最近のワクチン関連の雑感2題

ポリオワクチン問題はツイッター界隈ではえらい盛り上がりようで、今すぐにでも輸入して行うべしの論が根強く続いています。安全性と言う点では「IPV > OPV」は私でも知っていますから、早期の導入が望まれるところです。このIPVの日本での開発の話はかなり前から耳にしています。実際どうなっていたのかで参考になる資料調布市HPにありましたから紹介しておきます。

単独IPV開発が先行していたようで、

単独IPVワクチン開発の経緯
経緯
1998年 第1相臨床試験実施
2001年 製造承認申請
2005年 GCP上の問題等により承認申請取り下げ
2011年 サノフィパスツール社による開発を決定


1998年の第1相臨床試験から2005年の製造承認申請取り下げにかかわったのは(財)ポリオ研究所となっています。製造承認申請が出されたのは2001年となっていますから、今から10年前になります。製造承認申請を出しているぐらいですから、単独IPVとしての製品開発は終了していた、つまりモノは出来上がっていたと考えて良さそうです。

GCPの話はもうあんまり触れたくないのですが、1989年に日本版の元のGCPがありましたが、1997年に法的強制力を持つ省令GCPと言うのが出されたとなっています。単独IPVも1997年の省令GCPによって治験が行われているはずなんですが、2005年に承認申請が取り下げられたのは、省令GCPの手続き上の瑕疵が、リカバリーできないほど大きかったとぐらいに推測するしかありません。

この製造承認が取り下げられた(財)ポリオ研究所製IPVですが、そのままお蔵入りになったと考えて良さそうです。時期的にも今年なって開発が決まったとなっているサノフィパスツール社製のIPVは、(財)ポリオ研究所と別物と考えて良さそうです。

外野からわかり難いのは2005年に製造承認が取り下げられた後です。本当に必要なワクチンなら、再申請なりなんなりの開発が続行されそうなものです。詳しい経緯は不明ですが、どうやら単独IPV開発はこの時点で断念されたようです。DPT-IPV開発の経緯ですが、

DPT-IPVワクチン開発の経緯
経緯
2002年 国内4社によるDPT-IPV開発検討開始
2010年 厚労政務官より開発促進の努力の指示
2011年 順次薬事承認予定
2012年 年度内導入予定


単独IPV製造承認申請の翌年にDPT-IPV開発がスタートしたと見ても良さそうな気がします。御存知の方がおられれば情報を頂きたいところですが、経緯からすると、(財)ポリオ研究所製ワクチンをベースにDPTをDPT-IPVする計画であったように見えます。2002年時点では承認は国産IPVは承認寸前であり、これを実施段階ではDPT-IPVをメインにして、単独IPVはサブとして使う計画です。

このOPVをIPVに切り替えるならDPT-IPVにする方針は今も変わらず続いています。この計画が大きく足踏みしたのは、2005年に国産IPVの製造承認で転んだ事は大きかったように感じてなりません。(財団)ポリオ研究所のIPVが最終的に転んだがために、国内4社はまた第一歩からIPV開発を進めなければならない結果に陥ったように感じます。


なぜにDPT-IPV開発に固執したかです。私は真相は知りませんが、推測はと言うか傍証はあります。Hib導入の時のエピソードがありまして、Hibは公式に同時接種が日本で初めて認められたのが一つの売り文句でした。従来のDPTに加えてHibが加わっても、同時接種だから医療機関の手間の増大が抑えられるです。

Hibの同時接種のメリットの強調は推測ではなく、MRから正式に説明として聞いていますから、予防接種が増える事による医療機関の手間の増大に関する懸念はかなり大きかったと見ても良いと考えています。だから単独IPVではなく、DPT-IPV化に強く拘ったと私は見ています。この辺の経緯について、とくにSeisan様から補足情報・訂正情報が頂ければ嬉しく思います。


定番のバラ打ち接種問題

DPT-IPVの開発で重視されたんじゃないかと推測した手間ですが、えらい方向で解消しているように感じています。HibとPCV7が公費化された時点では同時接種拡大は規定路線であったと思っています。実際に今年の1月からは相当数の3本同時接種を行っています。ところが例の3月の事件で同時接種路線が完全に頓挫してしまいました。あれから半年以上になりますが、同時接種への回帰傾向は殆んど認められず、バラ打ち接種がむしろ定着傾向を強く示しています。

