手帳の思い出

ネタ枯れでノンビリした懐旧談です。

勤務医時代、とくに研修医時代は手帳を愛用していました。まだ携帯電話は高価な時代でした。研修医時代は手帳だけでは足りず、受け持ち患者用の週間スケジュール表も作っていました。当時のその病院の「とある時期」の研修は4科総合として、血液腫瘍、腎臓内科、神経内科代謝内科を並行して研修(循環器と新生児は期間的に別枠)していたのですが、4人の指導医が「べんきょうのため」と担当患者を増やしてくれたおかげです。

診療科が別の指導医ですから、その診療科のスケジュールで検査や治療があり、週間はもちろんの事、その日のうちでもガッチャンする事がしばしばだったからです。重なった時には両方の指導医に連絡を取ってスケジュール調整が必要で、それもギリギリでは良い顔をされませんから、出来れば命じられた時に、遅くとも前日までに了解を取る必要が常にあったからです。

手帳のほうは月間スケジュールです。これまた4人も指導医がおられれば「べんきょうのため」に小さな勉強会から学会(地方会クラス)まで発表ネタを考案してくれます。これも常に意識しておかないと、どれかの準備が遅れますし、研修医ですから予演会の前に指導医に下見をしてもらい、さらに予演会で訂正してみたいな作業に追われていたからです。

今と違って発表はスライド時代ですから、訂正して作り直す時間の確保は非常に重要であったと言う事です。これ以外にもバイト(旧研修医時代です)、院内の当直、プライベートの予定とあり、とにかくメモしておかないと、日々の生活に支障を来たすといえば大げさでしょうか。

また予定だけではなく手帳は備忘録としても必要でした。なんと言っても小児科ですから、薬剤一つとっても年齢体重による計算が常に求められます。良く使う薬剤はすぐに暗記できるのですが、あんまり使わないが急場に必要な薬剤の計算式は手許にメモを持っていないと不便でした。ほいでもって、急場がまたポロポロ起こったもので、そういう備忘録としても有用でした。

と言っても、さして私が研修医の時代が格別であったわけではなく、当時の(今もそうかな?)研修医生活とは多かれ少なかれそんなものでした。ま、自分もそれなりに忙しいつもりではいましたが、横目で外科の研修医生活を見ていると、まだ小児科の方が優雅かなと思ったのは覚えています。


それでも自覚的には慌しかったので、手帳の有効利用をあれこれ考えたものです。まず手を出したのはシステム手帳です。たぶんぐらいの記憶ですが、システム手帳が日本で認知され始めた頃だった様に記憶しています。「出来る奴はシステム手帳を使いこなす」みたいなマニュアル本がたくさん売っていた記憶も残っています。

私も期待して買って見たのですが、結局のところ使いませんでした。理由はデカイです。白衣のポケットに突っ込んで歩くには嵩張りすぎるのが、どうしても馴染めなかったのです。今でもそうですが、性格的にあれこれ持ち歩くのは好きでなく、究極的には手ぶらが最高と思っている人ですから、ボリュームのあるシステム手帳は哀れ引き出しの肥やしになり、いつしか消えていきました。


次は電子手帳です。これも走りの頃でしたが、店頭で見ていると非常に便利そうでした。これも最初はパームタイプを買ったのですが、システム手帳並みに大きくて、当時の事で入力が大変な上に、記憶容量も可愛い物でした。これでは持ち歩けないと、これも引き出しの肥やしになり、次はもっと小型軽量の物を購入しました。

本当に簡便なもので、電卓代わりになったのですが、肝心のスケジュール機能は記憶容量と入力の煩雑さ、それと一覧機能が紙に較べて格段に落ちるので、ついには電卓としか使われない状態になってしまいました。せめて使われそうな電話帳機能ですが、これも主要な電話先は番号を暗記していましたから、それ以外は手帳で十分に間に合ってしまい、これも使わずの機能になっています。


結局のところ重宝したのは薬屋のオマケで、それも一番シンプルな、1か月分が上下の見開きに見えるタイプのものです。日間、週間の細かいスケジュールは別紙にしていましたから、残るは月間だけですし、時刻については定時(これは日間、月間も同様)のものが多く、つまるところ、その日に何があるかわかれば用が足りたからです。

当時最も必要な機能は、一目で1か月分なりの予定が見えることで、備忘録的なメモも覚えてしまえばドンドン減っていき、ほんの2ページもあれば実用に困らないと言うのが実際のところでした。まあ、主要薬品集についてはこれも別紙にしてしまい、ワープロで定期的に改訂刷り直ししていたのも大きかったと思います。


研修医時代が終わり、名目がスタッフになってからは週間スケジュール表が不要になりました。それほどの患者を受け持たなくなったのと、病棟が一つになったのが今ら思えば理由だった様な気がします。指示さえ書いておけば、看護師のほうから「今日は検査ですね」と声をかけてくれるからです。

それでも便利な手帳システムはないかと求めていたのですが、世はPCの時代に入り、PCでのスケジュール管理を目指した事があります。原初的な電子手帳に較べると格段に発達していましたが、今度は予定の方が減っている事に気がつきます。相変わらずのペラペラの手帳で十分に管理可能で、わざわざPCに入力して管理するほどの用がなくなっていたと言う事です。


そして開業後です。ついに手帳も不要となりました。備忘録の類が必要なら診察机に挟み込んでおけば事足りますし、院外での用事と言うのが劇的に減ってしまいました。予定はこれまた診察机の前にぶら下げてあるカレンダーに書いておけば十分ですし、スタッフが忘れない様にフォローしてくれます。


ここまで書いて、人生が確実に黄昏に向っているのをヒシヒシと感じています。地の性格が出不精の人見知りですから、年齢とともに予定が減っていくのは仕方ないのかもしれません。ただ診療所と家の往復だけの残りの人生もつまらないと言えば、つまらないように思います。とはいえ医師会に顔を出して交際を広げるのは極めて億劫だし、地区の顔役なんてまったく論外的に不似合いです。

それでも片手でも怪しいほどですが、プライベートの友人知人は残っていますから、せめて大事にしておきます。この友人知人たちのお蔭で美味しい食事と旨い酒を楽しめる時間だけは持てますから、私としては満足しておかないといけないでしょう。ま、再び手帳でスケジュール管理を行う日だけは二度と来そうにありません。