「放射能つけちゃうぞ」発言については、大きな議論を呼んだのは記憶に新しいところです。既製マスコミ論調は地元のローカル紙まで綺麗に金太郎飴で、「許しがたき発言」で問答無用に切って捨てられていましたが、ネットではもう一つ問題になった「死の町」発言とともに「どこが問題だ」の論調が強かったのは記憶しています。
「死の町」問題は文脈からの切り取り発言であるとの主張が多かったようですが、「放射能つけちゃうぞ」になると、そもそもそういう発言があったのかどうかとか、オフレコ記者クラブ懇談会の是非とかに飛び火していました。方向違いの飛び火は時事通信記者の傲岸不遜質問が穿り返されたりもありました。
さて「死の町」はさておき、「放射能つけちゃうぞ」に関しては、記事にしたとされるフジテレビ記者はそもそもその場にいなかったの情報も流れていました。さらに大臣辞任に至る重大失言の割りには、金太郎飴のはずの既製マスコミ各社が微妙に発言内容が違うとの指摘も出ていました。 税金と保険の情報サイトとみんな楽しくHappyがいい、朝日新聞デジタル、ニュースここはおさえとけ、日テレNEWS24、しんさい-つなぐから当時の報道をリストにしてみると、
報道機関 | 発言内容 |
読売 | ほら放射能 |
朝日 | 放射能をつけちゃうぞ |
タブ | 放射能をつけたぞ |
日経 | 放射能をつけてやろうか |
産経 | 放射能をうつしてやる |
東京 | 放射能をうつしてやる |
フジテレビ | 放射能を分けてやるよ |
共同 | 放射能をうつしてやる |
時事 | 放射能を付けたぞ |
NHK | 放射性物質うつった |
TBS | 放射能をうつしてやる |
日本テレビ | 放射能をつけた |
テレビ朝日 | 放射能をつけたぞ |
各社が高度の創作性に基く編集権を競い合っただけと言えなくもありませんが、かなりバラツキがあります。バラツキがあるのは、実際に聞いた記者と、そこからこれを失言問題として協力して取り上げる時の伝言情報の差であるぐらいに解釈していました。ごく単純には類似の発言自体はあったのだろうです。どういうシチュエーションで、どういう文脈で前大臣が発言したかは不明ですが、切り取りでも発言自体は存在したとの考え方です。
ところがですがDiamond online 10/13付週刊・上杉隆より、
結構派手なタイトルです。上杉氏の主張は、問題発言自体がそもそも存在しない、つまり虚報であるです。タイトルに「虚報だった!」にしていますから、かなり確信的な記事になると感じられます。上杉氏の記事の冒頭部には、今回、明らかになった事例は、虚報の度合いといい、被害の大きさという点では過去にもそう例のないものだ。
かなり気合が入っています。この発言が取材されたのは前大臣が福島から赤坂の宿舎に戻ったときに為されたとなっています。その時に居合わせた記者は
当日、東京電力福島第一原発所の視察から戻った鉢呂大臣(当時)が、赤坂宿舎に集まった4、5人の記者たちと懇談したのは事実だ。
この部分はある程度以上信用できる部分かと考えます。あくまでも想像ですが、記者が議員宿舎に福島視察の感想でも聞きに行ったぐらいのところです。これが前大臣の部屋であったのか、それとも宿舎の別室であったか、それとも玄関先であったのかの情報が見つかりませんが、人数とシチュエーションから前大臣の部屋であったかもしれません。これだけ少ないのであれば取材に当たった報道機関ぐらいわかりそうなものですが、前大臣はどうやら明言しなかったようです。
上杉氏は朝日新聞デジタル記事を引用して取材現場にいたかどうかを紹介しています。これも表にして見ます。
報道機関 | 返答内容 | 直接取材の可能性 |
読売 | 上杉氏の記事になし | △ |