正直なところ、ワクチン接種に積極的な小児科医療機関ほど悲鳴をあげたいぐらいの負担が生じているのですが、とにもかくにも大きな破綻なく耐えてしまっています。本音で言うと、これでインフルエンザ接種が始まればどうなるかに恐怖しているのですが、外形的にはバラ打ち接種の負担を医療機関が吸収してしまった形になっているとしても良いでしょう。


このバラ打ち接種ですが、相手は乳児ですから発熱等によるドタキャンは日常茶飯事です。とくに歳の近い姉や兄がいれば、ほぼセットで感染します。同時接種であっても遅れの影響は出るのですが、バラ打ち接種により接種人数が増えたがために、医療機関側のスケジュール調整の余力が失われています。それこそ2ヶ月先まで予約は満杯状態なんてところも出てきています。うちだってどう頑張っても半月ぐらいはどうにもなりません。

うちのスタッフが真剣にボヤいていました。

    「ワクチンでなんの病気を予防するかわかってはらへん。まるで接種する事だけに意義があるみたいな人が多すぎる」
とにかく同時接種は怖いの意識が広がり定着しすぎたために、
    ワクチンで予防すべき病気 < 同時接種は怖い
この状態なのです。説明しても「とにかく怖いのでバラでお願いします」でどうしようもない状態になっています。


この「接種することに意義がある」の懸念からロタワクチン導入も悩み中です。当初は私もお気楽なもので、ロタを接種したいのなら同時接種を必要条件にし、バラ打ち希望ならロタは接種できないの2択で話が済むとぐらいに考えていました。そういう条件設定から同時接種復活の呼び水になるんじゃないかぐらいの思惑です。ところが「甘い、余りに甘すぎる」の指摘を受けてしまいした。保護者の意識は、

  1. 問答無用で同時接種は忌避
  2. ワクチンは接種することに意義があり、ワクチンで何を予防するかの関心は低い
この2つの考えから出てくるのは、まずロタワクチンを生後半年までに先行して接種し、ロタワクチンが終了してからDPT、Hib、PCV7をバラで接種する希望者が必ず出てくるの指摘です。正直「やられた」の感じです。定期接種や勧奨接種や任意接種と言ったところで、接種される側にとっては同じワクチンであり、どれを選んでどれから接種するの最終決定権は保護者が持っています。

価値観的に言えば「公費(無料)< 自費(任意)」もありそうなところです。そりゃ、直接カネを支払う方が重く考えてもおかしいとは言えません。

HibにしろPCV7にしろ1歳以上でも接種可能であり、なおかつ考えようによってはより年長で接種した方が回数が少なくて済むメリットが出てくるとも言えます。こんな事はワクチンを何のために接種しているかを知っていれば、絶対に出てこない発想ですが、とにかく「接種することだけに意義がある」の考えの人には通用しません。

つまり下手にロタワクチンを備えていれば、DPT、Hib、PCV7後回しでのロタ優先希望の人の対応の手間が増えてしまうと言う事です。これは手強いと言うかリスキーな対応で、バラ打ち接種が話の前提ですが、

  • 希望するままにロタ優先で接種し、髄膜炎を起こされたら説明不足(責任)を問われる可能性出てくる
  • ロタ希望を説得してDPT、Hib、PCV7を優先させ、ロタ脳炎(そこまで行かなくとも入院騒ぎ)でも起された日には何を言われるかわかったもんじゃない
つまりバラ打ちである限り、どちらかのリスクを接種する側が抱え込む危険性があると言う事です。悩んだ末に、問題は先送りにして様子を見る事にしました。どの道、インフルエンザ接種が始まれば何の余裕もなくなりますから、ロタワクチン問題は年が明けてからユックリ考えようです。

ただでも忙しい時期に難題を先行して抱え込む必要はないとの判断です。やるとしても4本同時接種(ロタは経口)でどうしてもの希望者ぐらいへの対応がせいぜいと言ったところでしょうか。これを防衛医療と批判されれば甘んじて受けますが、いくら説明して同意書を取ろう(これがまた手間ヒマが大負担)とも、事が起こったときにどうなるかは、それこそ相手の対応次第になります。

訴訟的な勝ち負け以前に、そういうトラブルを抱え込むだけで診療所レベルではリスキー過ぎると判断しています。遅ればせながら日本のワクチンが充実していくのは小児科医として歓迎なんですが、次のステップとして接種する側の体制整備と言うか、接種できるような状況整備が求められると痛感しています。こういう問題も実際にワクチン難民が社会問題化するまでは、現場が苦悩しながら対応せざるを得ないのでしょう。