成功させるための10カ条」も否定的にとらえています。引用しておきますが、

平成5年、厚労省はWHO/ユニセフの「母乳育児を成功させるための10カ条」を後援し、糖水・人工ミルクを飲ませない完全母乳哺育の推進運動を始めた。その数年後から、福岡市では発達障害児が急激に増え始め、米国でも完全母乳が始まってから自閉症が急増している。そして平成15年、WHOよりカンガルーケア実践の手引きが発刊されて以来、日本の約70%の産科医療機関で出生直後のカンガルーケア(KC)が当たり前の様に行われる様になった。ところが、KC中に医療事故(呼吸停止)が全国で相次いで発生している事がこども未来局の調査(平成20年)で分った。しかし、厚労省はKC中の医療事故の調査報告書を入手しているにもかかわらず、事故の報告・真相究明・予防策を怠っている。さらに見逃せない点は、生後30分以内のカンガルーケアが日本で普及して数年後から発達障害が驚異的な勢いで増えている事である。発達障害は遺伝性疾患と考えられ調査研究が進められているが、福岡市の発達障害の驚異的な増加から判断すると遺伝病説は否定的である。国は、厚労省が後援するWHO/ユニセフの「母乳育児を成功させるための10カ条」を見直し、周産期側からの発達障害の調査研究・予防策を早急に講じるべきである。

どうもなんですが、産経記事が取材した被害者の会の主張は、ここの部分に準拠している様に見えます。私も完全母乳育児にあまりにこだわる教条主義は否定的です。ただし母乳育児論争はうちでも論議の多いところですから、こういう情報があるという提供に留めさせて頂きます。あえて言えば久保田産婦人科麻酔科医院の主張も偏りはあり、医学的には相違する見解があるぐらいにしておきます。


視点を変えます

母乳論争はあんまりやりたくないので、記事を角度を変えて見てみます。どうもよくわからないは、
     この女児も出生約1時間後からほとんどの時間を母親(35)と病室で寝かされた末、心肺停止となった。

     母親は女児に母乳を吸わせようと試みたが、ほとんど出なかった。帝王切開の鎮痛剤や出産の疲れ、高熱の影響で強い眠気にも襲われていたという。

     病室では女児の体温測定は行われず、赤ちゃんの呼吸の異常を感知する無呼吸アラームなども設置されていなかったという。女児が泣き止まないため、看護師が一時、新生児室に連れていったが、「手足が冷たいからあたためてあげてください」と母親にすぐに返されたという。
この内容を額面通りに取ると、産科医療機関の責任問題が生じそうな内容です。ただし訴訟にしようとしているのは、
    国などに損害賠償を求める訴え
訴訟対象は産科医療機関ではなく国です。そうなると考えられるのは、
  1. 産科医療機関をスキップして国を訴訟対象とした
  2. 産科医療機関とは和解若しくは既に訴訟の決着が着いている
個人的には2.の可能性が高いと考えています。もちろん証拠はないので、もう少し大雑把に産科医医療機関とは何らかの話が付いているぐらいはしても良さそうです。これはおそらく完全母乳主義が国(厚労省)の主導であり、これを厚労省が推進している限り同様の被害が蔓延するとの発想ではないかと推測します。つまり大元の国の政策を改めないと悲劇は続くぐらいの考え方です。記事でわかりにくいのは、
    病院が完全母乳栄養法やカンガルーケアを優先して経過観察を怠った結果
母乳栄養は厚労省の「授乳・離乳の支援ガイド」にあるのは確認できますが、カンガルーケアはどこかに推進しているソースがあるのでしょうか。これは基本的に別の話だと思います。これは被害者の会が混同したと言うよりも、取材した記者が混同した可能性が高いと考えます。あくまでも私の推測ですが、完全母乳主義に伴って母児同室が推進されているため、この事による観察不足を指摘したとするのが宜しいように思います。

観察が疎かになる1例として被害者の会がカンガルーケアを挙げたのを、主催した記者がカンガルーケアによる低体温としたように考えられます。もっとも被害者の会が大きく参考にしている久保田産婦人科麻酔科医院のHPでは、カンガルーケアの弊害の紹介にも力を入れていますから、被害者の会もかなり重点的に主張し、記者も何が力点かわからなくなったのかもしれません。


気になった点

自らの経験から悲劇を繰り返さない運動を行おうと言うのはわかります。訴訟を起すのは自由ですし、運動戦術として活用するのもまた自由なのはわかりますが、「なんだかな」と言う気がしないでもありません。まあ、単に5人ほどが集まったところで国がその主張を聞き入れる可能性は低いとの判断はあるでしょうし、訴訟の場に引っ張り出せば、思う存分、自らの主張を国に直接訴えられると言うのはあるかもしれません。

それでも従来はまず地道に被害を訴え、賛同者・共鳴者の輪を広げ、最後の手段として訴訟に訴え出ると言うパターンが多かったと思っていますが時代は変わったものです。スタートから訴訟の場で直接争いながら、一方で自らの主張を実現させるために訴訟相手と交渉を同時進行させると言うのがトレンドになってきていると見た方が良さそうな気がします。他に例はないわけではありませんから、そういうのが常識になっているのかもしれません。

毎度の話で申し訳ありませんが、担当する裁判官には同情します。どう考えても、完全母乳主義の是非とか、カンガルーケアの是非なんて問題に判断を下すのに不適任の人物です。たとえ判決まで進んでも、被害者の会の欲しい回答と外した裁判所判断を下す以外に手は無いと思います。御苦労様な事です。