朝日 | 「8日夜の議員宿舎での発言の後、鉢呂氏は9日午前の記者会見で『死のまち』とも発言。閣僚の資質に関わる重大な問題と判断して10日付朝刊(最終版)で掲載した」 | △ |
タブ | 「経緯についてはお話ししかねる」(社長室広報担当) | △ |
日経 | 上杉氏の記事になし | △ |
産経 | 囲み取材には参加していなかった | × |
東京 | 囲み取材には参加していなかった。ソースは共同 | × |
フジテレビ | 記者が現場にいたかは明らかにしていない | △ |
共同 | 自社の記者が現場にいたことを明らかにしている | ○ |
時事 | 囲み取材には参加していなかった | × |
テレビ東京 | 囲み取材には参加していなかった | × |
日本テレビ | 取材の過程については答えられない | △ |
TBS | 取材の過程については答えられない | △ |
テレビ朝日 | 取材の過程については答えられない | △ |
ここで記事が伝えられた時刻についても上杉氏は朝日新聞デジタルを引用しています。これも表にしておくと、
報道機関 | 月日 | 時刻 | 発信場所 | 記者の存在 |
FNN | 9/9 | 18:50 | テレビニュース | △ |
20:30 | ウェブサイト | |||
共同 | 21:00 | 加盟社向け速報 | ○ | |
21:30 | 記事配信 | |||
TBS | 23:30 | テレビニュース | △ | |
NHK | 23:59 | ネット配信 | △ | |
他社 | 9/10 | 翌朝 | 朝刊等で一斉に | * |
これもあくまでも一つの推理ですが、発言時点では「4、5人の記者」しかこの情報を知らないわけです。既製マスコミの報道方法は特ダネと共同戦線がありますが、この人数ならまずは特ダネ路線になるはずです。確実に記者が存在したのは共同だけですが、フジテレビもやはりいたと考えるのが妥当でしょう。いないのに記事にすれば完全に捏造です。
赤坂宿舎での取材はおそらく夕刻以降であろうとは考えられますが、前大臣の発言を記事にするかどうかには若干の判断の悩みがあった様子も窺えます。フジテレビと共同は時刻的にも特ダネ路線で反応したと考えられます。これに対してTBSとNHKはフジと共同に引きずられてと考えるのが流れからすると妥当の様に見えます。
ただそうなると現場にいた記者は9/9に報道を行なったフジ、共同、TBS、NHKになります。ただTBSとNHKは共同配信記事に呼応した可能性があり、確実に存在したのはフジと共同になるかと考えられます。残りの2〜3人については放射能発言をこれらの経緯から分類すれば出てきそうです。放射能発言は細かく細かく分類すれば、
- つける・くっつける系
- すりつける・うつしてやる系
- その他
防災服の袖を記者にくっつけるしぐさをし、「ほら放射線」と語りかけた。
これもくっつける系になります。ここから分類してみると、
報道機関 | 発言内容 | 分類 |
読売 | ほら放射能 | つける・くっつける系 |
朝日 | 放射能をつけちゃうぞ | |
タブ | 放射能をつけたぞ | |
日経 | 放射能をつけてやろうか | |
時事 | 放射能を付けたぞ | |
日本テレビ | 放射能をつけた | |
テレビ朝日 | 放射能をつけたぞ | |
産経 | 放射能をうつしてやる | すりつける・うつしてやる系 |
東京 | 放射能をうつしてやる | |
共同 | 放射能をうつしてやる | |
NHK | 放射性物質うつった | |
TBS | 放射能をうつしてやる | |
フジテレビ | 放射能を分けてやるよ | その他 |
すりつける・うつしてやる系は現場にいたことが確実な共同ソースの可能性が高く、つける・くっつける系は拡がりからして時事通信オリジナルの可能性が高いと見ます。フジは共同通信系とも時事通信系とも別になります。ここに報道時刻をさらに重ね合わせると、
