GEMITSと労基法

GEMITSとは

GEMITSとは”Global Emergency Medical support Information Transport System”の事で、日本語では救急医療支援情報流通システムとなっています。どんなものかの概略はCLINICIAN ’09 NO. 584にあります。読んでみると前文と言うか、このシステムの開発みたいな理由を書いてある「救急医療の問題点」には幾つか文句はありますが、長くなるのであえて省略します。やりだすと、それだけで今日は終わりますし、内容的には枝葉末節だからです。

システムの全体像の説明があるのですが、

3層構造のシステムであり、上位のシステムはどの病院にどのような専門医が応需できるのかをリアルタイムに把握している。下位のシステムは現場の情報である。ICカードを含めて、現場の情報を収集した後に、システムにその情報を伝えると、中位のシステムが下位の情報と上位の情報をマッチングさせて、最適な医療機関とそこまでのアクセス手段を指示する。すなわち救急隊員は、患者情報をシステムに伝えるだけで、最適な病院が指示されるのである。いわゆるたらい回しが生じる余地は格段に減少する。

もう少し詳しく説明しておくと、

  • 上位システム・・・受け入れ側の医療機関の情報


      患者情報を含む病院施設・設備、医療スタッフの状況を収集する。収集の対象となる人やモノを、人手を煩わすことなく効率的に情報を収集するサービスを研究開発する。収集した情報は、常時このシステム上でいつでも参照できる形で流通している。


  • 中位システム・・・病院と救急隊の情報の処理


      一箇所で収集し最適な病院をそこへの輸送手段を含めた情報としてマッチングする。そしてその情報を、病院および救急車にフィードバックする


  • 下位システム・・・救急隊からの情報


      救急車両内に搭載した、車載コンピュータで現場の情報(これもできるだけ救急隊員の手を煩わせないような未来技術を搭載しているのであるが)および、患者の過去情報(赤い丸枠)(これについてはすでに岐阜県でMEDICAシステムということでスタートしている)を収集、加工してGセンターに送り出す。この送り出すメディアについても地域を問わない様々な方法の試みを想定している

MEDICAシステムとは何かですが、

救急の場合、重篤な患者から本人の情報や通院歴、服用している薬などを聞き出すのは困難であり、内容が不明確な場合が多いが、MEDICAは、これらの情報をすばやく確実に取得し、搬送先の決定や迅速な治療開始を目的として作られた医療情報カードシステムである。

これだけでも説明として十分ですが、あえて言いなおすと、

  1. 病院側の業務状況を24時間365日救急隊に伝達する
  2. 救急隊の現場情報を電子化する
  3. 医療機関のカルテ情報を一元化する
  4. 医療機関の選択を電算化しての御指名制にする
もっとあからさまに言えば、この条件で引き受けない事は許さないシステムになります。一見悪くもなさそうなものですが、前提が救急戦力には余力があるとの発想がいとをかしです。ま、こんな御大層なシステムを使って救急医療機関を選ぶ余地がある地域がどれほどあるかの疑問はありますが、ここもこれぐらいで置いておきます。


従来システムとの違い

GEMITSは従来システムをさらに発展させたとなっています。下位や中位システムが先行しているのは技術的に手が付けやすいのと、消防庁を管轄する総務省のプロジェクトである事からある程度理解できます。あくまでも個人的な感想ですが、プロジェクトの継続のために総務省に関係する部分でまず成果を提示したと考えても良さそうです。

上位システムが病院からどれほどの情報を提供させようと構想しているかは、再掲ですが、

    患者情報を含む病院施設・設備、医療スタッフの状況を収集する。収集の対象となる人やモノを、人手を煩わすことなく効率的に情報を収集するサービスを研究開発する。収集した情報は、常時このシステム上でいつでも参照できる形で流通している。
より具体的には、2008.12.13付岐阜新聞の、

医師にICカードを携帯してもらい、病院内に設置したセンサーで、「手術中」「診療中」など勤務状態をリアルタイムで把握。

これは難航しているらしく、現時点では8/18付中日新聞からですが、

専門医の有無などをリアルタイムで伝え

具体的にどうなっているかは不明なのですが、ICカードによる出勤管理がベースになっているんじゃないかの推測があります。またICカードによる出勤管理は岐阜大で既に実用化されているとの情報もあります。「手術中」「診療中」まではこれからの課題として、今後に鋭意開発に努めるぐらいの状態と解釈しています。