報道機関 | 月日 | 時刻 | 発信場所 | ソース由来 |
FNN | 9/9 | 18:50 | テレビニュース | フジ |
20:30 | ウェブサイト | |||
共同 | 21:00 | 加盟社向け速報 | 共同 | |
21:30 | 記事配信 | |||
TBS | 23:30 | テレビニュース | 共同 | |
NHK | 23:59 | ネット配信 | 共同 | |
他社 | 9/10 | 翌朝 | 朝刊等で一斉に | 共同・時事 |
こうやって分析してみると、フジの一報の後に、共同ソースでTBSとNHKが報じ、翌朝は共同通信系ソースと時事通信系ソースが混在して報道されたと見ても良さそうな気がします。これに取材現場にあいたかどうかの情報をさらに重ね合わせてみます。
報道機関 | 返答内容 | ソース | 直接取材の可能性 |
読売 | 上杉氏の記事になし | 時事通信系 | △ |
朝日 | 「8日夜の議員宿舎での発言の後、鉢呂氏は9日午前の記者会見で『死のまち』とも発言。閣僚の資質に関わる重大な問題と判断して10日付朝刊(最終版)で掲載した」 | △ | |
タブ | 「経緯についてはお話ししかねる」(社長室広報担当) | △ | |
日経 | 上杉氏の記事になし | △ | |
時事 | 囲み取材には参加していなかった | × | |
日本テレビ | 取材の過程については答えられない | △ | |
テレビ朝日 | 取材の過程については答えられない | △ | |
産経 | 囲み取材には参加していなかった | 共同通信系 | × |
東京 | 囲み取材には参加していなかった。ソースは共同 | × | |
共同 | 自社の記者が現場にいたことを明らかにしている | ○ | |
TBS | 取材の過程については答えられない | △ | |
テレビ東京 | 囲み取材には参加していなかった | × | |
フジテレビ | 記者が現場にいたかは明らかにしていない | オリジナル | △ |
ここまでの情報を整理すると、前大臣の放射能発言は、
- 発言内容は3系統に分かれて報道されている
- 3系統から考えると、直接取材に当たった「4、5人の記者」のうち2人は共同、フジの可能性が高い(時事は参加していないと明言)
- 報道時刻からするとフジと共同が先行ないし、フジに引っ張られて共同と時事が付和雷同した可能性が高い
「放射能」発言を最初に報じたのはフジテレビとみられる。9日午後6時50分過ぎ、鉢呂氏の失言関連ニュースの最後に「防災服の袖を取材記者の服になすりつけて、『放射能を分けてやるよ』などと話している姿が目撃されている」と伝聞調で伝えた。
「目撃されている」と言っても前大臣が赤坂宿舎で行なった取材は「4、5人の記者」です。赤坂宿舎のどこで取材が行われたかは不明ですが、玄関先であっても余程近くないと発言は聞き取れると思えません。少人数の取材ですから、辞任会見の時のようにドラ声を張り上げての質問が行われたとは考えにくく、これだけの特ダネですから「そう聞いた」と記事にする方がお手柄度が上ります。
にも関らず「目撃された」になっています。そうなると第1報のフジも囲み取材に参加していない可能性が出てきます。つまりは実際に取材に当たった記者から、「そういう話を聞いた」の世界です。あれこれ検証しましたが、出席したと明言している共同以外はどこが出席していたかは確認不能となりそうです。
息が切れそうなんですが、推理の前提からすると、放射能発言の拡散ルートは、
赤坂宿舎 | 共同 | その他3〜4人 | ||
* | ↓ | ↓ | ↓ | |
伝聞1 | TBS NHK |
フジ | 時事 | |
* | ↓ | * | ↓ | |
伝聞2 | 翌朝各報道機関 |
えらい手間ヒマがかかってしまったのですが、やっとこさ上杉氏の記事に戻ります。上杉氏は上述した通り前大臣の放射能発言を虚報と断じているわけなんですが、もし上杉氏の主張が正しいとしたら、今回の失言騒動の構図はこうなります。
- フジが伝聞情報から「放射能を分けてやるよ」発言を創作報道
- 共同はフジの報道を見て、そんな発言があったのかと慌てて「放射能をうつしてやる」記事を創作配信
- 時事もこれに驚き「放射能を付けたぞ」記事を創作配信
- 翌朝各社は共同なり時事の配信記事を選択し報道
だたなんですが上杉氏の主張も根拠に乏しいところがあります。そこそこ長い記事の中でソースはどうもこれだけのようです。
火曜日、筆者が司会を務める『ニュースの深層』(朝日ニュースター)に鉢呂吉雄前経済産業大臣が生出演した。冒頭、筆者は鉢呂氏が発したという「放射能つけちゃうぞ」発言の真意について聞いた。
「放射能と言った記憶がないのです。確かに相槌を打ったような気もしますが、それもはっきりせず、自分で言ったような記憶はない。私も長年政治家をやってきていますから、自分で言った言葉については大抵覚えております。でも、放射能という言葉自体、あまり使ったことがありませんし、放射性物質などということはありましたが、なにしろ記憶にないのです。でも、優秀な記者さんたちがみんなそう報じるので、どうしてなのかなと思っておりました」
結論からいえば、鉢呂氏は「放射能」も「つけちゃうぞ」も発言していない。発言のあったとされる当日、東京電力福島第一原発所の視察から戻った鉢呂大臣(当時)が、赤坂宿舎に集まった4、5人の記者たちと懇談したのは事実だ。だが、防護服を着用したままの鉢呂氏に「放射能」という言葉を使って、水を向けたのは記者たちのほうであり、それに対して、鉢呂氏は何気なく相槌を打っただけというのが真相なのだ。
読めばわかるように前大臣が「そう言った」だけです。前大臣から直接聞いた価値は認めますが、限られた当事者の一方の発言です。前大臣を必ずしも疑うわけではありませんが、虚報発言は重いですから、もう少し証拠の補強が欲しいと私は感じます。上杉氏の情報であえて新たな新事実は直接取材にあたった記者が4〜5人(これも人数が少ない割りに曖昧)だけであり、所属報道機関も不明です。
「結論からいえば」とはなっていますが、この後の事実関係の補強は朝日新聞デジタル記事に過ぎず、残りは前提が正しいとしての論評に終始されています。少なくとも共同記者は問題の赤坂宿舎前の取材に参加している事を明言しているわけですから、「オレは確かに聞いたし、見た」と反論されればこれを打ち破る力はあるとは思えません。水掛け論しかならないと言うことです。
報道機関にとって誤報も大きな失態ですが、虚報であるとなれば半端な責任問題では済まなくなります。かつての朝日珊瑚事件(wikipedia)でも、
5月19日付で珊瑚に傷をつけた東京本社写真部員・本田嘉郎は退社(懲戒解雇)処分、東京本社編集局長・同写真部長は更迭、同行していた西部本社[2]写真部員は停職三カ月、そして当時の一柳東一郎社長が引責辞任という結果となった。その後、朝日新聞社の最高幹部が沖縄県庁などに謝罪した。
珊瑚と大臣を同列に比較は出来ませんが、それでも珊瑚より軽いはないと思います。上杉氏の虚報であるとの報道に対し、是非面子にかけての反論を期待したいところです。
ま、珊瑚の時と違うのは、珊瑚は朝日の単独犯だったので他社は叩きに回りやすかったですが、仮に虚報であったとしても今回の報道は既製マスコミ挙げての共同戦線状態ですから、頭から「人の噂も75日作戦」で無視するか、名誉毀損(今回なら信用毀損かな)なりで上杉氏を狙い撃ちして、これも「人の噂も75日作戦」の泥沼戦術に持ち込むと予想しておきます。