従来とGEMITSのどこが異なるかと言えば、従来は救急要請は病院になされていたと見ることが可能です。応需は病院として行い判断するです。とくに時間外は救急担当医(現実としては労基法41条3号の当直医が多いですが・・・)が応需の判断を下すのですが、もし応援が必要なら担当医が必要と認めた時点で召集します。この召集もあくまでも応需を行おうとした時点からの作業です。

応援医師は義務づけられたオンコール医師の召集もありますが、たまたま院内にいた医師にも行なわれます。二次救急あたりでは珍しい話ではありません。一声かけますが、「こんな患者が救急で来るので協力お願い」です。これは救急患者の処置が始まってからでもありえます。実際に治療を始めると、情報以上に症状の拡がりがあり、担当医だけでは賄いきれない状況です。

オンコール医師も呼びますが、院内に存在していれば、そっちの方が早いのでお願いするパターンです。今もそんなに変わりはないと思っていますが、小児の二次救急で腹痛を主訴として受診し、どうも虫垂炎らしいと判断すれば外科の協力を仰ぎます。仰がなければ小児科ではどうしようもないからです。その時でもタマタマ院内に外科医がいれば、オンコールとか関係なくまずお願いします。

勤務医は様々な理由で時間外でも病院に居る事が多いもんです。手術が長時間に及ぶ事もありますし、受け持ち患者の容態が不安定で残る事も日常茶飯事です。他にも医学知識のアップデートのために最新の文献に目を通したり、学会発表の準備や論文作成に当っている事もあります。それ以外の院内の書類仕事のヤマを片付けたりもあります。なんのかんのでそのまま泊り込みなんてのも幾らであります。

そういう医師を見かけていたら急場に動員するのはごく当たり前の風景と思っています。そうやってたまたま救急担当医に目を付けられた医師は、余程の事が無い限り診療に協力してくれます。ここでのポイントは、そういう救急に協力した医師は、そこから時間外勤務に従事する事になります。ここも労基法を厳密に適用すれば、単に院内にいるだけで時間外勤務になるとも言える部分もありますが、学会準備や個人的な勉強の時などは通常は勤務と申告しません。

その辺の時間外勤務とそうでない部分の厳密な切り分けは長くなるので置いておいて、勤務でなくとも病院にタマタマ居た医師が動員された時には、その時点から時間外勤務が適用されるのが慣例になっているところが多いと思います。少なくともかなり先進的な病院であっても、病院に存在するだけで時間外勤務を全額支払う病院はまずないと思っています。


GEMITSになると、救急隊に共有されている情報の院内存在医師はすべて救急医療に使用できる戦力になります。言い換えれば、GEMITS情報にある医師はすべて救急医療に拘束されている事になります。院内で何をやっていようが、これは救急医療のための待機時間になるんじゃないかと私は考えます。これも運用次第ですが、GEMITS情報で院内に存在する医師は動員される前提であればそうなります。

従来も似たようなものですが、従来はあくまでもタマタマ居合わせた医師が協力するであったのが、GEMITSになれば存在するから当然動員するものとして運用される事になります。従来も解釈次第で微妙すぎる部分は多々あったのですが、その辺は長年の慣習と曖昧模糊の運用であったのが、GEMITSで救急医療の戦力として公式に公表し使用すれば、扱いの重みは相当変わると考えます。

GEMITS下では常に拘束されているは、そんなに無理な解釈ではないと私は考えます。


とは言うものの

たぶんなんですが、そんな事はGEMITSを開発しているメンバーは何も考えていないと思います。GEMITSは総務省プロジェクトであり、救急隊サイドの送る論理がかなり優先されているのは読めば明らかです。応需する側の拘束による時間手当問題は、GEMITS運用に関して「そっちで処理してくれ」問題に過ぎないと言う事です。

ほいじゃ、応需する病院側はどうかと言えば、従来とさして変わるわけではないので、当然のように時間外勤務の適用も従来通りで推し進めると思います。結局のところ、実際に救急医療に従事する勤務医が異を立てない限り何も変わらないと言う事です。もちろん異を立てるなら最高裁までの闘争を宜しく状態です。

もっとも、その遥か以前の労基法41条3号の宿日直医師を普通の夜勤として働かせている現状の改善事態が遅々たるものですから、GEMITS拘束が待機時間であるみたいな状態に行き着くまでは・・・天を仰ぐほど先の話であるのを見透かされているように思います。

それでも指摘ぐらいはしておいても悪くはないと思います。